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Last Quartz  作者: 錢葵
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4-3話_Pulse

「――では、まず質問だ」


教壇に立つ御手洗先生が、軽くチョークを回した。

午後の陽射しが窓際の机を斜めに照らしている。

昼食後特有の気怠さが、教室全体に薄く漂っていた。


「“イデア”の語源が何か、知っている者は?」


教室が静まる。

数秒後、前列の女子生徒が手を挙げた。


「……思想、観念、だったと思います」

「いい解答だ。まぁ正確には古代語で“本質”あるいは“理念”に近い」


御手洗先生は黒板へ『IDEA』と大きく書いた。


「召喚士において重要なのは、“何を出せるか”ではない。どういう性質を持っているか、だ」


乾いたチョーク音が響く。


「――であるからにして、属性とは単なる現象分類ではない」


教科書をめくる音。

ペンを走らせる音。

窓の外では、運動場から微かに風の音が聞こえる。


実戦練習から数日。


ようやく聖召学園でも、“授業らしい授業”が始まっていた。


「火属性だから炎を出せる。水属性だから水を操れる。一般にはそう認識されているが、それは半分正解で半分間違いだ」


御手洗先生は黒板へ『属性=傾向』と書き足す。


「炎を出すから火属性なのではない。火属性だから炎が発現しやすい。順番を間違えないこと」


教室のあちこちで、小さなざわめきが起きた。


「属性とは、イデアによって発現された、召喚士の“性質または本質”だ」


御手洗先生はそこで一度、生徒たちを見渡した。


「属性とクォーツ色の関係については、知っている者も多いだろう」


そう言いながら、自身のネクタイピンへ軽く触れる。

黄昏色のクォーツが、午後の陽射しを受けて鈍く光った。


「もっとも、“火属性なら赤、水属性なら青”――その程度の理解で止まっている者も少なくないがな」


教室の一部から小さな笑いが漏れる。


「あくまでクォーツの色とは結果だ。イデアの傾向が、視覚情報として発現したものに過ぎない」


御手洗先生は教室後方へ視線を向けた。


「例えば双鳶霹」


不意に名前を呼ばれ、霹が顔を上げる。


「え? あーし?」

「お前たちのクォーツの色を、何色と表現する?」


霹は耳元で揺れるクォーツへ指を触れながら、少し考えた。


「……早朝?」

「…ざっくりしてるな」


少し後ろの席から、箒がぼそりと呟く。


「えー、いいじゃん別に」


霹は不満そうに口を尖らせた。

その隣で、靂が静かに口を開く。


「……夜明け前」


午後の日差しの中、紫とも藍ともつかないクォーツが微かに揺れた。

御手洗先生は満足そうに頷く。


「そう。雷属性だから紫――という単純な話ではない。そこへ召喚士本人の性質が混ざる。同じ雷属性でもベースは紫色だが、個人個人で絶妙に違ったりする。」


奏は無意識に、自分の左手首へ視線を落としていた。

父から受け継いだ腕時計。

そこへ埋め込まれた蒼いクォーツが、教室の光を静かに反射している。


「余談だが、召喚士と召喚獣の精神同期率が極端に高まった際、稀に特殊現象が発生するケースが存在する」


御手洗先生の声。

チョークの乾いた音。

午後の気怠い空気。


その中で、奏だけがぴたりと視線を止めた。


「俗に“共鳴”などと呼ばれるが、未だ正式定義は存在していない。詳しい話は、実戦練習または、座学で学ぶように。俺は属性学専門だからな。」


共鳴。


その単語を聞いた瞬間。

脳裏に、あの日の湿地が蘇る。


吹き荒れる風。

獅堂霞の瞳。

ラムダの咆哮。


そして――自分の内側で、何かが噛み合った感覚。


「……」


気づけば、奏は無意識に視線を横へ流していた。

数列離れた窓側の席。

そこでは霞が、頬杖をついたまま気怠そうに黒板を眺めている。


片手ではシャーペンを弄び、いかにも退屈そうな顔だった。

まるで、自分には関係のない話だと言わんばかりに。


 ――だが。


その少し後ろ。

篠亀箒が、静かに視線を上げていた。

教壇ではなく。

霞の方へ。

その隣では、霹と靂も小さく視線を交わしている。


