第二十七章 姫君集結 1
1
平安の京は、黒く厚い雲に覆われて、太陽の光もほとんど届かない。昼間なのに夜かと思えるほどの暗さだった。
雪がちらほらと降り始めたが、その氷の粒も白く清楚な感じではなく、不吉な黒い粉が降り注いでいるみたいにしか思えなかった。
「不気味な空の色ね。雪のせいだけじゃなさそう」
そんな空を見上げながら、椿は不安そうに呟く。
何か、悪い出来事でも起こらなければいいが。そんな心配を抱いてしまう。
だが、椿の願いは空しく、凶事はものすごい速さで訪れ、京中を包み込んだ。
全身を、鳥肌が襲う。地面が軽く揺れたかと思うと、強烈な邪気が辺り一面に広がり始めた。
「この邪悪な気配は……」
側にいた朝も、その気配を敏感に察知して、瞳孔を開いた。
「椿さん、伏せて!」
突然、朝は椿を地面に押し倒して、覆い被さった。その直後に、激しい邪気の波が流れてきて、二人の頭上をすまじい速さで通り過ぎて行った。
「この感じ、まさか、悪鬼?」
邪気の流れが治まり、起き上がった椿は訊ねる。朝は確信をもって頷いた。
「間違いないでしょう。それも、とびきり強大な力を放っています。こんな悍ましいものは、そういません。鬼閻すら、上回っているかもしれない」
「そんなに……。京に被害が出ないうちに、倒さなくちゃ」
「いけません! 不用意に近付いては危険です」
邪気の出所を感じ取り、その方向へ向かおうとした椿を、朝が慌てて制止する。
「椿は前にも春姫の力で、悪鬼を倒したわ。以前よりも禁術の扱いにも慣れたし、きっと大丈夫よ」
危険は、この時代に来た時から承知の上だ。それでも、完全な春姫の力を受け継いだ今なら、何とかなると信じている。
だが、朝の考えは違うらしく、椿の考えに難色を示す。
「今、僕たちは過去の世界にいるのです。理が変貌した未来とは違い、この時代では陰陽師の退魔の力では、悪鬼には傷一つつけられない」
その言葉で、椿の中にあった根拠のない自信が一気に崩れた。
「じゃあ、椿たちは、手も足も出せないの!?」
「そう考えておくべきでしょう」
「そんな、じゃあ、どうすれば……」
「大丈夫。この時代であれば、僕の持つ悪鬼殺しの力を発揮することができます。宵と合流して、皆さんに協力してもらえれば、倒せるはずです。むしろ、それしか方法がありません」
朝は自身の手を見つめて、固く握りしめた。以前、封印から解き放たれた鬼閻と戦った時みたいに、朝の持つ力ならば、確実に悪鬼にダメージを与えられる。
もちろん、朝一人に戦わせるつもりなんてない。できる限りのバックアップを行わなければ。
「分かったわ。まずは、みんなと合流しましょう」
「皆さんも、京の中や周辺にいれば、この悪鬼の放つ邪気を感じ取っているはず。様子を見つつ、邪気の発生源に近付きましょう」
椿は頷き、朝と共に慎重に通りを進んでいった。
椿たちがいる、京の中心部は、廃墟かと思えるほど閑散として、人っ子一人、犬一匹見当たらなかった。
どうやら、みんなこのただならない邪気を敏感に感じ取り、逃げ出したらしい。
だが、静まり返っていた京の大通りが、突然賑やかになり始めた。豪勢な屋敷が建つ塀の向こう側や川縁から、異質な存在が続々と、椿たちめがけて近寄ってきた。
ボロボロの着物を身にまとった骸骨や、皮だけになった、人間に近い姿をした何か。他にも、犬や猪、猫といった動物に似た、気味の悪い生き物たちが、続々と歩いてくる。
まるでゾンビみたいな悍ましい連中の姿に、椿の全身を鳥肌が覆った。
「何、こいつらは!?」
「京に巣食っている、妖怪の残党です。濃い邪気に中てられて、自我を失っているみたいです。一体一体の力は大したものではありませんが、数が多いですね」
既に、大量の妖怪たちによって、椿たちは取り囲まれていた。
「僕が駆除します。椿さん、僕から離れないで」
朝は腕を突き出し、力を込めて集中力を高め始めた。
その姿を見て、椿も朝と背中合わせに立ち、笛を構えた。
「ありがとう。でも、妖怪が相手なら、椿だって戦えるわ」
朝は椿を横目に見て、軽く微笑んだ。椿も微笑み返した。
準備は整ったとばかりに、妖怪たちは一斉に襲い掛かってくる。
椿は笛に口を当て、退魔の調べを奏で始めた。




