7-3話_Eye 2 Eye
あと10年ぐらいしたら、日本もジブチみたいに平均気温40℃とかになるんでしょうかね。
時刻は、午後2時過ぎまで巻き戻る。
旧玖代線終着駅跡、屋外転車装置。
円形のフィールドを挟み、天宮奏と華園后、九条狛と逢麻岬が対峙していた。
狛の足元にはウロが丸くなってあくびをしている
アールは岬の目の前で荒く息をあげている。
狛と岬の背後には、午前の1v1でも使用した車両整備庫がある。
対する奏と后にとって、ここは初めて足を踏み入れる戦場だった。
午前中の戦闘の形跡が、所々に見受けられる。
奏は腕時計に触れ、后はブレスレッドに触れて同時に叫ぶ
「アビス!」
「頼むわよ、ベレッタ!」
《コンダクションポイント№10、第二演習シーケンスを開始してください》
アナウンスと同時に、四人が動いた。
后の頭上へベレッタが舞い上がる。
岬の隣にはアールが降り立ち、銀灰色の火狐、ウロが狛と並んで地面を蹴った。
アビスは、奏の肩へちょこんと乗り、けだるそうには見えるが臨戦態勢ではある。
狛が折り畳み式の長棒を展開し、転車装置の中央へ飛び込んだ。
「やっぱり、最初は俺か!」
奏はハンドガンを構え、立て続けに引き金を引いた。
狛が棒を回転させて弾丸を逸らす。
火花を散らしながら踏み込む狛の側面を、ウロとアールが左右から駆け抜けた。
アビスが小さく息を吸う。
口元から放たれた細い水流が地面を叩き、ウロの行く手を遮った。
続けて首を振り、反対側から迫るアールへ水弾を飛ばす。
2体が身を翻す。
その一瞬に、狛が奏との距離を詰めた。
「右へ二歩!10時の方向!」
后の声が飛ぶ。
奏が指示どおり右へ跳んだ直後、狛の棒が直前まで立っていた場所を薙いだ。
そして10時の方向にアビスが水弾を発射し、回り込もうとしていたウロを再度牽制した。
外れた棒を引き戻すより早く、奏の銃口が狛を捉える。
狛は舌打ちし、大きく後退した。
后は《リンクサイト》にてベレッタの目を通し、戦場を上空から見下ろしていた。
狛の踏み込みも、ウロとアールの位置も、岬が外周へ回り込もうとしていることも見えている。
地形を把握するために立ち止まる必要などなかった。
奏が射撃を重ねる。
狛は転車装置の縁を走りながら弾丸をかわした。
射線を切ろうと設備の陰へ入っても、次の弾丸は逃げ道へ先回りしてくる。
その様子を、岬は後方から見つめていた。
おかしい。
后本人からは、設備に隠れた狛の姿が見えていない。
それなのに指示には迷いがなく、奏の銃口は正確に狛の移動先へ向いている。
岬が転車装置の外周にある低い設備へ身を隠す。
直後、奏の銃口がこちらを向いた。
偶然ではない。
岬が上空を旋回するベレッタへ視線を移す。
一方、狛は飛来した弾丸を棒で弾き、転車装置の中央へ着地した。
「そういえば、天宮」
長棒を構えたまま、軽い調子で尋ねる。
「午前中、何かあったのか?」
奏の眉が、わずかに動いた。
「……俺の問題だ。気にしないで」
「ふっ、そう」
狛は素直に頷いた。
「じゃあ、気にしない」
次の瞬間には地面を蹴り、再び奏へ迫っていた。
奏が距離を取りながら発砲する。
狛はその一発を棒で弾き、続く弾丸を身体を沈めてかわした。
中央で奏と狛が拮抗した戦闘を続けている。
后はウロとアールを遠距離で牽制する。
その間に、岬は一つの仮説を組み上げていた。
