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Last Quartz  作者: 錢葵
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4-2話_Corridor Knows, Violet Knows

 同日――放課後。


実戦練習を終えた教師陣は、各々の報告書を片手に職員室へ集められていた。

放課後の職員室には、まだ疎らに灯りが残っている。

とはいえ、全ての席が埋まっている訳ではない。

既に退勤した教師もいるのだろう。


空になったデスク。

消灯された端末。

書類だけが残された席。

日直表の横には、飲みかけの紙パック紅茶が置かれていた。

有名メーカーのミルクティー。

ストローだけが少し潰れている。


そんな“いつもの放課後”の中にだけ、不自然な緊張が沈んでいた。

端末を操作する音。

紙を捲る音。

コピー機の駆動音。

時折響く電子通知。


職員室の奥、大型モニターの前では、蕗上教頭が静かに立っていた。

首から下げられた職員証の銀色ラインが、白い照明を鈍く反射している。


「……全員揃いました」


若い教師の声に、誰も大きく反応しない。


「では、1年実戦練習の報告を始めます」


会議自体は、最初こそ普段通りだった。


1年A組。


全体的な戦闘能力は安定。

連携面の評価。

大きな負傷者無し。


1年B組。


基礎能力は例年並み。

一部生徒の成長率に期待。


1年C組。


戦術理解度は高め。

ただし前衛火力不足。


そんな報告が、淡々と続いていく。

若手教師が時折苦笑し、ベテラン教師が小さく頷く。

いつもの実戦後会議。


そのはずだった。


「続いて、1年D組」


その瞬間だった。


空気が、僅かに静まる。


御手洗は小さく息を吐いた。

やっぱり来たか――そんな顔だった。

数席隣では、羽瀬川澪理がタブレット端末へ視線を落としている。


首から下げられた深緑色の職員証ストラップ。

金の細ラインが、彼女が《召喚魔導士》の称号持ちであることを示していた。


細い指で、淡々と実戦ログを整理している。

会議が始まってから、彼女はほとんど口を開いていない。

だが、D組の話題へ入った瞬間。


その手だけが、一瞬止まった。


蕗上教頭は、手元の端末から視線を上げる。


「報告を」


静かな声だった。


「……大きな負傷者はありません」


御手洗は、なるべく事務的に口を開いた。


「ただ、一部実戦において共鳴反応を確認しました」

「1年生同士の実戦で?」


若い男性教師が眉を上げる。

彼の首元では、紺色のストラップが揺れていた。


「御三家とはいえ、少々出力が高すぎるのでは?」

「獅堂霞側の問題では?」


「いえ」


蕗上教頭が静かに言葉を挟む。


「問題はそこだけではありません」


職員室の空気が、また少しだけ重くなる。

蕗上は端末を操作した。

大型モニターへ、一枚の静止画が表示される。


第六ブロック。


実戦終了直前。

天宮奏の右手付近から発生した、高密度イデア反応。

蒼い閃光。


誰も、すぐには口を開かなかった。


「……色が」


誰かが小さく呟く。

蕗上教頭は感情の見えない声で続ける。


「記録波長が、既存データと酷似しています。それが…ラストクォーツ…蒼竜アビスの反応…」


沈黙。

職員室から音が消えた。

コピー機の紙補充アラームだけが、妙に場違いな電子音を鳴らしている。


「……い、いや」


若い男性教師が乾いた笑みを浮かべた。


「さすがに冗談ですよね?」


誰も返事をしない。

彼は少しずつ表情を失っていく。


「だって、ラストクォーツって……その……迷信みたいな…」


言葉が続かない。

いや。

続けてはいけない空気を、察してしまった。


御手洗は無意識に、自分のマグカップへ視線を落とした。

底に残っていたコーヒーのシミは、すっかり乾いてしまっている。

いつから飲めていなかったのか、自分でも分からなかった。


羽瀬川は小さく視線を伏せる。


だが、何も言わない。

空気を読みすぎる彼女は、今ここで口を開くべきではないことを理解していた。

蕗上教頭は、そんな空気ごと切り離すように端末を閉じた。


「……現時点では未確定事項です」


