6-2話_Off the Rails
タイトルを考えるのが一番楽しいです。
実地演習開始から十数分が経った。
日は山の輪郭から完全に姿を現し、心地よい日差しが差し込む。
各ペアは、それぞれの目的地へ向けて千代瀬の山間部を進んでいた。
「しゅうちゃん、こっち!この調子なら、一番乗りじゃない!?」
霹が軽やかに先頭を駆ける。
その背中を追いながら、箒は周囲へ視線を巡らせた。
山道は舗装されているとはいえ、人通りはほとんどない。
木漏れ日が揺れ、鳥の鳴き声だけが静かな空気を満たしていた。
「お前、本当に地図見てるのか?」
「しゅうちゃんが見てくれてるから大丈夫っしょ!」
「はぁ…」
霹の返事だけは元気だ。
箒は、あきれた様子で端末と進行方向を交互に見る。
端末に記された目標地の座標と、自分たちの位置を確認しながら、
そんな二人は、予定されていたルートを順調に進んでいく。
***
その一方。
山の中腹に建つ、小さな神社。
境内に向かう石段の前に広がる、参拝者用の駐車場。
今は使われなくなり、車止めブロックは崩れ、アスファルトのひび割れから雑草が顔を出す。
駐車場からは、千代瀬の街並みを一望できた。
霞と靂は、しばらく無言で景色を見下ろしていた。
その景色は、九条リゾート千代瀬の建物が見え、風になびく色とりどりの無数の鯉のぼり、
朝日を浴びた温泉街からは、白い湯気がゆっくりと立ち昇っていた。
「……この神社は、変わらないのね」
「……」
靂は静かに振り返り、石段を眺める。
霞は、歴の言葉を聞き流すように、端末に表示された座標を見る。
「……御三家で合宿に来た時、あなたはいつも修業終わりにここに来てたらしいじゃない。『俺はまだ弱い。姉ちゃん達にまた負けた~』って」
「なっ……!?なんで知ってんだよ!」
「ふふっ。知らないとでも思った?」
「い、いいから先行くぞ!」
「ええ」
足早に先に進む霞
その背中をみて、面白おかしく微笑む靂
二人は、神社の前を後にした。
***
ホテルのとある大広間
管理本部として、いろいろな設備が特設されている
複数のモニターの前に、教諭陣が心配そうな表情を浮かべながら
彼らの動向をうかがっていた。
≪現在、コンダクションポイント 到達ペア 0組。演習フィールド内、異常性 検知無し≫
「御手洗先生、定期通知は5分おきに来ます。むやみやたらに更新されると、安全プログラムに余計な負荷が掛かります。心配されるのは分かりますが…」
御手洗先生は椅子に浅く座り、深く息を吐く。
手元の耐熱カップのコーヒーの量は減っていない。
「頼むから、生徒らしく先生の言うこと聞いてくれよ…」
「最初から期待してないような言い様ですね」
隣で羽瀬川先生が淡々と返す。
「まぁな」
御三家同士を近づけたのは意図的だった。
実力差による事故を避けること。
そして、互いの力量を一番理解している者同士だからこそ、余計な無茶をしないという判断でもある。
とあるモニターの動きに気付いた御手洗は、ぬるくなったコーヒーに手を伸ばす。
口に運ぶその手は、少し震えていた。
「一番乗りは、やはりこのペアか…」
***
太陽はすっかり昇っていた。
円形の石造り闘技場。
朽ちた観客席。
錆びた鉄柵。
草木に侵食されながらも、その面影だけは今も残っていた。
「座標としてはここだが、こんな広場があったのか」
「合宿のたびに親から、千代瀬は召喚士の『聖地』なんて聞いていたけど、まさかこんな広場があるなんて。ここで戦闘娯楽が行われていたみたいだわ」
