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Last Quartz  作者: 錢葵
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4-1話_Four Seats and Melting Ice

夕食時の食堂は、実戦練習終わりの熱気でいつも以上に騒がしかった。

聖召学園の寮食堂は、各フロアごとに設けられている。

大食堂のような派手さはないが、その分、同じ階層の生徒同士が自然と顔を合わせる空間になっていた。


奏はトレーを片手に、総菜レーンへと並ぶ。

焼き魚、唐揚げ、卵焼き、小鉢――。

好きなものを取っていく形式らしく、前の生徒は明太子を追加していた。


「……結構普通なんだな」


奏は総菜レーンの端に置かれた冷奴を見て、一瞬だけ総菜を取る手を止めた。

小鉢に綺麗に切られた豆腐。

上には刻みネギと生姜。


「取んねーの?」


横から声。

いつの間にか隣に並んでいた空木綴が、炊き込みご飯の札を見ながら肩を竦めた。


「いや……ちょっと迷った」

「冷奴なんて結局、醤油と薬味の味が全てだよ」

「身も蓋もねえな」

「でもそうじゃん?」


綴は気楽な調子でそう言いながら、卵焼きを取る。

奏は少し考えた末、結局冷奴は取らずに白米と豚汁を選んだ。


「いや、もっとこう……軍隊みたいな感じかと」

「召喚士育成機関に何期待してんの」


綴は炊き込みご飯をよそいながら笑う。

その時だった。


視線。


ちら、と横を見る。

数人の生徒がこちらを見ていた。


「あ、6番の子だ。えっと……アマミヤ君だっけ確か」

「獅堂とやってた……?」

「そんな怪我してなくない?」

「相手、御三家でしょ?」


ひそひそとした声。

だが、露骨ではない。

気になって見てしまう――そんな程度の距離感。


奏は小さく息を吐く。


「……見られてんな」

「そりゃ見るって」


綴は納豆の小鉢を手に取ってから、ふと止まった。


「……あ」

「どうした」

「朝、味噌汁飲んだの忘れてた」

「それで?」

「大豆製品、一日一個までって決めてんだよね」

「知らねえよそんなマイルール。卵ならまだしも。」


綴の謎ルールに困惑しながらも、奏は今日の出来事を反芻しながら、軽く笑った。

綴は真顔で納豆を棚へ戻した。

そのまま冷奴の札を見て、さらに眉を寄せる。


「……これも大豆か」

「当たり前だろ」


綴はけろっとした顔で肩を竦めた。

レーンを抜け、トレーを持って振り返った瞬間。

近くのテーブルで笑っていた数人の会話が、一瞬だけ途切れた。


別に静まり返るほどではない。

だが、奏と目が合った男子生徒は、妙に気まずそうに視線を逸らした。

そのすぐ後ろでは、


「……あれだよな」

「多分」


そんな小声だけが聞こえる。

奏は眉を寄せる。


「……なんか居心地悪ぃな」

「有名人じゃん」


綴は他人事みたいに言った。


「最後、かなり派手だったらしいし」

「“らしい”って、お前見てないのかよ」

「見れるわけないじゃん。だって同時進行だよ?」


確かにその通りだった。

実戦練習は各フィールドで同時に開始される。

他人の試合を見る余裕なんて、基本的にはない。

早く終わった連中だけが、他ブロックの様子を少し知れる程度だ。

だからこそ、噂だけが先に広がる。


「お前こそ、どうだった」


綴が何気ない口調で聞く。

だが、その言葉には色んな意味が含まれている気がした。

勝負として。

獅堂霞という相手。

そして――最後の、あの異常な感覚。


奏は少し黙る。


「……分っかんね」


それしか言えなかった。

綴は追及しない。


「ふーん」


短く返して、納豆の代わりに漬物の小鉢を取った。

会計を抜けた先。

ちなみに食堂は完全無料というわけではなく、利用料金は一律五百円。どれだけ食べても金額は変わらず、請求はまとめて実家へ送られる仕組みらしい。

国の機関らしい大雑把さだ、と奏は少しだけ思った。


窓際の四人席に、花園后と逢麻岬の姿が見えた。

互いに斜め向かいになるような位置で座っている。

別に、仲が悪いとか、距離を取りたいわけではないのだろう。


テーブルの片側が自然に空けられていて、そこに奏と綴が座れるようになっていた。

周囲の生徒も、その席には近寄っていない。

岬が先にこちらへ気づき、軽く手を振る。


「おそーい」


綴と奏は一瞬だけ視線を交わした。

どちらがどこに座るか――それだけを確認するような短いアイコンタクト。

綴が自然に岬の向かいへ座り、奏はその隣の席へ腰を下ろす。

結果として、奏の正面には后が座る形になった。

后がちらりと奏を見る。


「……何?」

「あ、いや別に」


奏はトレーを置き、小さく肩を竦めた。


「レーン混んでた」

「てか天宮君、豚汁なんだ」

「悪いか?無課金で豚汁だぞ?」

「別にー?」


