4-4話_Serendipity
食堂へ向かう途中。
スマートフォンが小さく震えた。
獅堂霞は何気なく画面を見る。
差出人は姉――獅堂旭だった。
『アマミヤ君って霞と同じクラス?』
「……は?」
思わず足が止まる。
アマミヤ。
それは――天宮奏のことだろうか。
つい先日、実戦練習で戦ったばかりの相手だ。
なぜ姉がそんなことを聞く。
『そうだけど』
短く返す。
すぐに既読が付いた。
『そっか』
それだけだった。
『なんで?』
今度は霞が送る。
少し間が空く。
既読。
そして返ってきたのは。
『別に』
『ちょっと気になっただけ』
曖昧な返事だった。
「なんなんだよ……」
霞はスマートフォンをポケットへしまう。
どうにも引っかかる。
だが、その時はまだそれ以上考えなかった。
***
その少し後。
天宮奏は、いつもより少し遅れて食堂へ向かっていた。
理由は分かっている。
御手洗先生からの呼び出し。
そして――獅堂旭。
『君のそのクォーツって、ホンモノなの……?』
不意に脳裏へ蘇る旭の声。
同時に。
あの時見せた、不安そうな表情も。
父から受け継いだ腕時計。
そこへ埋め込まれた蒼いクォーツ。
そして、一瞬だけ互いに呼応するように脈動した蒼と紫。
『でも、どうして君が……』
考えれば考えるほど分からない。
ホンモノとは何なのか。
どうして旭はあんな顔をしていたのか。
答えはどこにもなかった。
気付けば食堂へ着いていた。
賑やかな話し声。
食器の触れ合う音。
夕食を楽しむ生徒たち。
いつもの光景。
だが奏の意識は、まだ小会議室に置き去りのままだった。
トレーを取り。
料理を選び。
窓際の空いた席へ向かう。
そして腰を下ろした。
ガタッ。
「……あれ?」
向かい側から視線を感じる。
顔を上げる。
そこにいたのは獅堂霞だった。
霞もまた怪訝そうな顔をしている。
「なんで君が……」
「それは俺の台詞だろ」
霞が即答した後。
数秒。
沈黙。
奏はようやく、自分がどこへ座ったのか理解する。
どうやら何も考えずに座ってしまったらしい。
「……悪い。ちょっと向こう行くわ」
「もう座ったんなら、そこでいいだろ」
霞は肩を竦めた。
***
食堂の入口付近。
会計を終えた華園后と逢麻岬は、トレーを持ったまま周囲を見渡していた。
「天宮君どこかな」
「まだ見つからないね」
そして。
二人は窓際を見る。
「……」
「……」
向かい合う奏と霞。
(えぇ……)
見事なまでに同じ感想だった。
「どうする?」
岬が小声で聞く。
「放っておけないでしょ」
后は小さくため息を吐いた。
そうして二人もテーブルへ向かう。
さらにその少し後。
「戻ったぞ」
料理を持った篠亀箒、双鳶靂、そして霹。
三人もまた足を止めた。
「なるほど」
箒が頷く。
「お前、昨日の敵は今日の友とはこのことだったんだな」
そう言いながら、箒は霞の隣に腰を下ろした。
「違ぇよ」
霞が即答する。
「友達になった覚えはない」
「そこまでは言ってない」
箒は真顔だった。
靂は小さく肩を揺らす。
「面白そうな空気が漂っているわ」
「見せもんじゃねぇぞ」
「あーしも座るー」
霹が気にせず席へ滑り込む。
その直後。
「お、なんか面白そうなことやってんじゃん」
空木綴が現れた。
気付けば、窓際のテーブルは八人で埋まっていた。
誰かが集めたわけではない。
誰かが計画したわけでもない。
ただ偶然が重なった結果だった。
***
似たもの同士(?)である綴と霹のやり取りに、
食卓の空気が少し和んだ頃だった。
「あ、そうだ」
不意に岬が顔を上げた。
「宿泊研修といえばさ」
自然と全員の視線が集まる。
「社会科見学で華園重工の研究所にも行くんだってね」
その言葉に。
綴は「へぇ」と声を漏らし。
霹は興味なさそうにサラダをつついている。
そして、話題の中心であるはずの后は。
「そうらしいわね」
それだけだった。
いつも通りの口調。
いつも通りの笑顔。
だが。
その先を続ける気がないことだけは、誰にでも分かった。
(あれ……?)
