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Last Quartz  作者: 錢葵
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20/47

4-4話_Serendipity


食堂へ向かう途中。

スマートフォンが小さく震えた。

獅堂霞は何気なく画面を見る。


差出人は姉――獅堂旭だった。


『アマミヤ君って霞と同じクラス?』

「……は?」


思わず足が止まる。

アマミヤ。

それは――天宮奏のことだろうか。

つい先日、実戦練習で戦ったばかりの相手だ。

なぜ姉がそんなことを聞く。


『そうだけど』


短く返す。

すぐに既読が付いた。


『そっか』


それだけだった。


『なんで?』


今度は霞が送る。

少し間が空く。

既読。

そして返ってきたのは。


『別に』

『ちょっと気になっただけ』


曖昧な返事だった。


「なんなんだよ……」


霞はスマートフォンをポケットへしまう。

どうにも引っかかる。

だが、その時はまだそれ以上考えなかった。


***


その少し後。

天宮奏は、いつもより少し遅れて食堂へ向かっていた。

理由は分かっている。


御手洗先生からの呼び出し。

そして――獅堂旭。


『君のそのクォーツって、ホンモノなの……?』


不意に脳裏へ蘇る旭の声。

同時に。

あの時見せた、不安そうな表情も。


父から受け継いだ腕時計。

そこへ埋め込まれた蒼いクォーツ。

そして、一瞬だけ互いに呼応するように脈動した蒼と紫。


『でも、どうして君が……』


考えれば考えるほど分からない。

ホンモノとは何なのか。

どうして旭はあんな顔をしていたのか。


答えはどこにもなかった。


気付けば食堂へ着いていた。

賑やかな話し声。

食器の触れ合う音。

夕食を楽しむ生徒たち。


いつもの光景。


だが奏の意識は、まだ小会議室に置き去りのままだった。

トレーを取り。

料理を選び。


窓際の空いた席へ向かう。

そして腰を下ろした。

ガタッ。


「……あれ?」


向かい側から視線を感じる。

顔を上げる。


そこにいたのは獅堂霞だった。

霞もまた怪訝そうな顔をしている。


「なんで君が……」

「それは俺の台詞だろ」


霞が即答した後。

数秒。

沈黙。


奏はようやく、自分がどこへ座ったのか理解する。

どうやら何も考えずに座ってしまったらしい。


「……悪い。ちょっと向こう行くわ」

「もう座ったんなら、そこでいいだろ」


霞は肩を竦めた。


***


食堂の入口付近。

会計を終えた華園后と逢麻岬は、トレーを持ったまま周囲を見渡していた。


「天宮君どこかな」

「まだ見つからないね」


そして。

二人は窓際を見る。


「……」

「……」


向かい合う奏と霞。


(えぇ……)


見事なまでに同じ感想だった。


「どうする?」


岬が小声で聞く。


「放っておけないでしょ」


后は小さくため息を吐いた。

そうして二人もテーブルへ向かう。

さらにその少し後。


「戻ったぞ」


料理を持った篠亀箒、双鳶靂、そして霹。


三人もまた足を止めた。


「なるほど」


箒が頷く。


「お前、昨日の敵は今日の友とはこのことだったんだな」


そう言いながら、箒は霞の隣に腰を下ろした。


「違ぇよ」


霞が即答する。


「友達になった覚えはない」

「そこまでは言ってない」


箒は真顔だった。

靂は小さく肩を揺らす。


「面白そうな空気が漂っているわ」

「見せもんじゃねぇぞ」

「あーしも座るー」


霹が気にせず席へ滑り込む。

その直後。


「お、なんか面白そうなことやってんじゃん」


空木綴が現れた。

気付けば、窓際のテーブルは八人で埋まっていた。


誰かが集めたわけではない。

誰かが計画したわけでもない。

ただ偶然が重なった結果だった。


***


似たもの同士(?)である綴と霹のやり取りに、

食卓の空気が少し和んだ頃だった。


「あ、そうだ」


不意に岬が顔を上げた。


「宿泊研修といえばさ」


自然と全員の視線が集まる。


「社会科見学で華園重工の研究所にも行くんだってね」


その言葉に。

綴は「へぇ」と声を漏らし。

霹は興味なさそうにサラダをつついている。


そして、話題の中心であるはずの后は。


「そうらしいわね」


それだけだった。

いつも通りの口調。

いつも通りの笑顔。


だが。


その先を続ける気がないことだけは、誰にでも分かった。


(あれ……?)


