6-3話_Between the Lines
遠くから聞こえる祭囃子が、すごくエモいです
インドア派なので、現地にはあまり行きたくないですが
≪コンダクションポイント №6の起動を確認≫
通知音が、岬の足を止めた。
二人が立っていたのは、旧玖代線の廃駅前に残されたロータリーだった。
ひび割れたアスファルトを雑草が押し広げ、かつて車が周回していた円形の車道も、今では輪郭を辛うじて残すだけになっている。
錆びた案内標識の向こうには、色褪せた駅舎と、草に埋もれかけた線路が見えた。
「どうした?」
数歩先を歩いていた狛が振り返る。
岬は答えず、ロータリーの端へしゃがみ込んだ。
アスファルトの切れ目から剥き出しになった地面が、大きく抉れている。
ただ踏み込んだだけではない。
足裏で地面を噛み、その勢いのまま前方へ蹴り出したような跡だった。
飛び散った小石と土は、ロータリーの外側――木々の間へ延びる旧道の方角へ散っている。
崩れた断面は、まだ乾ききっていなかった。
「新しい……戦闘の痕跡、にしては周囲がありのまま過ぎる……」
岬は跡に触れず、幅と深さ、土の飛び散った方向を目で追った。
ブツブツと呟く岬を遠目から見る狛は、何か言いたげだったが、流れに任せてみることにした。
岬は腰から測定器を取り出し、抉れた地面へかざす。
短い電子音が鳴った。
≪微小な雷属性のイデアを感知≫
「雷属性……。双鳶さんのどっちかかな」
「この跡だけで分かるのかよ」
「雷属性なのは、測定器が教えてくれた」
「いや、そっちじゃなくて」
岬は立ち上がり、土の散った先へ目を向けた。
木々の向こうへ続く細い旧道。
その先は、たった今起動が通知されたコンダクションポイント №6の方角と重なっている。
「ここから最も近くにあるのはコンダクションポイント№10。仮にここでコンダクションポイント№10が起動したなら、すでに全体に通知が来ているはず。考えられるのは、ここに来たとあるペアは、予定を変更して№6に向かった」
「うーんと……つまり?」
「数分前に、篠亀くんと、双鳶さんペアがここに来て、№6に向かって行ったと思う」
「名探偵かよ」
「あくまでも仮定。普通に見ただけで判断したまでだよ」
測定器を腰へ戻し、岬は再び歩き出す。
狛もそれ以上は追及せず、隣へ並んだ。
そこから先は、線路に沿って歩いた。
会話は途切れても、不自然な沈黙にはならなかった。
「この路線って確か、旧玖代線……だったっけ。鉄道の方は再開発しないの?」
「大人の事情ってやつがあるんじゃねぇの。知らねぇけど。素人目にも、千代瀬から先は開発したところでどうしようもないんだろうな。いわゆる限界集落ってやつだろ」
狛の返答に、岬は小さく頷いた。
岬は道端に残された標識や、山肌を削るように延びる線路を眺めている。
狛はそんな岬を急かすことなく、分岐へ差しかかるたびに進む方向だけを示した。
駅舎を離れて十数分。
二本だった線路が枝分かれし、その先に大きな建物が見えてきた。
旧玖代線の終着駅に併設されていた、車両整備庫。
正面の扉は半分ほど開いたまま錆びつき、薄暗い内部へ線路が伸びている。
整備庫の中には、一両編成の車両が二両。
色褪せた車体が、互いに距離を空けて留置されていた。
天井近くには大型のホイストクレーンが渡され、錆びたフックが床へ向かって垂れ下がっている。
車両の足元には、底の見えない点検用の溝。
建物の奥には、屋外へ抜ける線路も続いていた。
その先では、円形の転車装置が、誰かを待つように静かに佇んでいる。
「ここか」
狛が整備庫の入口脇へ設置された端末に触れる。
停止していたはずの機械へ淡い光が走り、遅れて岬の端末も反応した。
≪コンダクションポイント №10の起動を確認≫
≪90秒後、演習プログラムのシーケンスに基づき、1v1へ移行してください≫
二人の名が表示されたのち、整備庫の四隅に設置された装置が次々と起動していく。