そこに姿を現したのは、霞と靂だった。
広場の中央に、いかにもな形状をした装置が据えられていた
二人は円形広場へ足を踏み入れたその瞬間。
通知音が響く。
≪コンダクションポイント №5の起動を確認≫
「!」
二人は反射的にその装置から距離を取る。
通知は間髪入れずに続く
≪90秒後、演習プログラムのシーケンスに基づき、1v1へ移行してください≫
「全部聞き取れたんだが、靂、どういうことか分かるか?」
靂は静かに薙刀を抜刀。
切っ先を霞に向ける。
「要するに、『タイマン』ってことよ」
霞が腰の小太刀へ手を掛ける。
「……お前とだけは、戦いたくなかった」
「ふふっ、こっちの台詞よ」
次の瞬間。
翠色と紫電が同時に弾ける。
「――ラムダ。」
「――シータ。」
召喚光が闘技場を包み込んだ。
***
一方その頃。
「へぇー」
霹は廃駅舎の前で足を止める。
草に埋もれた錆びた線路。
読めなくなった駅名標。
朽ちたホームには、ボロボロに風化したベンチだけが、来ることの無い電車を待っていた。
「昔は電車が走ってだろうな。」
「なんかエモいね」
「えも…?」
線路を吹き抜ける風が、霹の結った髪をなびかせる。
深呼吸して背伸びする霹は、いつもの調子で言った
廃れた駅舎を特に散策することなく、二人はさらに奥へ進む
遠くから滝の音が聞こえ始めた。
古びた鉄の立て札が二人を迎え受ける。
「ショクザイの滝、か」
「食材?」
立て札を読んだ箒
霹が首を傾げる。
「違う」
その時、端末から、滝の音に劣らぬ通知音が鳴る。
≪コンダクションポイント №5の起動を確認≫
「えぇ!?」
≪獅堂 霞・双鳶 靂 ペア。全組中、最初の到達を記録≫
霹は通知バナーを見るなり、口元を吊り上げた。
「しゅうちゃん…行くよ」
「は?何を、」
霹は箒の返事を待たず。
地面を思い切り蹴る。
――ドンッ!!
アスファルトが抉れ、雷のようにひびが入り、小石が弾け飛ぶ。
「お、おい!何処に行くんだ!」
「デートの邪魔しに決まってんじゃん!」
土煙を残し、霹は一直線に駆け出した。
その背中を見て、箒は呆れたようにため息をつく。
「待て!」
ものすごいスピードで飛んでいく霹を追う箒。
わきに抱える端末から通知音が鳴る。
≪予定ルートを変更 目的座標をコンダクション№6に変更≫
***
闘技場では、
霞は縦横無尽に円形闘技場を動き回り、靂をスピードで圧倒する。
雷の楔が、霞の動線を潰す。
靂は一歩も動かない。
薙刀の切っ先をわずかに下げるだけで、霞の軌道を見据えていた。
鋼と鋼が擦れ合い、火花が散る。
互いに一撃を交わすと、同時に距離を取った。
「……相変わらず速いわね。」
「お前こそ、少しは動いたらどうだ?体が鈍るぞ」
短い会話。
それだけで十分だった。
幼い頃から何度も刃を交えてきた相手だ。
踏み込みの癖も、間合いも、呼吸も知っている。
だからこそ、決定打が生まれない。
靂は足元へ視線を落とす。
紫電が地面を這い、闘技場の石畳から錆びた鉄柵へと静かに伸びていく。
雷の楔。
盤面は、すでに完成し始めていた。
霞が横へ跳ぶ。
その瞬間。
鉄柵を紫電が駆け抜ける。
「っ!」
霞は空中で身体をひねり、寸前で着地点を変えた。
雷光が頬を掠める。
「……っ!相変わらず嫌らしいな」
「あなたならその鉄柵を使うって、昨日の夜から分かってたわ」
「うるせぇな」
霞は地面を蹴る。
小太刀が石畳を浅く削り、小さな破片が舞い上がった。
「ラムダ!」
『任せろ!』
舞い上がる小さな石片が、ラムダの両翼が起こす風によって
