6-4話_Against the Grain
信じて欲しいんですが、3500字~4000字ぐらいに納める努力をしたんです。
気づいたら5000字超えてました。
その数分前――。
旧玖代線から枝分かれした貨物支線の跡を辿り、奏と后は山間に開けた場所へと足を踏み入れていた。
かつては周囲の山々から切り出した木材が集められ、鉄道へ積み込まれていた場所らしい。
敷地の中央には、錆びた運搬用レールが草の間から覗いている。
傾いた雨除け屋根の下には、積み残された古材が黒ずんだ姿を晒し、その周囲には朽ちた台車や金属製のラックが点在していた。
敷地の奥には、細長い貯木池がある。
水面は落ち葉と藻に覆われ、山側から延びる導水路が今も細い水の流れを注ぎ込んでいた。
湿った空気には、土と苔、古い木材が混ざった匂いが漂っている。
「ここで間違いないわ」
前を歩いていた后が足を止める。
その視線の先。苔むした長方形の計量台跡に、周囲の廃墟とは不釣り合いなほど新しい円筒形の装置が据えられていた。
装置の側面には、用途の分からない細いスリットが幾つも刻まれている。
奏は手元の端末と装置に表示された番号を見比べた。
「コンダクションポイント――№9」
「見れば分かるわよ。さっさと起動するわよ」
后が装置へ端末をかざす。
短い電子音とともに、円筒の上部へ光が走った。
≪コンダクションポイント №9の起動を確認≫
≪90秒後、演習プログラムのシーケンスに基づき、1v1へ移行してください≫
装置を中心に、淡い光の輪が地面を走る。
輪は木材置き場を越え、貯木池の縁をなぞり、旧集積場の外周をひと息に巡った。
次いで半透明の膜が立ち上がり、敷地全体を覆っていく。
≪安全障壁を展開します。環境保護機能および安全装置、正常作動≫
「何よ。あたしと戦うのが不満?」
「そういう意味じゃない。朝からずっと一緒に歩いてきて、着いたら戦えって、変な感じだなと思っただけだ」
「実戦では、さっきまで隣にいた人間が敵に回らない保証なんてないわ」
后はそう言って、奏でから距離を取り、腰に携えたM93Rへ手をかける。
「それに、あたしには確認しておきたいことがある」
「確認?」
后の視線が、奏の左腕へ向けられた。
腕時計型のクォーツギア。
その奥で、蒼いクォーツが淡い光を宿している。
「ちゃんと出しなさいよ。あの蒼いの」
「アビスを?」
「あんた、他に蒼い召喚獣を隠してるの?」
「いちいち言い方が引っかかるんだよな……」
奏が左腕を胸の前に掲げ、軽く振る。
クォーツが蒼く明滅し、その光が腕の周囲へ溢れ出した。
水の流れにも似たイデアが宙で渦を巻き、小さな影を形作っていく。
現れたアビスは奏の肩へ着地すると、前脚を揃えて后を見た。
『ふむ。また気の強そうな娘であるな』
「聞こえてるからな、それ」
「何を話してるの?」
「いや、なんでもない」
后は訝しげに目を細めたが、それ以上は追及しなかった。
代わりに右手のブレスレッド型のクォーツギアへ触れる。
赤い光が弾け、上空へ一羽の紅隼が舞い上がった。
ベレッタは旧集積場の上を大きく旋回し、雨除け屋根を越えて高度を上げていく。
后の瞳に赤い光の輪が浮かび、その視界が上空のベレッタと重なった。
《リンクサイト》。
奏が物陰へ隠れようと、上空からその位置を見失うことはない。
后はホルスターからM93Rを抜いた。
「その銃、華園重工製ね」
奏もハンドガンを構える。
「ああ。学園から支給されたやつだ」
「だったら、性能も装弾数も、あんたの癖も――全部まとめて見せてもらうわ」
≪演習プログラム 第1シーケンスを開始してください≫
開始音と同時に、銃声が三発重なった。
奏は横へ跳び、計量台から転がり落ちる。
直前まで立っていた場所を、赤いイデア弾が連続して叩いた。
体勢を立て直し、古材の積まれたラックへ駆け込む。
その上空を赤い影が横切った。
「アビス!」
『分かっておる』
奏の肩を蹴ったアビスが跳び上がる。
小さな身体を包んだ水が鞭のように伸び、急降下してきたベレッタの進路を遮った。
ベレッタは翼を傾け、水流を紙一重でかわす。
アビスも深追いはしない。
「アビス、君って飛べたのか?」
『この両翼が飾りに見えるか?』
互いに高度を奪い合いながら、奏と后の頭上を旋回する。
奏は古材の隙間からハンドガンを向け、后へ二発撃ち返した。
だが、后は奏が引き金を引くより先に動いていた。
