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四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第三部 四季姫革命の巻
314/331

二十六章 interval~走馬燈~

 時は現代。

 地脈の門を開き続けるために印を結び、力を注ぎこんでいた紬姫は、地脈の中から流れ込んでくる僅かな空気の変化を、敏感に感じ取っていた。

「この気は、もしや……」

「如何なすった?」

 隣で、同様に印を結んでいた燕下一族の男――了海が、紬姫の微かな反応に気付いて、声を掛けてきた。

 隠す必要はない。むしろ、今この場に集う者たちには知らせておくべき事実だ。

 紬姫は地脈から目を逸らすことなく、ゆっくりと口を開いた。

「前世の四季姫たちが、皆無事に、転生の輪に入った」

「つまり、歴史の修正はうまくできておると?」

「おそらくは。妾の知る限りならば、正しく時が紡がれているはずだ。じきに、過去の妾も時を渡るであろう」

 そう。この気は間違いなく、四季姫たちの魂が放つもの。

 榎たちではなく、千年前の四季姫たちのものだ。

 この地脈の流れが続く先で、あの四人は死んだか。

 紬姫にとっては、二十年近く前の記憶となるが、あの時の出来事は、今でもよく覚えている。

 かつて見た夏の死に顔は、今でも瞼を閉じれば蘇る。夢の中で幾度も見てうなされ、どれほどの苦しみの連鎖が続いたか知れない。

 紬姫の愛するものは、守るべき一族によって殺された。

 いや、紬姫が殺したと言ってもいいのかもしれない。

 どんな方法をもってしても、救うことなどできなかったのだから。

「それでは、榎さんたちも、ご無事なのですね。良かった……」

 心中で憂鬱な感情を泳がせている紬姫とは裏腹に、奏が嬉しそうに胸をなでおろした。

 その側にいる月麿や、了海の息子、了生も安堵の表情を浮かべる。

 前世の四季姫たちの死は、榎たち新しい四季姫たちに力を与え、生存の確率を格段に上げた証明となる。

 その事実は、この時代で榎たちと深くかかわってきたこの者たちにとっては、何よりも喜ばしい出来事だ。

 唯一、異なる時間軸の感覚に浸る紬姫は、その場の空間の温度差を感じつつも、感情を心の内に押し殺した。

「あとは、四季姫様たちが無事に戻ってこられるか、といったところか」

 紬姫が時を渡るその時までは、四季姫たちは間違いなく無事だった。

 だが、その後、四季姫たちがどうなったか、紬姫には知る由もない。

 無事に時渡りを行って、この時代に戻ってこれたのか。

 それとも、何らかの手違いが起こって、戻って来られなかったのか――。

 この場にいる者たちを納得させられる解答を、紬姫は提示できない。

「歯痒いものだな。未来さえ見られたなら、すぐにでも其方たちを安心させてやれたかもしれぬのに」

「どうして、力が使えなくなったのでしょうね……」

 不思議そうに奏が呟いた直後。

 静寂を切り裂き、辺りに銃声が響いた。

 何が起こったのか把握する暇もなく、紬姫は倒れた。

 胸部に、鮮血の花を咲かせて。


 * * *


 薄れゆく意識の中――。

 夢か現実か、その区別さえつかない、まどろんだ空間で、紬姫は過去に見た情景を再現していた。

 時を渡り、激しい地脈の流れの中からようやく這い出た時、紬姫は見知らぬ竹林の中に倒れていた。

 月の輝く、明るい夜だった。

 目を覚ますと同時に、自身が置かれている現状よりも先に、腹の胎児の様子を気に懸けた。

 腹の中では、小さな命が微かに蠢いている。腹の内膜を蹴り飛ばす力は激しく、我が子が懸命に生きようとする意志が感じ取れ、安堵した。

 だからこそ、いつまでも緑深い無人の場所にいるわけにはいかない。少しでも身を守れる場所を探さなくては。

 右も左も分からないまま、紬姫は月明かりが照らし出す竹林の合間を縫って歩き続けた。

 かつて暮らしていた平安の世から、はるか千年も先の世界。

 人々がどのような文明を歩み、進化を遂げてどんな暮らしをしているのか。紬姫には想像もつかない

 榎に、簡単にでも教わっておくべきだったと、今更ながらに不安が付き纏う。

 だが、千年の時の隔たりをもつ榎や、生まれ変わった四季姫たちと言葉が通じたのだ。榎たちは、紬姫の命や、腹の子をいたわり、守ろうとする優しさを見せてくれた。

 少なくとも、この時代においても、人の心は温かく、命を尊べる人並みの誇りを、人間は忘れていない。

 だからきっと大丈夫だ、何とかなる。

 そう、気持を奮い立たせて、紬姫は歩き続けた。

 ふと、青い竹の織り成す茂みの向こうで、人の気配を感じた。

 何者かと思い、身を隠しながら覗くと、一人の男が立ち尽くしていた。

 頬のこけた、目つきも顔色も悪い、若い男だった。月の青白い光がよりいっそう、その顔を陰湿なものとして映し出している。

 斜めにしなる太い竹の上部に縄をかけ、輪を作っていた。その輪に首を掛け、自らの命を絶とうというのか。

 月の光が写り込んだ、男の刃にも似た鋭い目には、絶望よりも濃い憎悪の輝きが煌々と瞬いていた。

 自らを死へと追い込もうとする、この世の全ての者に向けられた呪いの眼光。

 不意に、紬姫の脳裏に映像が浮かぶ。

 幼い頃より良く見てきた、未来の光景。

 映像の中で、紬姫は小さな屋敷の中に暮らしていた。生活感の少ない、寂しさが漂う狭い部屋の中で、目の前の男と二人でいた。

 夫婦の営みを、行っていた。

 特に何の感情も湧かなかったが、ああ、と納得できた。

 この男の纏う邪気は、どこか懐かしく感じられる。

 伝師一族が悪鬼から吸い取り、身の内に巣食わせ、受け継いで放ち続けてきた、まがまがしい気配。

 疑いもなく確証が持てた。

 この男は、伝師の呪われた血を引く者。

 千年もの間、淘汰されることもなく脈々と受け継がれてきたのか。

 きっとあの時、止めを刺し損なった守親が逃げおおせ、どこか見知らぬ場所で世継ぎを残し、その子孫が延々と、歴史の裏で繁殖を続けてきた末路なのだろう。

 そのしぶとさと因縁深さには、感服させられる。

 なるほど、この、同じ呪われた血を持つ者ならば、どんな方法であるにせよ、紬姫を受け入れるに違いない。

 そう直感した直後。紬姫は、男の前に立っていた。



「望んだ富と名誉が得られなかったら、死を選ぶのか」

「この先、妾の言う通りにすれば、お前は望むすべてを手に入れられるぞ」

「すべてを得る代償に、妾を保護せよ。さすれば、死ぬまで貴様の夢を叶え続けてやろう」



 男は紬姫の存在を最初こそ訝しんだものの、二つ三つ、その男の近い未来を予知して教えてやると、すぐに紬姫を信用し始めた。いや、使える道具だと認識した、といったほうが正しいだろう。