言葉は無い。

ほんの一瞬。

だが、何かを確認するような空気だけがあった。


「……?」


奏は小さく眉を寄せる。

次の瞬間には、霹が退屈そうに机へ突っ伏し、靂は何事もなかったように教科書へ視線を戻していた。


チャイムが鳴る。


張り詰めていた空気が解けるように、教室のあちこちで椅子を引く音が響いた。


***


「ねみぃ……」


綴が大きく伸びをする。


「午後イチの座学って拷問だよ~」

「ちゃんと聞いてた?」


 岬が呆れたように言う。


「いや、“属性=召喚士の本質”の辺りまでは」

「半分寝てるじゃない」


后がため息混じりに教科書を閉じた。

その時だった。

教室の入り口側が急にざわつき始める。


「お、いたいた」

「どれ? 天宮って」


見れば、数人の上級生が教室を覗き込んでいた。

偏見だが、制服の着崩し方からして、あまり真面目なタイプには見えない。


「え?」


奏が目を瞬かせる。


「お前だよ。1年の天宮奏」


先輩の1人が笑いながら近づいてきた。


「御三家倒したってマジ?」

「……いや、倒してないですけど」


奏は素直に答える。

本気でそう思っていた。

あれは途中で止められた戦闘だ。


勝敗など付いていない。


「またまた〜」

「獅堂霞だろ? あれ結構有名だぜ?()()()の弟だって」

「1年で御三家食うとかヤバくね?」


周囲の取り巻きと見受けられる上級生たちもざわつき始める。

奏は困ったように視線を逸らした。


「いや、本当に違――」

「でもさぁ」


奏での言葉を遮るように

先輩の1人が、軽い調子で笑った。


「御三家って案外大したことねーのな。」


その瞬間だった。

教室の空気が、わずかに止まる。


「……は?」


窓側の席。

さっきまで気怠そうに頬杖をついていた霞が、ゆっくり顔を上げた。

声は低い。

だが、それだけだった。

それだけで妙に空気が重くなる。


「別に、お前らが何言うのも勝手だけどさ」


霞はシャーペンを指先で弄びながら、小さく笑う。


「俺、コイツに負けた覚えねーよ」


教室が静まり返る。

少し後ろでは、箒が静かに視線だけを上げていた。


霹も、今は笑っていない。


その隣で、靂だけが小さく息を吐く。


「……やめとけばいいのに」


誰かが小さく呟いた、その時。


「……何をしている」


低い声だった。

だが、その一言だけで教室の空気が止まる。

入り口には、御手洗先生が立っていた。


片手には書類。

だが視線は、真っ直ぐ霞へ向いている。


「獅堂」

「……別に、っす」


霞は舌打ち混じりに視線を逸らした。


()()何もしてねぇっす」

()()なら結構」


御手洗先生は短く返す。

そのまま視線だけを教室全体へ流した。

先ほどまで騒いでいた上級生たちも、気まずそうに黙り込んでいる。


「天宮」

「……はい?」

「少し来てくれるか」


突然名前を呼ばれ、奏は目を瞬かせた。

職員棟の小会議室。

御手洗先生に連れられて入ったそこには、先客がいた。


「……」


窓際。

腕を組んだまま壁へ寄りかかっていたのは、獅堂旭だった。

思わず、奏の肩がわずかに強張る。


あの日の湿地。

紫電。

バアルの威圧感。

記憶が脳裏を過った。


「まぁ、座れ」


御手洗先生が短く言う。

奏は無言で椅子へ腰を下ろした。

妙に静かだった。


時計の秒針だけが、小さく音を刻んでいる。

旭はしばらく奏を見ていた。

まるで何かを確かめるように。



やがて。


「……君のソレ」


旭の視線が、奏の左手首へ落ちる。

父から受け継いだ腕時計。

そこへ埋め込まれた、蒼いクォーツ。


「そのクォーツって――」


瞬間。

ピシ、と。

空気が微かに震えた。


「……!」


奏が目を見開く。

腕時計の奥。

蒼いクォーツが、心臓のように淡く脈打っていた。


それに呼応するように。


旭の耳元で揺れる紫電色のクォーツもまた、小さく明滅する。

まるで。

互いを認識したかのように。


「っ……」


旭の表情が変わる。

その横で、御手洗先生だけが低く息を吐いた。


「――やはり、か」


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