第二十七章 姫君集結 2
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突然、京の中心部の方角から、怪しげな光が空めがけて放たれた。
上空を飛びながら地上の様子を観察していた宵と楸は、その光の柱を眺めて呆然とした。
「見えたか、楸。いまの光は……」
「なんや、地面から噴き出したような感じでしたな」
光はすぐに消えた。その直後、光が放たれたと思われる場所から、すさまじい邪気の風が吹き出して京中に吹き荒れた。
風に触れた木々や壁は、次々と枯れ、崩れていった。京に住む人々は、既に危機を察して中心部から逃走を図り、出入り口の関門の辺りは人の群れがごった返して、大混乱に陥っている。その情景が、空の上からだと良く見えた。
混雑を極める人々の状態も心配だが、邪気の出所で起こっているらしい、不吉な異変が気になる。
「悪鬼が、生まれた……? 凄い力だ」
宵が、邪気の放たれた中心部を見据え、目を細めた。楸にはよく見えなかったが、これほどの邪気を放つ存在ならば、容易に想像はできる。
こうして周囲の様子を探っている間にも、邪気はどんどんあふれ出して、京中を覆っていく。
空気とまじりあう邪気を完全に躱す術はない。濃度はそれほどではないにしても、少なからず体内に吸い込んでしまった。肺の中に取り込まれた邪気は体の中で拒絶反応を起こし、息苦しさや吐き気を催す。
邪気は気体としては軽いらしく、下の方へは沈殿せず、広範囲に飛び散っている感じだ。空を飛んでいるほうが、より邪気に中てられてしまう危険がある。
「この邪気には、あんまり触れたらあきまへん。一度、地上に降りましょう」
宵に指示を送り、楸たちは京の中心から少し外れた路地裏に着地した。
大通りよりも、裏道のほうが逃げ遅れた人たちの数が多い。京に住む人々は、拡散しつつある邪気だけでなく、異質な化け物たちの襲撃からも逃げ回っていた。化け物は、人や獣が姿を変えた、妖怪らしい。この邪気のせいなのか、自我を失い、凶暴化して、手当たり次第に視界に入ったものを攻撃しているといった感じだった。敵も味方もなく、攻撃しあって共倒れする輩もいる。
「妖怪が暴れまわっとります。京中、パニックどすな。人にも注意して進まなあかんどす」
逃げる人を躱しつつ、彷徨っている妖怪を倒しながら、楸たちは邪気の噴出地に向かって進みだした。
暫く進んだ路地の脇で、宵が不意に立ち止まり、足元を見つめて神妙な表情を浮かべる。
「宵はん、どないしました?」
「この地面、なんか変だ」
「変とは?」
「何かこう、今までと違う力が働いてるっていうか……。そうだ、地脈の位置が、移動している気がする。そのせいで、京の守護の力も、均衡を崩しかかっているのかもしれない」
「せやから、あないな邪気が噴き出したり、妖怪はんたちが暴れまわっておるんでしょうか……」
可能性はある。
いつか、朝が、千年の時代の間に地脈の位置が移動し、この世の理が書き換えられたと話していた。そのため、陰陽師の力が悪鬼に対抗できるものに変わったのだと。
その変革が、この時代に起こり始めたと考えても、別に不思議ではない。
だが、その反動によって、異なる脅威に見舞われている可能性も、否定できない。
それらの異変の原因はまだ分からないが、何とか突き止めて善処しなければ、平安の京ごと滅んでしまう。
「楸、こっちだ。朝の気配を感じる」
「近くにおられるんどすか?」
「恐らくな。合流するぞ」
宵の後を追い、楸も駆け出した。
路地の角を幾度か曲がった先に広がった光景を見て、楸は驚愕した。
夥しい数の妖怪が地面に倒れ伏し、息絶えていた。場所によっては幾重にも死体が積み重なり、小山を形成している。
その屍の山の中央で、息を切らして立ち尽くす二人の見知った姿を確認し、楸は声を張り上げた。
「椿はん、朝はん!」
「しゅーちゃん! 宵ちゃん! やっと会えた!」
楸の声に気付いた椿が、笑顔で手を振ってくる。朝も控えめながら、安堵の表情を浮かべていた。
どちらも顔に浮かぶ疲労の色は濃いが、大きな負傷はしていない様子だ。
屍の合間を抜けながら、二人に駆け寄る。
「朝にしちゃ、随分と手古摺ったみたいだな」
周囲を見渡しながら、宵が悪態をついた。
「力を使うのも、久しぶりだ。体が訛っているのかもしれないな。早く以前の感覚を取り戻さないと。感じただろう、あの強大な悪鬼の力」
朝の言葉に、宵は頷いた。
「あの邪気の出所は、伝師の屋敷と思われる。伝師の一族は、壊滅したかもしれない」
「なら、まともに悪鬼と戦えるのは、俺たちだけってわけだ」
「ぶつかれば、無傷では済まないだろう。それでも、戦うか……?」
朝は遠慮がちに、宵に訊ねた。双子の兄として、弟の身を案じての問い掛けだったのだろう。
だが、そんな質疑は、無意味だった。宵はくだらなさそうに、朝の言葉を跳ねのける。
「何で今更、拒む必要があるんだ。一人で格好つけるな。色んな鍛錬を積んで、俺たちも少しは強くなっているはずだ。必ず悪鬼も倒せる」
「……そうだな。二人でなら、必ず」
二人の意思が一つに纏まるまでに、長い時間や討論は必要なかった。互いに頷き合い、強い眼光で笑いあう。
「二人じゃないでしょ! 椿たちもついてるわ」
そんな二人の間に、椿が割り込む。もちろん、楸もだ。
「悪鬼に力が及ばずとも、お役に立てることはあるはずどす」
守ってもらってばかりではない。共に隣に立って戦える。
それだけの力と覚悟を、楸も椿も、この時代にやって来て習得できたはずだ。
各々の戦う意志を確認しあった直後。急に、地面を揺らすほどの咆哮が、辺りに響き渡った。
悪鬼が放ったものであることは、言うまでもない。
今までは、気配しか感じ取れなかった悪鬼の存在感が、徐々に増していく。辺り一帯に分散されていた邪気が再び噴出部に集結し、形を形成し始めた。
五体の揃った、人間によく似た形。
だが、その大きさは、人間とは比べ物にならない。
麓からでもその姿が全て見えるくらい、巨大な悪鬼だった。
あの形が完全なものになってしまえば、悪鬼本体が京を破壊にかかるだろう。
「時間がなさそうどすな」
「急ぎましょう。あの悪鬼を、早く何とかしなくちゃ!」
頷き合ったのも束の間。巨大な悪鬼の足元から、次々と邪気が放たれた。
その邪気は、椿たちに倒されて絶命していたはずの妖怪たちに再び息を吹き込み、目覚めさせた。
「何なのよ、こいつらは!」
「まるでゾンビどすな。倒してもキリがないかもしれんどす」
「それでも、戦うしかないだろう」
「とにかく、一刻も早く本体を叩かなくては」
邪気の大元になっている悪鬼を倒せば、この雑魚たちもまた動かなくなるだろう。何とかこいつらをあしらいながら、悪鬼の足元まで辿り着かなければ。
楸たちは突破口を切り拓くために、襲い掛かってくる妖怪たちに一気に突っ込んだ。




