表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last Quartz  作者: 錢葵
PR
30/47

6-1話_Different Directions

身近な人が熱中症になりました。みなさん、水分と塩分を十分に取りましょう。



宿泊研修三日目。


朝食を終えた一年D組の生徒たちは、宿泊施設から少し離れた山間部の演習区域、その入口に集められていた。

昨日までの屋内訓練場とは違い、周囲にあるのは舗装されていない山道と、視界を遮る木々ばかりだった。

朝露を含んだ土の匂いが、冷たい風に混じっている。


「今日は、実地演習だ」


生徒たちの前に立った御手洗が、手に持ったタブレットを軽く掲げた。

その隣では、羽瀬川が扇子を閉じたまま、全員の顔を静かに見渡している。


「昨日までは、相手も場所も分かった状態での訓練だった。今日は違う。お前らには二人一組で、この演習区域を移動してもらう」


御手洗がタブレットを操作すると、生徒たちの端末にも簡略化された地図が表示された。

山道。渓流。斜面。林間部。

地図上には、いくつもの番号が記されている。


「区域内には、シーピーが複数設置してある。まずは指定されたポイントを目指せ。到着が確認されたペアは、その場で次の指示を受ける」

「御手洗先生、正式名称は、コンダクションポイント(Conduction Point)です。混乱を招きます」

「失礼」


「次の指示とは何でしょうか?」


後ろの方から誰かが尋ねる。


「行けば分かる」

「えぇ~……」


小さく漏れた声を、御手洗は聞かなかったことにした。

タブレットを凝視する御手洗を横目に、羽瀬川が一歩前へ出る。


「実地演習区域内では、皆さんの位置情報と周辺状況をこちらで把握しています。危険区域への侵入、許可されていない戦闘行為、著しい体調不良などが確認された場合は、こちらから演習を中断します」