静かな声だった。


「軽率な憶測は慎みなさい」


それだけ告げると、蕗上は周囲を見渡す。


「みなさんの時間をこれ以上奪うのも申し訳ありません」


事務的な口調。

だが、その場の誰もが理解していた。


――ここから先は、“全員が聞いていい話”ではない。


蕗上は最後に、御手洗へ視線を向ける。


「御手洗先生、この後、応接室へ」


御手洗の喉が、無意識に鳴った。


「……はい」


短く返事をする。




会議終了後。

重苦しい空気がまだ職員室へ残る中、御手洗は小さく息を吐いた。


「……御手洗先生」


控えめな声だった。

振り向く。

スーツの胸元には、『羽瀬川』のネームプレート。


片手に資料を抱えた女性教師が、どこか気遣うような表情で立っていた。


「あ、羽瀬川先生」

「大丈夫ですか?」


その問い方は、踏み込みすぎない。

心配はしている。

だが、無理に聞き出そうとはしない。

御手洗は疲れたように笑った。


「大丈夫に見えます?」

「正直、全然見えません」


彼女は即答だった。

御手洗は思わず苦笑する。


「ですよねぇ……」


二人の間に、短い沈黙が落ちる。


その時だった。


「……失礼します」


職員室入口から、控えめな声が聞こえる。

振り向く。

そこに立っていたのは、霞の姉――獅堂旭だった。


その少し後ろには、獅堂霞の姿もある。

だが旭は職員室へ入ろうとはしない。


「御手洗先生、少しだけよろしいでしょうか」

「……あぁ、はい」


御手洗は席を立つ。

廊下へ出た瞬間。


旭は深々と頭を下げた。


「うちの霞が申し訳ありませんでした!…共鳴は、不完全な段階では使用するなと家でも言っているんです。その…今回は完全にあの子の暴走です」

「ちょ、姉さん」

「黙ってなさい」


霞が肩を竦める。

御手洗は思わず苦笑した。

だが旭は、一度だけ視線を伏せてから、何気ない調子を装うように口を開いた。


「……それと」


御手洗の表情が、僅かに強張る。


「職員室の前を通った時に、少し聞こえてしまったんですけど」


旭は小さく首を傾げた。


「“アビス”って、聞こえましたよね?」


空気が止まる。

後ろで霞が怪訝そうに眉を寄せた。


「……アビス?」


御手洗はすぐには答えなかった。

旭は視線を逸らさない。


「聞き間違いですか?」


沈黙。


その空気を切るように、御手洗が口を開いた。


「……獅堂霞」

「お前、飯は食ったのか?」

「……は?」


霞が間の抜けた声を出す。


「食堂、もう少しで閉まるぞ」

「……あ、マジだ」


霞がスマホの時間表示を見る。

画面には通知が大量に溜まっていた。

御三家同級生グループ。


送られてきていたのは、豚汁を啜る篠亀箒の写真だった。


1枚。


2枚。


3枚。


全部ほぼ同じ角度。


『味濃そう』


『集中しすぎだろ』


『誰が撮ってんだよこれ』


『靂』


霞は呆れながらも、思わず吹き出した。


「……あいつら何やってんだよ。…姉さん、先行ってるわ」

「ええ、後で行く」


霞は軽く手を振り、そのまま廊下の向こうへ走っていく。

足音が遠ざかる。


静寂。


さっきまでの軽い空気が、ゆっくり消えていった。

窓の外は、もう完全に夜だった。

廊下の照明も一部が落とされていて、薄暗い。


旭は壁へ軽く背を預けたまま、御手洗を見つめている。


「……先生」


その声色は、先程までとは少し違っていた。


「本当に、聞き間違いですか?」


御手洗は答えない。

答えられなかった。


その瞬間。


旭の胸元で、小さな紫光が脈打つ。

彼女の召喚獣、バアルのクォーツ。


まるで心臓の鼓動のように、どくり、と禍々しく明滅する。

空気が、僅かに軋んだ。


御手洗の背筋へ、冷たい汗が流れる。


 ――殺気。


それは敵意というより、“警告”に近かった。


「……あの蒼を、私は知っています」


旭は静かに言った。


「だから、正直に教えてください。彼のためにも…この学園のためにも」


御手洗は、その息苦しさから

無意識にネクタイを緩めていた


逆にこのご時世、どの食料品が安いんですか?

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