均衡する空気を破るように、岬が狛に声をかけた
「九条くん。午前中に出してた狐火って、いくつ出せる?」
「四つが限界だ。でも、なんでだ?」
「時間差で出して。華園さんの死角を通って、天宮くんを攻撃するように仕掛けて」
「四つ同時じゃなくて?」
「まだ確かめたいことがあるの。攻撃するタイミングも、全部ずらして」
「りょーかい。ウロ!」
ウロが尾を翻す。
火の粉が集まり、一つ目の狐火が生まれた。
狐火は転車装置の設備を回り込み、后から見えない位置を通って奏の背後へ迫る。
「後ろ!」
奏が身を屈めた頭上を、火球が通過した。
数秒後、二つ目が反対側から飛来する。
「今度は左!」
后の指示は、またも攻撃より早かった。
三つ目は狛の突進に重なる。
それでも后は両方を捉え、奏を逃がした。
四つ目が生まれたところで、岬はアールを自分とは逆方向へ走らせる。
「狐火は4時の方向から!逆方向のアールは私が牽制する!」
后は狐火だけでなく、アールの位置まで把握している。
仮説は、確信へ変わりつつあった。
「今度は四つとも同時に動かして。アールも合わせる」
「一気にいくのか?」
「うん」
岬は、再びベレッタを見上げた。
「見えてるなら、何を見るべきか分からなくさせる」
四つの狐火が異なる軌道で飛び交った。
ウロが駆け、アールが地面を蹴る。
岬も外周に沿って位置を変え、狛が正面から奏へ踏み込んだ。
アールの足元から琥珀色の波紋が広がる。
奏から離れた場所で、地面が隆起した。
土煙が上がり、傾いた工具台車が勝手に走り出す。
「上!――違う、右!」
后の指示が初めて乱れた。
奏が狐火をかわした瞬間、狛が懐へ入る。
棒の先端が、ハンドガンを跳ね上げた。
奏が距離を取り直そうとすると、狛は深追いせず、車両整備庫へ続く線路へ退いた。
奏がその背中へ銃口を向ける。
「止まって!追いすぎよ!」
后の声と、昨日のスパーリングが脳裏で重なった。
だが、狛を追えば遮蔽物の多い車庫へ入ることになる。
車両整備庫の入口で、狛が足を止める。
「ずっとそうやって迷ったままか?」
狛が振り返った。
「何が言いたい」
長棒を肩へ担ぎ、挑発するように笑う。
「どうした、撃てよ!」
奏の指が引き金へかかる。
「迷うなよ、天宮!」
狛が棒を構え直す。
奏は奥歯を噛み、引き金を引いた。
狛は弾丸を棒で逸らし、そのまま車両整備庫へ飛び込んだ。
「逃がすか!」
奏が後を追う。
側面と後方を、時間差で狐火が塞いだ。
アビスが肩口から水弾を吐き、火球を一つ撃ち落とす。
狛は一度反転して棒を振るい、奏の足を止めると、再び車庫の奥へ向かって走った。
追っているはずだった。
だが、奏が選べる進路は、いつの間にか線路沿いの一本道だけになっていた。
后の声が届いたときには、奏と狛は車両整備庫へ踏み込んでいた。
「はぁ…」
ため息をついた后もベレッタとともに後を追う。
その背中を見送り、岬はアールだけを屋外へ残した。
***
車庫内には二両の車両が留置され、頭上には古びたホイストクレーンが渡されている。
柱、工具棚、点検溝。
午前にこの場所を使った狛と岬だけが、その配置を知っていた。
アールは建物の外周を静かに回り込んだ。
后は奏へ指示を飛ばしたまま、背後へ近づくアールに気づかない。
壊れかけた裏口から、アールが身を滑り込ませる。
天井梁を飛んでいたベレッタが、不意に首を返した。