 それでいい。別に、人間として扱ってもらう必要などない。こちらもまた、この男を人だとは思わない。

 伝師の人間というものは、己にとって益となる存在を嗅ぎ取る能力がいやしく強い。それこそ、一目見ただけで、眼前の相手が利用できるかできないか、即座に判断できる。

 紬姫は、この男を利用する。この男も、紬姫を利用する。

 条件は、整った。

 こうして、紬姫はこの男――伝師護に囲われ、胎児もろとも命を繋いだ。

 やがて、先見の力によって護は次々と富を得て、望むままの栄誉を手に入れ始めた。

 これは別に、紬姫の力というわけではない。

 この男にはもともと、富を得られるだけの未来が待っていたというだけの話だ。

 それを知るだけの、先見の明がなかっただけで。

 だが、あえて紬姫はその真実を胸の奥に封じた。

 現代の伝師の繁栄を、全て紬姫の力がなすものであると、周囲に思い込ませておくために。

 そうすることで、紬姫を、愛する息子の命を守るために。

 そのお陰で、紬姫は少なくとも、我が子と共に静かで安寧な生活だけは得られた。望んだわけではなくとも、護との間にも子を儲けた。

 それが、悪鬼の力が見せた、紬姫の未来だったから。

 もちろん、その我が子が反旗を翻し、過去の紬姫を殺しにかかる存在となることも理解していた。

 だからそうならぬようにと色々な策を講じてみたが、結局未来は意図的には変えられなかった。

そのまま、予知の示す通りに日々を送り、今日に至る。



 その、懐かしき過去の幻影が消える頃。

 紬姫は、己の死を悟った。


 * * *


「お母様――!!」

「紬姫様!!」

 奏と月麿の悲痛な声が、周囲に響き渡る。

 俯せに倒れ込んだ紬姫は、熱を持ち、痛みが広がる腹上部を手で押さえた。ぬめりのある、温かな液体が掌一面を濡らした。

 体中から、力が抜けていく感覚に襲われる。体から流れ出しているものが、命そのものだと気付いた瞬間、全ての答がはっきりと理解できた。

「なるほどな。なぜ、この先の未来が見えなくなったのか、ようやく分かった……。命尽きる者に、先など見る必要はなし、というわけか」

 未来がないから、未来が見えない。結果として把握すれば、至極簡単なことだと思えた。

「化け物め、お前のせいで、伝師一族は滅茶苦茶だ! やはり、拾った時に最初から、葬っておけばよかった!」

 すぐ側で、紬姫を罵る怒声が響く。

 確認するまでもなかった。忌々しい声。

 伝師護のものだ。

 己の不手際と欲の深さがもたらした失態を、全て紬姫に転嫁するつもりか。

 やはり、どこまでも図々しく、意地汚い。

 視界に入れることさえ憚られたが、紬姫は気怠い首を何とか動かして、声のする方角に視線を向ける。

 そして、微かな怒りの灯を一気に燃やした。

 息を切らし、化け物みたいに顔を醜く歪ませた護は、手にピストルを握りしめていた。紬姫に一撃を加えたものは、その新たな時代が作り出した愚かな武器だろうと想像はついた。