砂埃と石片が雷の軌跡を遮る。
靂の視界がわずかに曇る。
「ダーティープレイは御三家の武士道に反するんじゃなくって?」
「誉め言葉だ」
霞は一気に距離を詰めた。
だが、薙刀がその侵入を許さない。
再び均衡。
互いに一歩も譲らない。
その時だった。
霞の背後でラムダが翼を大きく広げる。
風が舞う。
霞は迷わず、その羽を踏み台にした。
風を蹴る。
空中でもう一段、軌道を変える。
靂の目がわずかに見開いた。
「……フード坊やの真似?」
「癪だがな。」
霞は苦々しく笑う。
同胞である篠亀箒と空木綴の実戦演習のログから学び得た戦術だった。
しかしそれは未完成だった。
綴ほど自在には飛べない。
風を蹴る感覚も、羽を踏み換える感覚も、まだ身体に馴染んではいない。
着地は乱れ、体勢も完全ではなかった。
それでも。
――その一歩が、靂の想定を越えた。
薙刀が半歩だけ遅れる。
霞はその隙を逃さなかった。
小太刀の切っ先が、靂の喉元でぴたりと止まる。
闘技場を吹き抜ける風だけが、二人の間を通り過ぎた。
静寂。
やがて靂は小さく息を吐き、薙刀を下ろす。
「……降参ね」
霞は肩で息をしながら、小太刀を納める。
全身が熱い。
足は震え、呼吸も荒い。
それでも、自然と口元が緩んだ。
「……んだよ」
鼻で笑う。
「珍しいな」
靂は霞を見つめたまま、何も返さない。
胸の奥がざわつく。
悔しい。
違う。
焦っている。
それも違う。
自分でも、この感情の正体が分からなかった。
知っているはずだった。
幼い頃から何度も剣を交え、何度も勝ち、何度も負けてきた相手。
霞の型も、癖も、間合いも。
全部知っていると思っていた。
けれど今、目の前にいる霞は違う。
御三家の型だけでは測れない。
誰かから学び、吸収し、自分のものへ変え始めている。
型に囚われず、自由に戦う――。
戦いの中で、霞は御三家の枠を超えていこうとしていた。
その一歩を、霞は踏み出していた。
靂はそっと目を伏せる。
……先に、行かれた。)
その一言だけが、胸の奥へ静かに沈んでいった。
≪コンダクションポイント №6の起動を確認≫
静寂を切り裂くように、通知音が戦場へ響く。
靂が一瞬だけ眉を動かす。
「……嫌な予感がするわね」
「……ゆっくりさせてくれねぇのかよ、お前んとこは」
「こればっかりは、私でもどうしようもできないわ」
≪コンダクションポイント №5 演習シーケンス 第一段階完了≫
≪次の指示があるまで、その場で待機してください≫
霞はラムダの召喚を解除し、小太刀を脳投資ながら浅くため息をつく。
円形広場を通り抜ける風は、チリチリと音を立て、無機質な通知音と共に空に消えていく。
***
管理本部。
CP5の起動の通知から数分。
≪コンダクションポイント №5 演習シーケンス 第一段階完了≫
≪双鳶 霹・篠亀 箒 ペア 予定ルート逸脱。ルート変更、目的座標をコンダ、≫
≪コンダクションポイント №6の起動を確認≫
CP5の起動からものの数分後、CP6起動の通知が表示される。
モニターを凝視していた御手洗先生は、通知がくると同時に、背もたれに深くもたれた。
「よしよしよし…」
「一瞬変な通知入りませんでしたか?予定ルートを逸脱?あの、御手洗先生?」
コーヒーはすっかり空になっていた
「……現場は生き物だから常にイレギュラーはつきものだが、どこまで想定できるかが重要だ」
「はぁ……そうですか」
御手洗先生は虚空を見つめ、深く深呼吸をした。
この三連休で6-4話まで行きたい(願望)