同時に、后のM93Rが背後へ跳ね上がる。
アールは床を蹴り、放たれた弾丸をかわした。
「やっぱり……!」
ベレッタが見たものを、后も見ている。
仕組みを確信した岬は、さらに盤面を動かした。
アールが床を隆起させる。
廃棄されたドラム缶が転がり、部品箱が落下した。
金属工具がけたたましい音を立てて土間へ散らばる。
ウロの狐火が古い消火設備を破損させた。
白い粉末が噴き出し、車庫内を覆っていく。
別の狐火がホイストの留め具を焼く。
トロリーが頭上を滑り、垂れ下がったチェーンとフックが振り子のように宙を薙いだ。
ベレッタには、すべて見えていた。
狛も、岬も、ウロも、アールも。四つの狐火も、走る台車も、落下する工具も、揺れるフックも。
見えている。
全部、見えている。
なのに、奏へ伝える言葉が追いつかない。
「前!そのまま伏せて――今度は上よ!」
アビスが奏に耳元で声をかける。
『小娘の指示が適当になっておらんか?』
「今はっ…!指示を信じるしかない!」
指示が届くころには、戦況はもう次へ進んでいる。
アビスが奏の肩から水弾を吐いた。
狐火を消した水が床へ散り、消火粉末を濡らして白い泥へ変える。
狛の棒が土間を擦り、赤い火花を引いた。
微小な火属性出力が、奏の周囲に残った水を白い蒸気へ変えていく。
昨日と同じだった。
狛は、奏の水場を片端から奪っていく。
「違う、そっちじゃない!」
后は歯を食いしばった。
説明している時間がない。
だったら――私とベレッタの目を――彼にも――!
后のこめかみに一筋の痛みが走る。
奏の左腕に、かすかな熱が走った。
午前、安全拘束具を外されたときにも感じた熱だった。
「……なんだ、これ」
奏の視界が、突然開けた。
目の前にいる狛だけではない。
自分の背中も、点検溝の向こうも、頭上を走るホイストも、白い粉末の中を駆けるウロも見える。
自分の視界に、別の誰かの視界を透かして重ねているような感覚。
まるで、空から戦場を見下ろしているようだった。
「これは……君たちの視界か?」
「分からないわよ……私にも」
后の呼吸が乱れている。
「でも、これで指示を出す手間が一つ減ったわ…」
「お前――」
「保って60秒は無いわよ。ウジウジしてないで、さっさとけりをつけてきなさい!」
奏が前を向く。
狐火が死角から迫る。
もう、后の指示を待つ必要はなかった。
奏は振り返ることなく発砲し、火球を撃ち抜いた。
続けてホイストのチェーンを撃ち、狛の進路へ落下させる。
「なんだよ急に……!」
狛が棒でチェーンを弾く。
その間に、奏が距離を詰めた。
「天宮くんの動きが、急に変わった……?」
岬の意識が奏へ集中する。
その隙に、后は動いていた。
ベレッタの視界から岬の射線だけを読み、留置車両と柱の陰を縫って進む。
白い消火粉末の中を通り、姿も匂いも紛れさせた。
后の接近に気づいたアールが向きを変える。
ベレッタが低空へ急降下し、その進路を遮った。
岬が振り返ったとき、后はすでにM93Rを構えていた。
「!? 華園さん……どうしてここに!?」
「任せてきたのよ」
握った銃が、かすかに震えていた。
照準も、岬の中心を捉え切れていない。
(すごい疲労……)
岬は浅くなった后の呼吸と、揺れる銃口を見比べる。
(もしかして、視覚を共有するあの能力……華園さん自身に、相当な負荷がかかってる……?)