 問題は、その反対の腕だ。血管を浮き上がらせるほど力を込めて、その腕に掴み上げているものは、綴の体だった。

 地脈の力に中てられて、まだ意識が回復していない。安静が必要な綴をゴミのように引き摺って、この男は連れてきたのか。

 紬姫の中に、怒りの炎が燃え上がらないわけがなかった。

「お父様、やめて下さい! お兄様はもう、自力で動く体力も残っていないのに……」

「近寄るな! 次は、こっちの化け物だ!」

 奏が慌てて静止しようとするが、実の娘の言葉にも耳を貸さない。護の頭の中も、紬姫に対する嫌悪と怒りが煮え滾っているのだろう。

「我が子から、汚い手を放せ……」

 そんな憎い相手に、弱々しい言葉しか放てない現状が、実にもどかしかった。

「もう、口しか動かせないか。いい気味だ! さっさとくたばれ!」

 身動きすら自由にとれなくなった紬姫を見て、護は甲高い笑い声を上げた。

 既に己が勝利たとでも勘違いして、余韻に浸っているのだろうか。

「それ以上、罪を重ねるな! この時代の人間ではないとはいえ、人を殺せば犯罪や! ほんまに、後戻りができんようになるぞ」

 了生が正論常識を上げ連ね、冷静な説得にかかる。それでも、護は止まらない。

「知るか! どのみち伝師は終わりだ、俺が生きていようがいまいがな!」

 ピストルの銃口が、綴のこめかみを突き刺した。護が笑いながら、引き金を引こうとする。

 紬姫は血に染まった手を伸ばすが、届くわけもない。

 愛するものだけでなく、その者との間に授かった我が子まで、失うのか。

 伝師の呪いはそれほどまでに残酷で、深く底の見えないものなのか。

 絶望が、紬姫を襲う。

 その直後、ピストルの引き金は引かれることなく、護は体をぐらつかせて地面に倒れた。

 護の背後で、了海が腕を伸ばして立っていた。手刀でも打ち込んだのだろう。

「まったく、自棄になった人間ほど、厄介な生物はおらんな」

 呆れた口調で、了海は護を再三縛り付け、今度こそ逃げられないように、厳重に封を施した。

 続いて倒れた綴を仰向けに寝かし直し、呼吸を確認していた。

「安心しなされ、ご令息は無事じゃ」

 その言葉に、紬姫はどれほど救われたか。

「すまない、恩に着る」

 礼を述べ、安堵の感情と共に、情けなさや嫌悪感が込み上げてくる。

 この、伝師という一族に対しての、恐怖心がさらに増す。

「所詮、伝師はどこまでいっても、呪われた一族か……」

 この呪い、本当に、紬姫の代で打ち切れるのだろうか。

 不安が襲うが、この先の未来は、我が子たちに託すしかない。無駄に危惧するのは、もうやめにしようと決めた。

 了海たちは紬姫に止血を施そうとしてくれたが、紬姫は制止した。

 予知の力の消失が紬姫の死を表しているのなら、どう転んでも紬姫は助からない。傷口は急所を外しているが、出血量が多すぎる。

 助からぬ者の手当てよりも、地脈の制御に全力を注いでもらわなければならない。

 もう、紬姫は戦力にはならないのだから、残された者たちで門を維持し続けなければ、四季姫たちの命運も尽きてしまう。

 その旨を何とか告げると、了海はその意図を即座に汲み、了生と共に地脈へと集中を戻した。

 その様子を見届け、紬姫は深く息を吐いた。自分自身でも驚くほど、弱々しい呼吸だった。

「お母様、しっかりなさって」

 顔中を涙に濡らして縋りついてくる奏の頬を撫で、紬姫は囁いた。