岬は少しだけまゆをひそめる。


(こういう空気読めない感じって空木君の役目なのに……)


ほんの少しだけへこむ。


「え、研究所って秘密兵器とかあんの?」


その時だった。

綴が期待を裏切らない一言を放つ。

岬は思わず安堵した。


「残念ながら、そういうものじゃないわ」

「マジか、つまんないな」

「失礼ね」


食卓に小さな笑いが広がる。


***


「つーかさ」


今度は霹が箸を振った。


「泊まるとこって九条リゾート千代瀬だよね?」

「ああ」


箒が頷く。


「しおりにそう書いてあったな」

「マジかぁ」


霹は露骨に肩を落とした。


「あーしら、合宿でよく行くとこじゃん」

「そうね」


靂も小さく頷く。


「正直、あまり特別感は無いわ」

「そうなの?」


岬が反応する。


「御三家は年に四回、あの辺で合宿するのよ」


靂が答えた。


「この時期にまた行くとは思わなかったけど」

「じゃあ今回も修行!?いつもと変わんなくない?」

「学校行事だから、アレとは一緒にしないことね」


靂とのやりとりで、霹は妙に納得した顔をした。


「そういえばさ」


続いて綴が思い出したように口を開く。


「その温泉街って、うちのクラスの九条ってヤツの会社が経営してるとこだよな?」

「九条君?あのいつも静かな人?」


岬が首を傾げる。

綴は雑に頷いた。


「ちょうどあそこで飯食ってるし」


箸を持ったまま食堂の奥を指差す。

視線の先。


少し離れた席で、一人の男子生徒が静かに夕食を取っていた。

派手さはないが、どこか育ちの良さを感じさせる雰囲気があった。

首元には紅色のクォーツをあしらったネックレス。


周囲の会話には加わらず、淡々と箸を進めている。

こちらの視線に気付いたのか、九条は軽く戸惑うように会釈した。


「へぇ……」


岬は感心したように声を漏らした。


「財閥の御曹司って、もっと近寄り難い人かと思ってた」

「十分近寄り難いだろ」


箒がぼそりと呟く。

岬は苦笑した。


***


綴と霹が何か言い合っている。


「だからそれ、あーしの油淋鶏だって」

「いや、一個しか取ってないから」

「取ってんじゃん」


そんな他愛もないやり取りだ。

きっと岬が呆れていて。

后が苦笑していて。


箒がため息を吐いていて。

霞が面倒そうな顔をしている。


――はずだった。


だが、その光景はどこか遠い。


『君のソレは、ラストクォーツ』


獅堂旭の声が脳裏に蘇る。

記憶を反芻するたびに、

自分の咀嚼音さえ遠ざかっていく。


周囲のざわめきも。

食器の触れ合う音も。

綴と霹の賑やかなやり取りも。


まるで海の底へ沈んでいくように、

少しずつ遠のいていった。


「お前」


不意に声がした。

顔を上げる。

霞だった。


「さっきから変だぞ」


奏は答えられなかった。

代わりに腕時計へ視線を落とす。

蒼いクォーツが食堂の照明を受けて静かに輝いていた。


***


――同じ頃。

山間部のとある倉庫。

折り畳み机を囲む数人の男女。

机の上には研究施設の見取り図。


「今回の目的は華園重工の技術だ」


男が静かに告げる。


「本当に五人で足りるんすか」

「足りる。今回は戦争じゃない」

「イレギュラーは?」


そう訊かれた男は部屋の隅へ視線を向けた。

そこには腕を組んだまま、一言も喋らない男が座っていた。


「多少なら問題ない」

「そいつがやる」

「華園重工には悪いが、少しだけ技術を()()()としよう」


男が資料を閉じる。

この作戦が、予定通り終わる。

その場にいた誰もが、そう信じていた。


春の夜風が、倉庫の隙間を吹き抜ける。

――彼らにとっての幸か不幸か。

その地では既に、


別の運命が動き始めていた。


次は、宿泊研修編です。

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