***
屋外転車装置には、もう誰の姿もなかった。
遅れてCP10へ到着した綴と榛名は、安全障壁の外から車両整備庫を見上げていた。
建物の奥から、銃声と金属のぶつかる音が断続的に響いている。
「あそこ?」
綴が大型搬入口へ目を向ける。
「あそこでやってるっぽいね」
榛名も答えたが、二人とも動けなかった。
安全障壁が展開されている以上、演習中の区画へ踏み込むわけにはいかない。
近くまで来たのに、戦況はまったく見えない。
その直後。
車庫の奥で、ひときわ大きな轟音が弾けた。
地面が、二人の足裏からわずかに震える。
やがて反響が消えた。
あとには、不自然なほどの静寂だけが残った。
***
その、ほんの数秒前。
点検区画の中央で、奏はハンドガンを構えていた。
アビスの水弾。
消火設備から噴き出した粉末。
狛が蒸発させた水場。
水は消えたのではない。
細かな飛沫となり、蒸気となって、この空間に存在している。
銃口が蒼く光る。
銃口に、水分とイデアが集まり始めた。
その瞬間、午前の光景が脳裏をよぎった。
砕けた安全障壁。
鳴り響いたアラーム。
腕を締め上げた安全拘束具。
そして、穿孔跡を調べていた真柴の姿。
――次は、壊さずに使いこなしてください
もし、狛に直撃したら。
引き金へかけた指が、ほんのわずかに止まった。
狛は、その迷いを見逃さなかった。
白い蒸気を突き抜け、一気に間合いへ入る。
奏は、迫る狛を正面から見据えた。
昨日、自分は迷っていた狛へ何をぶつけた。
ここで退けば、あの言葉まで嘘になる。
「俺はもう迷わない!」
銃口へ、凝縮された光が収束する。
「君が教えてくれたんじゃないか!」
奏が引き金を絞る。
「!!!」
その直前、狛の棒が銃身を横から打ち据えた。
銃口が足元へ逸れる。
轟音。
凝縮された弾丸が、土間コンクリートを穿った。
白い粉塵が爆ぜ、分厚いスラブへ蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
それでも、警告音は鳴らなかった。
弾丸の行方を、奏が確かめるより早く、狛の身体が回転する。
踏み込み。
腰の捻り。
棒の一撃が、奏の胴を薙ぎ払った。
身体が宙へ浮く。
奏は数メートル先の床へ背中から叩きつけられ、そのまま勢いよく転がった。
ハンドガンが手を離れ、乾いた音を立てて点検溝の脇へ滑っていく。
起き上がろうと肘をつく。
だが、身体に力が入らない。
奏は自分の状態を確かめ、長く息を吐いた。
「……負けた」
悔しさより先に、笑みが浮かぶ。
仰向けのまま左腕を高く掲げ、腕時計型のクォーツギアを見つめた。
午前とは違う。
今度は、自分の意思で作った。
自分の意思で、止めることができた。
「でも、できた。アビス……キミの力、分かったよ……」
アビスが奏の傍らへ駆け寄る。
奏は掲げていた腕から力を抜いた。
左腕が重力に任せて、ぱたりと床へ落ちる。
その姿を、狛は長棒を握ったまま見下ろしていた。
ツーっと、一筋の汗が狛の首筋を伝う。
(こいつ、本気だった……)
***
もう迷わない!
遠くから彼の叫ぶ声が聞こえる――
后は震える腕を、もう一度持ち上げた。
岬へM93Rを向け、最後の力で引き金を絞る。
トトトンッ――。
三点射された弾丸は岬を捉えず、その足元のコンクリートへ三つの弾痕を刻んだ。
カラン、カラン――。
排出された薬莢が、冷たい床を転がっていく。
ベレッタの輪郭が赤い粒子へほどけ、主人より一瞬早く消えた。
后の身体が、ふらりと傾く。
そのまま支えを失い、床へ倒れ込んだ。
岬はデリンジャーを下ろさない。
荒い息を繰り返しながら、それでも最後まで盤面を見続けた。
ほんの数秒の沈黙。
《コンダクションポイント №10 第二演習シーケンス終了》
《経過時間――00:08:15》
その無機質な音声通知は、誰の耳にも届かなかった。
三点バーストの武器の表現が、どうひねっても『トトトンッ』なんですよね。ドゥルルルンとか、ドドドンとか、も考えたことはあります。