一発目は地面を穿ち、二発目は傾いた金属ラックへ弾かれる。
「見えてんのかよ……!」
正面から后の銃口が覗く。
奏は咄嗟に身を引いた。
直後、古材の角が赤い閃光に削られる。
后は奏を直接狙い続けているわけではなかった。
右へ抜けようとすれば、進路上の地面へ撃ち込む。
左の物陰へ移ろうとすれば、乾いた木屑へ火を走らせる。
奏が選べる場所を、一つずつ消している。
背後では、火の移った木屑から細い煙が立ち上り始めていた。
后の射撃に追われ、奏は湿った古材を飛び越える。
着地した足元で水が跳ねた。
広いはずの集積場が、少しずつ狭くなっていく。
***
同じ頃。
点検車庫の中で狛の端末が小さく震えた。
≪コンダクションポイント №9の起動を確認≫
狛は車両の陰へ身を滑り込ませながら、表示へ一瞬だけ目を向ける。
「CP9か。確か……天宮か。ここから近傍のポイントなのか?」
乾いた銃声が響く。
狛が顔を引っ込めた直後、車両の外板へ土属性のイデアを纏う弾丸が弾けた。
「九条くん、余裕だね」
障害物の向こうから、岬の声が届く。
「……余裕そうに見えるか?」
軽口を返しながら、狛は周囲へ視線を巡らせた。
初めて訪れる場所。
訓練場のように平坦な地形ではない。
点検車庫の中には、支柱や工具棚、据え付けられた機械が並んでいる。
障害物が多く、銃を使う岬からすれば、射線を通しにくい場所のはずだった。
接近戦を得意とする自分のほうが有利。
少なくとも、最初に地形を見たときはそう思っていた。
それなのに。
車両の反対側から、アールの低い唸り声が聞こえる。
狛が間合いを詰めようとするたび、アールが進路を変えさせる。
空いた道を選べば、その先には岬の銃口が待っている。
射線が通っていないのではない。
岬が、通す瞬間を選んでいる。
そこまではまだ、狛にも見えていなかった。
(なんでこんな……こっちは戦いにくいんだ?)
***
再び鳴った銃声が、思考を打ち切った。
奏は横転した運搬台車の陰へ滑り込んだ。
肩が上下し、呼吸が乱れている。
后のM93Rが火を噴くたび、逃げ道が削られていく。
遮蔽物へ入っても、ベレッタが上空から位置を捉えている。
奏は残弾を確かめ、眉を寄せた。
后はその動作さえ見逃さなかった。
華園重工製の学園支給モデル。
マガジンの装弾数も、一般的な一年生が行うリロードに必要な時間も、后は把握している。
奏がこれまでに撃った数も、すべて数えていた。
「あと三発」
后が呟く。
奏が台車の陰から腕だけを出し、牽制に二発。
残り一発。
后はあえて左側の射線を空けた。
奏がそこへ飛び出す。
誘導されていると気づかないまま、后へ向けて引き金を引いた。
最後の一発が、后の頬を掠めるように通過する。
安全障壁が淡く輝き、イデア弾を受け流した。
その瞬間、后が駆け出した。
奏の後方には貯木池。
左右に遮蔽物はなく、マガジンは空。
交換する時間は与えない。
「終わりよ!」
奏は後退しながらハンドガンを構えた。
引き金を引いても、弾は出ない。
分かっている。
それでも、銃口を下げることができなかった。
『奏』
アビスの声が届く。
上空のベレッタと、奏の頭上のちょうど中間地点辺りでアビスは滞空する。
互いに牽制し合ったまま、こちらへ降りてくる様子はない。
『水が海や川にしかないと、頭が硬くなってはおらんか?』
「こんなときに何言って――」
『大気に含まれる水。地中へ染み込んだ水。そして、そこら中に転がっておる木材』
奏の視界に、旧集積場の景色が映る。
湿った土。
苔に覆われたコンクリート。
貯木池から漂う冷たい空気。
火に炙られ、古材から立ち上る白い蒸気。
『ヒントは授けたぞ、奏』
水は、そこら中にある。
奏は空のハンドガンを握り締めた。
この銃は、実弾を撃ち出すだけの道具ではない。
使用者のイデアを弾丸へ伝えるため、銃身にも伝導機構が組み込まれている。
ならば。
実弾がないのなら、作ればいい。
「集まれ……!」
空気中を漂っていた微細な水分が、淡い蒼色の粒となって銃口へ引き寄せられる。
地面から。
湿った古材から。
立ち上る蒸気から。
蒼い粒子が銃身へ流れ込み、一点へ凝縮されていく。
后の目が見開かれた。
奏のマガジンが空であることに間違いはない。
リロードする動作もしていない。
それなのに、銃口の奥で蒼い光が膨らんでいる。
「今のは実弾じゃない……しまった!」
奏が引き金を引く。