「奏。これより先の伝師は、先の見えぬ茨の道となろう。人外の力には頼らず、全ての呪縛から、解き放たれるのだ。全てを、人の力で切り拓いていかねばならぬ。その行程は、今まで楽をしてきたこの一族にとっては辛く、厳しいものであるはず。だが、其方なら、伝師の狂った道筋を、正しき方向へ導いてくれると、信じておる。お前には悪鬼の力はなくとも、多くの人との縁があるのだから」

 奏は、紬姫や護の、おぞましき伝師の血を引いているとは思えないほど、まともな娘だ。その、人間としての芯の強さ、折れない屈強な心をもってすれば、必ず伝師に新しい光を当ててくれる。呪われた一族の歴史を浄化して、新しい道を示してくれる。

 未来が見えなくても、そう確信できた。

 この娘がいてくれるなら、この先の未来には何の不安もない。

 その意思を伝えると、奏は強い意志を潤んだ瞳に宿して、力強く頷いた。

「月麿。最後まで、すまなかったな。其方のお陰で、悔いなくこの生を終わらせられる。其方さえよければ、この先も、我が娘の支えとなってやって欲しい。伝師の行く末を、明るいものにするために」

 奏の後ろで、涙と洟水をこれほどにないほど垂れ流している月麿にも、感謝の意を述べる。ここまで、他人のために自らの人生を賭して行動できる男を、紬姫は知らない。

 かつては、そんな月麿を犬同然の哀れで愚かな生物だと嘲っていた。だが、今は違う。その偉大なる存在を尊び、心から敬っている。

 月麿も、紬姫の言葉を受けて、何度も何度も頷いていた。

「さて、もう、心残りはないな」

 生きている間に、紬姫ができることは、全てやりきれただろう。

 再び、深く息を吐いた紬姫の脳裏には、短い人生の中で唯一、心から愛した男の姿が浮かんでいた。

「因果とは、面白いものだな。愛する者を屠った憎らしき血脈によって、巡り巡って妾も討たれる、か。既に転生した其方には、出会えぬであろうが、少しでも、近き場所に、逝けるだろうか……」

 夏の命を奪った守親の子孫である護が、紬姫の命を奪う。一族によって滅ぼされることは、運命だったのかもしれない。

 だが、悪くないと思えた。時代は違えど、愛するものと同じ時に、死地に旅立てるのだから。

 この時だけ、ほんの僅かに、呪われた運命にも感謝できた。

 最後に視界に映ったものは、側で横たわる、愛すべき息子――綴の姿だった。激しく動かされ、疲労の色が濃かったが、なんとか無事でいてくれた。

 一連の騒動で意識を取り戻したのか、綴の眼が、ゆっくりと開いた。

 意識も、覚醒しているのだろう。呆然としつつも、しっかりした眼光をこちらに向けてきた。

 紬姫は微笑み、消え入りそうな声で、最期の言葉を伝える。

「綴、己の、思うがままに生きなさい。――あの娘に、榎に、礼を伝えてくれ。そして、幸せに……」

 父の望んだ、何者にも縛られない自由な暮らし。

 その意志を受け継いで、貫いて欲しい。

 それが必ず、綴の幸せにも繋がるはずだから。

 無事に、伝えるべき言葉を遺し終えられた。

 その安心感が、紬姫を深い眠りへと誘う。

「お母様、目を開けて、お母様!!」

 重い瞼を閉じると共に、奏の声が耳元で響く。だがその声も、徐々に遠くなる。

「おかあ、さま……」

 綴の声が、微かに聞こえた気がした。

 その、愛おしい息子の声の余韻を残しながら、紬姫は覚めない永久の世界へと、旅立った。

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