「つまり、好き勝手やっていいわけじゃねぇぞ」


御手洗が続ける。


「ただし、こっちが細かく指示を出すつもりもない。どの道を通るか、どの程度の速度で進むか、他のペアと接触するか避けるか。その判断も含めて訓練だ」


地図を見ながら、何人かが小声で相談を始める。

御手洗はそれを止めなかった。


「今日は、単純な速さを競うだけじゃない。CP到着後は一対一の訓練に移行する。午後には、二対二もやる」


ざわめきが広がった。

その中で、双鳶霹が目を輝かせる。


「二対二って、ペア同士で戦うってこと?」

「状況次第だと言っただろ」

「霹、最後まで話を聞きなさい」


霹の隣で、靂が小さくなだめた。


「先に言っておく」


御手洗の声が、ざわめきを切る。


「双鳶姉妹は別々に組ませる」

「えー!」

「でしょうね」


不満を隠さない霹に対して、靂は予想していたように肩をすくめた。


「お前らを一緒にしたら、それだけで今日の訓練が終わる。単独で何ができるか見たいんだよ」

「別に、ひとりでできるもん」

「なら問題ないな」

「そういう言い方ずるくない?」


霹の抗議を流し、御手洗はタブレットに視線を落とした。


「じゃあ、ペアを発表する」


生徒たちの空気がわずかに引き締まる。


「獅堂霞。双鳶靂」


名前を呼ばれた二人が、ほぼ同時に顔を上げた。

靂は霞を一度見てから、淡々と言う。


「突っ走るのだけはやめることね」

「うるせぇ!」

「まだ始まってもいないのに、もう不安だわ」

「お前に心配される筋合いはねぇ!」


御手洗は二人のやり取りを無視して、次の名前を読み上げる。


「篠亀箒。双鳶霹」


霹が目に見えぬ速さで箒の隣へ寄った。


「しゅうちゃん、そんな難しい顔してたら眉間割れちゃうよ?あーしらペアで、ばばっとクリアしよ!」

「……はぁ」

「なにそのため息」

「先が思いやられただけだ」

「始まる前から暗くない?」

「お前が明るすぎるんだ」


四人を見比べ、御手洗はタブレットの画面を指で弾いた。


「御三家組は、その組み合わせでやれ」


霞が眉をひそめる。


「なんで俺らだけ固めるんだよ」

「お前ら、ここら辺に多少詳しいだろ」


あまりにも雑な返答だった。


「それに、お前らを普通の生徒と組ませると、片方の訓練にならん。教育者たるもの、生徒には平等に接するのが道理だが、今回は例外とする」


周囲の生徒たちから、否定とも同意ともつかない空気が流れる。

御手洗は構わず続けた。


「経験があるなら、経験がある者同士で負荷を掛けろ。分かったな」


霞は納得していない顔をしていたが、それ以上は言わなかった。

箒は眼鏡の位置を直し、隣の霹を見た。

霹はすでに地図を覗き込み、どのルートが近いかを考えているらしい。


その横で、霞は別の方向を見ていた。

昨日、刀術を単純だと言った九条狛。

そして、一度は勝負を止められた天宮奏。


どちらとも、もう一度やり合いたい。

霞の胸中にあるのは、目の前の演習よりも、昨日から残った苛立ちの方だった。


一方、箒の脳裏には別の風が残っていた。

入学式後に剣を交えた、空木綴。

型の外から入り込み、自分の知る風とはまるで違う動きを見せた相手。


次に向き合う時は、同じようにはいかない。

そう思いながらも、今隣にいるのは、止まることを知らない双鳶霹だった。


「次」


御手洗が名前を読み上げていく。

幾つかのペアが発表され、そのたびに軽い歓声や不満の声が上がった。


「九条狛。逢麻岬」


狛が岬の方を見る。

岬は地図を確認したまま、短く頷いた。


「よろしく、九条くん」

「こちらこそ。足を引っ張らないようにするよ」

「その言い方をする人は、大体引っ張らないわ」

「それに、九条くんがいる私たちペアは地の利がありそうだし」


岬の返答に、狛は少しだけ笑った。


「空木綴。榛名律(はるな りつ)

「お、よろしく」


綴が軽く手を上げる。

榛名も同じような調子で手を上げ返した。


「よろしく。楽しくいこーぜ」

「いいね。俺もそういうの好き」


似たような温度で笑う二人に、周囲からは自然な組み合わせに見えた。

御手洗はさらに幾つかの名前を読み上げる。

そして最後に、タブレットから顔を上げた。


「天宮奏。華園后」


奏は一瞬だけ目を見開いた。

数人分離れた場所に立っていた后も、顔を上げる。

二人の視線が合った。


后の表情は、すぐにいつもの強気なものへ戻る。


「……何よ」

「いや。よろしく」

「足を引っ張ったら承知しないわよ」

「それはお互い様だろ」


奏がそう返すと、后は少しだけ目を細めた。


「言うようになったじゃない」


それを聞いていた綴が、どこか面白そうに笑っている。

狛は何も言わず、奏と后の様子を一度だけ見た。

御手洗がタブレットを閉じる。


「以上だ」


生徒たちの端末に、それぞれの目的地と最初のルート候補が表示された。


「装備を確認しろ。五分後に出発する」


羽瀬川が補足する。


「端末からの通知は、必ず確認してください。ノード到着者や演習状況によって、皆さんの指示が途中で変更される場合があります」

「変更って?」


霹が尋ねる。

羽瀬川は穏やかに微笑んだ。


「その時になれば分かります」

「先生たち、今日そればっかりじゃない?」


霹の声に、何人かが笑う。

張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。

その間にも、各ペアは地図を囲み、ルートの確認を始めている。


霞と靂。

箒と霹。

狛と岬。

綴と榛名。


そして、奏と后。

同じ演習区域へ向かうはずなのに、それぞれの視線は別の場所に向いていた。

昨日の勝負。

残された課題。

隠している役割。


まだ言葉にならない違和感。

それらを抱えたまま、宿泊研修三日目の実地演習が始まろうとしていた。


御手洗は腕時計を確認する。


「時間だ。各ペア、出発」


合図とともに、山道へ続くゲートが開いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