岬は笑いながらポテトサラダを口へ運ぶ。

一方、后は静かに奏の顔を見る。


「あなた……医務室に長くいたみたいだけど、痛みは?」

「あ、まぁ、なんとか大丈夫」

「その“大丈夫”は信用ならないのよね」


さらりと言われ、奏は言葉に詰まった。

綴が向かいへ腰を下ろす。

炊き込みご飯と卵焼き、漬物の小鉢が乗ったトレーが、軽く音を立てた。


その瞬間、周囲のざわめきが少しだけ遠くなった気がした。


だが視線だけは、まだ残っている。

今日の実戦練習。

そこで起きた“何か”を、皆まだ消化しきれていないのだ。


***


食堂を暖かく包み込んでいた夕日は、次第に沈んでゆき

食欲を害さない程度の無機質な照明と、天井付きファンの音で、落ち着いた雰囲気になりつつあった


「いやほんと無理だったって!」


最初に口を開いたのは岬だった。

箸をぶんぶん振りながら、心底納得いっていない顔で続ける。


「御三家の双鳶姉妹のギャルの方、絶対背中に目ついてるよ!」

「何それ」


綴が半笑いになる。


「いやホントだって! 後ろ取ったと思った瞬間、もう雷飛んできたもん!」

「それは単純に読まれてたんじゃない?」

「私、オセロとか将棋とか得意なタイプなんだけど…」

「あまり自分で言わないほうがいいわよ」


后が静かに言う。


「うっ……」


岬が言葉に詰まる。

その横で、后は味噌汁を一口飲んでから、小さく息を吐いた。


「……読まれていた、というより」


后は少し考えるように視線を落とした。


「最初から誘導されていた感じね」


奏が視線を向ける。


「誘導?」

「ええ」


后は静かに頷いた。


「立ち位置も、距離も、全部」

「気づいた時には、もう逃げ場が無かったわ」


岬が顔をしかめる。


「それ、ちょっと怖いんだけど……」

「さすが御三家ってとこね。単純に場数が違うわ」


后は淡々と言った。


「空木君は?」


食事を終え、備え付けのティッシュで口元を軽く拭いた岬が、

今度は綴の方を見る。


「眼鏡で坊主の人、篠亀君と当たったんでしょ?」

「ん?」


綴は卵焼きを飲み込んでから、少しだけ首を傾げた。


「まぁ〜……さすが御三家って感じ?」

「軽っ」

「いやでもマジで強かったよ」


綴は苦笑する。


「途中から完全に観察モード入ってたし」

「観察?」


奏は「観察」という言葉にぴたりと箸を止めた。味噌汁の椀を持ち上げかけたまま、

わずかに目を細めて綴を見る。


「なんていうか……勝つっていうより、“測ってる”感じ」


綴は箸の先で空中を軽く揺らした。


「こっちが何してくるか、全部試してるみたいな」

「……嫌な相手ね」


后が小さく呟く。


「うん。しかも多分、あいつまだ余裕あった」


気づけば、奏のコップに入っていた氷はほとんど溶け切っていた。

食堂の賑わいも、いつの間にか落ち着き始めている。

さっきまで騒がしかった周囲のテーブルにも、ぽつぽつと空席が目立ち始めていた。


厨房の奥では、食器を重ねる乾いた音と、洗浄機の低い駆動音が絶え間なく響いている。

実戦練習の熱気だけが、まだ食堂の空気に微かに残っていた。

食事を終えた四人は、食器返却口へ向かって席を立つ。


その途中。


レーンに一番近い席では、篠亀箒が一人、黙々と豚汁を食べていた。

綴は、箒の方を見ないように歩く。

そのすぐ横の総菜レーンから、妙に明るい声が響く。


「えっ、もう唐揚げ無い感じ〜?」


思わず視線を向ける。


銀髪。


朝焼け色のピアス


間違いなく、双鳶霹だった。


トレーを片手に総菜棚を覗き込みながら、大げさに肩を落としている。

その隣では、よく似た顔立ちの少女――靂が、小さく息を吐いた。


「……霹、声のボリューム下げて。恥ずかしい」

「えぇ〜? だって聞いてよ靂、唐揚げ無いんだよ?」

「知らない」


霹は、近くに座っていた篠亀箒に

わざとらしくちらりと視線を向ける。


「しかも誰かさん、豚汁だけで満足してるし」


箒は顔も上げない。


「……ちょっと味濃いな」

「そこ?」


靂が小さく呟く。

霹が吹き出した。


そのやり取りを見た瞬間。

岬の足が、ほんのわずかに止まった。

后も一瞬だけそちらへ視線を向ける。


だが二人とも、何も言わない。

奏は数秒だけその様子を眺めたあと、何事もなかったように歩き出した。

食器を返却し、自室へ向かう奏たち四人の背中を、


霹は何となく目で追っていた。


「……霹?」


靂が、小さく首を傾げる。


「あー、いや」


霹は笑う。

だが、その視線だけはまだ離れていない。


「なんかさ、ちょっとこれから楽しくなるかもって思って」


霹のトレーには、唐揚げの穴を埋めるかのように、大量の蒸し鶏が並べられていた。


6月に祝日が無いのって、許されないですよ

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