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 宿屋夫妻が工業ギルドと交わした契約通り、着工からキッチリ3日後の夕方に宿屋の増改築が竣工した。


 家具や寝具、装飾や備品の類まで搬入・設置済みで、すぐにでも営業再開できるらしい。

 この3日間、俺も村へ戻ったついでに増改築の進捗状況を見に行っていたが、見る度に劇的に進んでいて『異世界すげぇ!』と思ったものだ。

 いや、ほんとに凄いのは工業ギルドの職人達か。


 現場にいる人達は優に30人はいたと思う。

 外装、内装、設備など各部門があるとはいえ、村の宿屋に携わるには多すぎでは?

 それに、王太子殿下(ウィル様)が絡んでいるから仕方がないのかもしれないけれど、昼夜の別なく作業していて元の世界じゃ完全にブラックだ。

 後援を打診した俺にも少なからず責任がある為、作業場の人達には栄養ドリンクを差し入れといた。


…といっても、実は『栄養ドリンク(万能薬)』ではなく、それをものすご〜く薄めたものだ。

 ギルド経由で入手した小瓶に、水を注いでから【原液】を数滴垂らしたもので、万一鑑定されても『滋養強壮飲料(エナジードリンク)』となるから問題になることはないはずだ。



 これが出来たきっかけは、温泉で逆上せた領主様の部下に、栄養ドリンク(万能薬)を飲ませたことからだった。

 万能薬だから当然効果は抜群だ。

 それはいいんだが『ただののぼせに“万能薬”はどうなん?』と、ふと思ってしまい、単純だが試しに栄養ドリンク(万能薬)薄めてみることにした。もちろん一人の時にね。


 まずは水1:万能薬9の割合から始めたところ、なんと最上級ポーションになることが判明。

思わぬ副産物に、二度見どころか何度も鑑定したくらいだ。

 現実を受け止め落ち着いたところで、徐々に万能薬の割合を下げていった。

すると上級から下級ポーションになり、最終的には数滴で“エナジードリンク(滋養強壮飲料)”が出来たというわけだ。

 偶然にも薬師見習いとしての俺の手持ちの札が増え、自粛要請されている万能薬の出番が減りそうで、よかったよかった。


 ちなみにエナジードリンクは俺自身も飲んでみたが、繰り返しの試作で感じていた疲労が即回復して、頭もスッキリし、効果はバッチリ。

社畜時代にコレがあれば、さぞかし仕事が捗っただろう。

 元の世界の栄養ドリンクとエナジードリンクのいいとこ取りで、疲労回復や集中力向上などの効果が直ぐに出る差し入れは、増改築現場の作業員達から好評だった。

 そして結構な人数から「売って欲しい」と言われたが、その都度「試作品のようなものだから」とやんわり断った。

 ぶっちゃけ作るのは簡単だが、売るとなると適正価格が分からないんだよな…。

労働基準法などない世界だ、需要はあるだろうから余裕ができたら調べてみるか。


 俺の潜在顧客である作業員達は、宿屋が完成した時点で殆どが王都へと戻っていった。

移動方法はたぶん転移だ。

スクロール1枚すら結構な値段らしいのに、人足や資材の運搬…一体幾ら掛かったのやら。

 ま、その分もウィル様達が何とかしてくれたんだろう。


 そんな聖女絡みの恩恵をうけた、宿屋の引き渡し兼内覧会を関係者で行うことになった。

 出席者は宿屋一家に村長、領主様とのぼせた文官さん、ギルドから完成報告を受けて来村したアルバン様と……


「この者は王太子殿下の侍従の一人だ。明日の来訪に際し、殿下がお過ごしになる宿を確認したいとの事で同席してもらっている」


「えっ!?」


「イツキ殿、なにか?」


「い、いえ、何でもございません。失礼いたしました」


(なーにが侍従だよ!どう見てもウィル様やん!

アンタが来るのは明日じゃなかったのか?

いや、俺も人の事言えないけどさぁ!)


 アルバン様の紹介で、会釈する侍従(ウィル様)の茶番を見ながら心の中で毒づく。

 俺がここにいるのは、宿屋夫妻たっての頼みで断れなかったからだ。

確かに少しばかりスイートルームの話はしたが、それだけ。本来は部外者だ。


 侍従の紹介の後、アルバン様と領主様が何やら話している横で、ビシッと待機しているウィル様の姿がシュール過ぎるんだが。

 今回もウィル様が例の指輪で“侍従”に変装してるのは一目瞭然。

つか、冒険者のウィル様を知っている女将さんが何も言わないってことは、また別の風貌なのだろう。


 つい、じっと見ていたせいでウィル様と目が合ってしまい、速攻目を逸らした。

俺からすれば紛うことなき王太子殿下なわけで、正直対応に困る。


「皆様お待たせいたしました。それでは準備が整いましたので、皆様をご案内させていただきます」


 目を逸らしてすぐのタイミングで、内覧の案内役であるギルドの責任者が、俺達に声を掛けてきた。

 内覧に際し、ギルド責任者が礼遇すべきは(表向き)最も身分の高いアルバン様だ。

しかしアルバン様は、

「ここは宿屋夫妻とご子息達が一番に案内されるべきだろう。私と一緒に来るといい」と、必死に固辞する宿屋一家を直々に自分の元へと呼び寄せた。

 もちろん宿屋一家の付き添いの俺も、アルバン様の元へ行ったんだか、いい笑顔を向けられ「イツキ殿は殿下の侍従の元へ」と追いやられてしまった。

マジで意味わからん。


結局…


 ギルドの人

 アルバン様

 宿屋一家


 領主様

のぼせた人

村長


 侍従(のふりをしたウィル様)



と、いう並びで宿屋を内覧することになった。

 身分の順だと俺の前に村長が来るべきなのに、領主様から「村長は儂と」とご指名された為、この並びになった。

 そもそも俺が思っている『侍従』とは、やんごとなきお方の側に仕え、身の回りの世話や補佐を行う人…程度だ。

 領主様よりも身分が下、というのは並びで理解したが、見た目ウィル様の侍従にどう接していいのやら…。


 領主様と村長が、和気あいあいと話している様子を恨めしげに見ていたら、涙目の女将さんが、振り返って俺を見てきた。

女将さん…俺も泣きそうです…。


栄養ドリンクを水で薄めるのは作中の演出です。栄養ドリンクは【万能薬】になっているので、小分けや希釈しても大丈夫な仕様。


ドリンク類の区別がつくように

栄養ドリンク=万能薬

エナジードリンク=滋養強壮飲料

としてます。


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