水の疑似弾丸が、銃口から放たれた。
それは后の左肩から大きくそれ、背後数十メートル先の安全障壁へ衝突した。
甲高い音が貯木場に響く。
后はとっさに振り向き、弾丸の行方を確認する。
后の眼前で、半透明の障壁に亀裂が走る。
次の瞬間、その一部が砕け散る。
≪コンダクションポイント №9にて安全装置に異常あり≫
≪演習シーケンスを強制終了します≫
けたたましいアラームが貯木場全体に響き渡った。
コンダクション装置の側面が展開する。
奏が振り返るより早く、スリットから二本の拘束輪が射出された。
「うわっ!?」
拘束輪は奏の両手首を捉え、強制的に引き寄せる。
ハンドガンが湿った地面へ落ちた。
「動かないで!」
后が叫ぶ。
何が起きたのか分からないまま、奏は拘束された両手と、地面へ落ちた銃を交互に見た。
その銃口から、淡い蒼色の粒が零れ、空気へ溶けていく。
「……いけた」
呆然と呟く奏を、后は言葉もなく見つめていた。
アビスの力を借りたようには見えなかった。
何もない場所から水を生み出したわけでもない。
周囲に存在していた水分とイデアを集め、華園重工製の銃を通し、即席の弾丸へ作り変えた。
しかも、その一発は――演習用の安全障壁を破損させた。
「何なのよ……あんた」
后の声は、アラームに掻き消された。
***
――廃終着駅
点検車庫を駆け抜けた狛が、振り下ろされたアールの前脚を棒で受け流す。
体勢を崩した大型犬の脇を抜け、奥に立つ岬へ踏み込んだ。
「ウロ、これで決めるぞ」
『はいよ』
ようやく捉えた。
そう確信した瞬間、岬が一歩だけ後ろへ退く。
その足元に積もっていた土埃が、不自然に盛り上がった。
「――そこ」
「……っ!」
狛の踏み込んだ足が、地面から突き出した土の楔に取られる。
わずかに傾いた身体へ、岬のデリンジャーが向けられた。
銃口に土属性の光が収束する。
同時に、狛の棒を伝って火属性のイデアが走った。
互いの一撃が放たれる――その寸前。
点検車庫の中に、けたたましいアラームが鳴り響いた。
≪緊急安全プロトコル作動≫
≪コンダクションポイント №9にて、安全装置の異常を検知≫
≪全コンダクションポイントの演習シーケンスを強制終了します≫
狛の棒を覆っていた炎が消失する。
岬の銃口へ集まっていた光も、何かに吸い取られるように霧散した。
車庫の外周を覆うバリアフィールドが赤く明滅し、二人の端末に演習終了を示す警告が表示される。
狛は踏み込んだ姿勢のまま動きを止めた。
「CP№9……?」
つい先ほど、起動通知を確認したばかりだ。
そこにいるのが誰なのか、考えるまでもない。
「天宮のところだ」
岬も銃口を下げ、赤く点滅する端末へ目を落とす。
「華園さんも一緒だよね」
「ああ。あいつら、何やったんだ……?」
アールが岬のそばへ戻り、点検車庫の入口へ顔を向けた。
ウロは大きなあくびをし、退屈そうにその場に丸まった。
二人の間に残されていた緊張だけが、行き場を失ったように漂っている。
やがて、無機質な音声がもう一度繰り返した。
≪第1シーケンスを終了します≫
≪全参加者は、次の指示があるまで、その場で待機してください≫
二人の呼吸が整わないまま、
行き場を失った決着だけが、錆びた車庫を吹き抜ける風の中に取り残された。
***
同時刻、管理本部。
赤い警告表示が大型モニターを埋め尽くした。
≪コンダクションポイント №9にて安全装置に異常あり≫
≪演習シーケンス、強制終了≫
御手洗は表示された文字を見上げ、両手で頭を抱えた。
「緊急発動する安全障壁は、いかなるイデア出力にも耐えられるんじゃなかったのかよ……」
隣では、羽瀬川が急速に流れていく計測値を目で追っていた。
「出力そのものは、規定値を大きく超えていません。彼の使用する弾薬モデルは、イデアの波長を安定させる関数が組み込まれています」
「じゃあ、なんで壊れた」
羽瀬川の指が、着弾直前の波形を止める。
一点だけ、鋭い針のように突き出した数値。
「……考えられるのは、弾丸のイデア密度です。着弾点へ、異常なほど収束しています」
御手洗は頭を抱えたまま、深く息を吐いた。
「また天宮かよ……」
モニターの中では、両手を拘束された奏の周囲を、后が険しい表情で調べている。
その頭上を、蒼と赤――二体の召喚獣が、何事もなかったように旋回していた。
次回は、宿泊研修3日目 午後の部です。
7月中に終わりたい。