岬は少しだけまゆをひそめる。
(こういう空気読めない感じって空木君の役目なのに……)
ほんの少しだけへこむ。
「え、研究所って秘密兵器とかあんの?」
その時だった。
綴が期待を裏切らない一言を放つ。
岬は思わず安堵した。
「残念ながら、そういうものじゃないわ」
「マジか、つまんないな」
「失礼ね」
食卓に小さな笑いが広がる。
***
「つーかさ」
今度は霹が箸を振った。
「泊まるとこって九条リゾート千代瀬だよね?」
「ああ」
箒が頷く。
「しおりにそう書いてあったな」
「マジかぁ」
霹は露骨に肩を落とした。
「あーしら、合宿でよく行くとこじゃん」
「そうね」
靂も小さく頷く。
「正直、あまり特別感は無いわ」
「そうなの?」
岬が反応する。
「御三家は年に四回、あの辺で合宿するのよ」
靂が答えた。
「この時期にまた行くとは思わなかったけど」
「じゃあ今回も修行!?いつもと変わんなくない?」
「学校行事だから、アレとは一緒にしないことね」
靂とのやりとりで、霹は妙に納得した顔をした。
「そういえばさ」
続いて綴が思い出したように口を開く。
「その温泉街って、うちのクラスの九条ってヤツの会社が経営してるとこだよな?」
「九条君?あのいつも静かな人?」
岬が首を傾げる。
綴は雑に頷いた。
「ちょうどあそこで飯食ってるし」
箸を持ったまま食堂の奥を指差す。
視線の先。
少し離れた席で、一人の男子生徒が静かに夕食を取っていた。
派手さはないが、どこか育ちの良さを感じさせる雰囲気があった。
首元には紅色のクォーツをあしらったネックレス。
周囲の会話には加わらず、淡々と箸を進めている。
こちらの視線に気付いたのか、九条は軽く戸惑うように会釈した。
「へぇ……」
岬は感心したように声を漏らした。
「財閥の御曹司って、もっと近寄り難い人かと思ってた」
「十分近寄り難いだろ」
箒がぼそりと呟く。
岬は苦笑した。
***
綴と霹が何か言い合っている。
「だからそれ、あーしの油淋鶏だって」
「いや、一個しか取ってないから」
「取ってんじゃん」
そんな他愛もないやり取りだ。
きっと岬が呆れていて。
后が苦笑していて。
箒がため息を吐いていて。
霞が面倒そうな顔をしている。
――はずだった。
だが、その光景はどこか遠い。
『君のソレは、ラストクォーツ』
獅堂旭の声が脳裏に蘇る。
記憶を反芻するたびに、
自分の咀嚼音さえ遠ざかっていく。
周囲のざわめきも。
食器の触れ合う音も。
綴と霹の賑やかなやり取りも。
まるで海の底へ沈んでいくように、
少しずつ遠のいていった。
「お前」
不意に声がした。
顔を上げる。
霞だった。
「さっきから変だぞ」
奏は答えられなかった。
代わりに腕時計へ視線を落とす。
蒼いクォーツが食堂の照明を受けて静かに輝いていた。
***
――同じ頃。
山間部のとある倉庫。
折り畳み机を囲む数人の男女。
机の上には研究施設の見取り図。
「今回の目的は華園重工の技術だ」
男が静かに告げる。
「本当に五人で足りるんすか」
「足りる。今回は戦争じゃない」
「イレギュラーは?」
そう訊かれた男は部屋の隅へ視線を向けた。
そこには腕を組んだまま、一言も喋らない男が座っていた。
「多少なら問題ない」
「そいつがやる」
「華園重工には悪いが、少しだけ技術を借りるとしよう」
男が資料を閉じる。
この作戦が、予定通り終わる。
その場にいた誰もが、そう信じていた。
春の夜風が、倉庫の隙間を吹き抜ける。
――彼らにとっての幸か不幸か。
その地では既に、
別の運命が動き始めていた。
次は、宿泊研修編です。




