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Last Quartz  作者: 錢葵
16/17

3.5話_Afterglow

3話と4話の幕間です


春の夕陽が、共有リビングの窓から斜めに差し込んでいた。

湿地フィールドでの実践練習から、まだ一時間も経っていない。

制服の袖は乾ききっておらず、頬の絆創膏がじわりと引っ張る感覚だけが残っている。

リビング中央の大型モニターでは、学園ネットワークに保存された戦闘ログが再生されていた。


――天宮奏。


画面の中で、蒼い飛沫を踏み砕きながら、自分へ真正面から突っ込んで来る男。

ソファの背にもたれながら、獅堂霞は小さく息を吐いた。


「普通、あそこで来るかよ……」


呟いた瞬間。

リビングの扉が勢いよく開いた。


「おっ、いたいた」


先頭で入ってきた双鳶霹が、にやにやしながら手を振る。

その後ろから、静かな足取りの靂。

最後に、紙パックの飲み物を片手にした篠亀箒が続いた。

霹は霞を見るなり吹き出した。


「いや〜、珍しく泥ついてんじゃん」

「うるせぇ」

「あーしかっちゃんが押されてるとこ初めて見たかも」

「押されてねぇ」


即答だった。


だが、その返しが少し早すぎたのか、霹は余計に笑う。


「図星じゃーん」


霞は舌打ちしながらソファへ深く座り直した。


「つーか、お前らも大概ボロボロじゃねぇか」


霞がにやりと笑う。


「霹、髪に葉っぱついてるぞ」

「えっ、マジ!?」


慌てて頭を払う霹を見て、霞は鼻で笑った。


「靂も泥跳ね残ってるし。箒なんか目ぇ死んでんぞ」

「……疲れているだけだ」


箒が淡々と返すが、いつもより声に張りがない。

靂も小さく頷いた。


「眠い」

「ほら見ろ。人のこと言えねぇじゃん」


少しだけ得意げになった霞に、霹がむっと頬を膨らませる。


「でもかっちゃんが一番ヘロヘロっぽかったし?」

「だから違ぇって」


言い返しながらも、霞の視線は一度もこちらを向かなかった。


ずっと。


モニターに映る戦闘ログだけを見つめている。

霹の笑みが、ほんの少しだけ薄くなる。

霞は昔から、人の目を見て喋る男だった。

煽る時も、笑う時も、喧嘩する時も。

真正面から相手を見る。


それが当たり前だった。


だが今の霞は違う。

言葉は返している。

軽口も叩いている。


だがそのどれもが、どこか上の空だった。


視線だけが、ずっと画面の中の天宮奏を追っている。

――踏み込む瞬間。

――水飛沫。

――風の軌道。


何度も、何度も。

その様子を見て、三人は自然と口数を減らしていた。

別に理由を確認する必要はない。


長い修業時代の中で、嫌というほど見てきた。

獅堂霞という男を。

だからこそ分かる。


今の霞は、本気であの戦いを反芻している。

箒は無言のままモニター前へ歩くと、リモコンを操作した。


戦闘ログが少し巻き戻る。


「ここだ」


停止。


画面には、奏が霞の間合いへ踏み込む瞬間が映っていた。


「普通は引く場面だ」


箒が淡々と言う。


「だが、天宮奏は踏み込んだ」


霞は黙ったまま画面を見る。

霹がソファの背にもたれながら肩をすくめた。


「かっちゃんってさー、昔から追い込まれると前出るよね」

「……は?」

「山の修業ん時もそうだったじゃん。崖から落ちかけながら突っ込んでったし」

「あった」


靂が静かに頷く。

箒も珍しく同意した。


「模擬戦で負けかけても、お前は最後まで笑っていたな」


霞は眉をひそめる。


「何だよ急に」


少しだけ、空気が静かになった。

モニターの中では、風と水が激突している。

その中で映る霞の横顔は、今まで三人が見たことのないものだった。


余裕も、慢心もない。

ただ真正面から、相手を見据える表情。

霹がふっと笑みを薄くする。


「……なんかさ」


その声だけが少し柔らかかった。


「悔しそうな顔、初めて見たかも」


霞の眉がぴくりと動く。


「……知らねぇよ」


だが否定しきれないのか、視線はモニターから外れなかった。

靂も小さく呟く。


「ちょっとだけ、楽しそうだった」

「お前らなぁ……」


霞が頭を掻く。

空気を変えるように、霹がぱっと声を上げた。


「あ、そうだ。けーくんとこどうだったの?」

「空木綴か」


箒は短く答える。


「変則的かつ合理的だった。動きに無駄は無いが、ちょっと緊張感に欠ける…」

「へぇ〜」

「戦い方は理解できる。だが」


箒の視線が、再びモニターの奏へ向く。


「天宮奏の方は理解不能だ」


その一言に、霞だけが少し笑った。

霹は今度は靂へ振り返る。


「そっちは?」

「銃の子、すごかった」

「后ちゃん?」

「いっぱい撃ってきた。さすが花園重工…」

「派手だったよね〜」


霹はけらけら笑う。


「でも、もう一人の子も嫌だった」

「……岬ちゃんか。あーし、あぁゆうタイプ苦手かも~」


靂は頷く。


「あの子、ずっと"見てた"」

「見てた?」

「動き。距離。癖」


箒が腕を組む。


「戦術構築型か」


霹が思い出したように吹き出した。


「なんかノート持ってたよね。“怪我せず怪我させない作戦!”とか言ってなかった?真面目ちゃんだったな~」


そんな他愛のない会話が、夕陽の差し込むリビングへ溶けていく。

モニターの戦闘ログも、そろそろ終盤へ差し掛かっていた。

荒れた湿地フィールドに、紫電が走る。


その瞬間、画面へ割り込むように現れた人影と紫竜に、リビングの空気がぴたりと止まった。

誰が見ても分かる。


獅堂旭と、バアルだった。


『そこまでよ、霞』


ログ越しですら空気が張り詰めるような声音に、霹が思わず肩をすくめた。


「あ、」

「……」

「…………」


三人同時だった。


霞の顔が固まる。

箒が静かに目を閉じた。

靂がぽつりと呟く。


「連絡」


「あーしら、完全に忘れてたじゃん……」


霹が引きつった笑みを浮かべる。

霞は勢いよく立ち上がった。


「やっべ!!!旭姉さんに連絡するわ!!!」


勢いよく立ち上がった瞬間、霞の足にびりっと痺れが走る。


「あだっ……!」


長時間同じ姿勢でモニターを見続けていたせいだ。

ふらつきながらもスマホを片手に追いかけていく霞を見て、霹が腹を抱えて笑った。


「んじゃ、あーしら先に食堂行っとくね〜」

「今日は唐揚げだった気がする」

「急がないと無くなるぞ」


「待てってお前ら!!てか着信通知13件!?」


騒がしい足音と共に、四人はリビングから出て行った。

静かになった室内。

モニターだけが、まだ淡く光っている。


画面の中。


天宮奏へ向けられた、獅堂霞の真剣な眼差しだけが、夕陽の中に残されていた。


双鳶 霹はギャルで、ファイルーズあい さんの声で脳内再生されています。

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