古びた車庫には不釣り合いな電子音が響いた。
岬は車庫の中を見渡した。
留置された二両の車両。
車体の下を走る点検溝。
頭上のクレーン。
奥へ続く線路と、その先にある円形の転車装置。
障害物が多く、死角も多い。
対して屋外へ出れば、遮るものの少ない円形の空間が待っている。
「ルールはどうする?九条くん」
狛はすぐには答えなかった。
肩へ担いでいた棒を下ろし、端を地面へ軽く当てる。
岬も左右の太腿に手を添えた。
ホルスターへ収められた二丁のデリンジャーが、革越しに硬い感触を返す。
「俺が、逢麻さんって人間を、もう少し知るまで」
「……言い方が気に食わないけど、賛成」
「そりゃどうも」
狛が棒を構える。
岬は右手のデリンジャーを抜き、銃口を床へ向けたままクォーツへ意識を集中させる。
「来て、アール」
夕日色の光が広がった。
召喚陣から現れた大型犬が、岬を庇うように一歩前へ出る。
低く落とされた腰。
狛から一度も逸らされない視線。
「ウロ、頼むぞ」
同時に、狛の背後でも赤い召喚陣が展開された。
薄暗い整備庫が、火と土――二つの属性光に照らされる。
一拍の静寂。
先に動いたのは、狛だった。
棒の先端が床を叩く。
乾いた音を合図に、狛の身体が一直線に間合いを詰めた。
岬のデリンジャーが持ち上がる。
アールが吠え、二人の間へ飛び込んだ。
***
≪コンダクションポイント №6の起動を確認≫
「この先、御三家のポイントと動線が重なるな」
端末の地図を覗き込みながら、榛名が足を止めた。
川のせせらぎの奥に、耳を澄ますと雷鳴が聞こえる。
「避けた方がいい?」
「巻き込まれんの面倒だろ。こっちから迂回しよ」
榛名が示したのは、旧玖代線の終点側へ回り込むルートだった。
≪コンダクションポイント №9の起動を確認≫
「ふうん」
また別の通知が鳴る。
綴は地図と榛名の横顔を見比べたあと、いつもの調子で笑った。
そして、フードの乱れを治す。
「じゃ、榛名さんに任せるよ」
「さん付けいらねぇって」
二人は進路を変えた。
***
そこは、かつて近隣の闘牛場を支えていた畜産施設の跡だった。
崩れかけた牛舎を中心に、朽ちたサイロや空になった飼料庫が散在している。
草木に半ば呑まれた敷地の先には、闘牛場へと続く細いシュートも、忘れられたように残されていた。
その牛舎の中で、二人の戦いはすでに決着していた。
朽ちた牛舎の屋根から、何本もの光が差し込んでいた。
光の筋の中を、戦いによって舞い上がった細かな埃が漂っている。
箒は片膝をつき、荒い呼吸を繰り返していた。
その数メートル後方。
手を離れた大剣が、湿った地面へ斜めに突き刺さっている。
五、六メートルほど離れた場所では、霹が片足へ重心を預けて立っていた。
地面へ軽く突き立てた薙刀に片手を添え、空いた手でぱたぱたと顔を扇いでいる。
二人とも肩で息をしていた。
それでも、どちらの表情にも険しさはない。
≪コンダクションポイント №6 演習シーケンス 第一段階完了≫
≪次の指示があるまで、その場で待機してください≫
「っはぁ……しゅうちゃん、やっぱ重いわ」
「……この怪力女め」
「はぁー!?か弱い乙女に対する言葉じゃないっしょ、それ!」
霹は笑い、地面へ立てた薙刀を軽く揺らした。
箒は一度大きく息を吐き、膝へ手を置いたまま顔を上げる。
「で、靂のところ行っていい?」
「なんでそんな元気なんだ……。今の通知を聞いていなかったのか? その場で待機だ」
「やだ。今座ったら、立てなくなりそう……もう一回やっとく?」
「その場で『待機』だ」
牛舎の天井から落ちる光が、地面へ突き刺さった大剣と薙刀を静かに照らしていた。
***
日陰で息を整えていた箒の端末が、小さく震える。
≪コンダクションポイント №9の起動を確認≫
コンダクションポイントって打つのがおっくうになってきました。




