第3話:貴重な願いで可愛い結婚相手を求めたら、等身大のトラウマが爆誕した
おにぎり狂騒曲が幕を閉じ、気がつけば時間は昼を過ぎていた。
十月の北海道の太陽は高いが、風はさらに冷たさを増している。周囲の釣り人たちにはポツポツと銀毛のアキアジ(秋鮭)がヒットし始めているというのに、俺の赤いウキは虚しく海面にプカプカと浮かんでいるだけだった。ピクリとも動かない。
「はぁ……イクラ、食べたかったな……。自家製の醤油漬けにして、炊きたての白米に山盛りにしてかっ込みたかった……」
だが、今の俺はアキアジのボウズ(釣果ゼロ)くらいで落ち込んでいるどころではなかった。
ハスラーの横には九七式炊事自動車、目の前の海には六千総トン超えの鬼怒川丸。この二大ミリタリー骨董品をどう隠滅するか、頭がパンクしそうだ。
せっかく特別にオマケしてもらった、残り二個の貴重な願い。これをただ「船と車を消して」と使うのは、社畜精神としてあまりにもコストパフォーマンスが悪すぎる。どうせ使うなら、もっと俺の人生を大逆転させるような、究極の願いに使うべきではないか?
限界サラリーマン、実家暮らし、三十代、非モテ、オタク。
そんな男が人生を賭けて願うことなんて、一つしか残されていない。
「おい、ランプの精」
俺はハスラーの助手席のドアを開け、ふんぞり返っている妖精に真剣な顔で向き合った。
『なんでありますか、ご主人様? アキアジが釣れなくて泣いているのでありますか?』
「違う。……俺だって、可愛い女の子と結婚して、幸せな家庭を築きたいんだよ! モテない男の切実な叫びを聞け! お前、俺の好みのタイプ、大体わかるだろ?」
地下アイドルオタクの俺だ。普段から車内で推しメンの曲を爆音で流し、部屋にはアクスタが溢れている。毎日のように一緒にいる妖精なら、俺の「可愛い女の子」の基準など把握していて当然だ。
ランプの精は、ふむ、と小さな腕を組んで深く頷いた。
『わかる。わかる。よーく分かるでありますよ、ご主人様。金髪に、青い瞳の、お人形でありますな?』
「おお! さすがじゃん! そうそう、ちょっとファンタジーな感じの――」
『異人さんに〜連れられて〜行っちゃった〜♪』
「何言ってんだよ!! それ『赤い靴』の女の子だろ! なんで童謡なんだよ! 異国に連れて行かれちゃ困るんだよ! 異人さんじゃなくて、結婚相手は日本人に決まってんだろ!」
おじいちゃんの昭和の記憶に引きずられているのか、妖精のワードセンスがいちいちレトロで頭が痛くなる。
『あ、日本人。そうでありますか。失礼したであります、ご主人様。では、ご主人様の脳内データにある「イエロー(黄色)」の輝きと、日本伝統の美を融合させた最高の伴侶を召喚するであります!』
「おう、頼むぞ! 今度こそ願い事(3個目)発動だ!」
妖精がランプを掲げた瞬間、ハスラーの助手席からボフンッ!!!と、本日三度目となる硝煙の匂いの紫煙が激しく吹き出した。黄色のハスラーの車内が煙で真っ白に染まり、やがて、助手席のシートの上に『それ』が、ゆっくりと質量を持って具現化していく。
煙が、すうっと引いていく。
俺の心臓は、期待と興奮でバクバクと高鳴っていた。なろう小説お約束の、異世界風の黒髪大和撫子美少女か!? それとも清楚系着物美少女か!?
……しかし、そこに座っていたのは、俺の想像を絶するモノだった。
おかっぱ頭の、真っ黒な髪。
生きている人間のものではない、不気味なほど白い胡粉塗りの肌。
ガラス細工の切れ込みのような、感情のいっさい見えない漆黒の瞳が、じっと前方のフロントガラスを見つめている。
そして体には、鮮やかな、血のように真っ赤な絹の振袖の着物――。
サイズは、成人女性とまったく同じ、等身大(一六〇センチ)。
「は?????」
俺は持っていた釣竿を完全に手放し、コンクリートの地面に盛大に落とした。
助手席のシートベルトにきっちりとホールドされ、微動だにせず前方を凝視しているその物体は、どう見ても、どこからどう見ても――。
「……市松人形じゃねえかァァァァァァァァァッッッ!!!!!」
苫小牧港に、俺の魂の叫びがこだました。
怪談映画や、おばあちゃん家の開かずの押し入れの奥底に鎮座している、あの夜中に髪が伸びるタイプの伝統的ジャパニーズ・ホラー人形。それが等身大サイズになって、俺のハスラーの助手席に綺麗に収まっている。あまりの恐怖とシュールさに、アドレナリンが変な出方をして脳が震える。
「おいランプの精ッ!! 誰が怪談の主役を呼べって言った!! コレのどこが俺の好みの可愛い日本人なんだよ!?」
俺が胸ぐらを掴まむ勢いで怒鳴ると、妖精は不思議そうに小首を傾げた。
『え? ご主人様、おかしいでありますな? ご主人様がいつも部屋で愛でている「アクリルスタンド」とかいう板のお人形と同じ、感情のない平坦な顔立ち、そしてご主人様が大好きな地下アイドルのメンバーカラーである「鮮やかなイエロー」……あ、間違えた、着物は赤(赤い靴)にしちゃったであります! いやあ、等身大にするのは骨が折れたでありますな!』
「アクスタと市松人形を一緒にするな!!! 次元が違いすぎるだろ!!! っていうか怖えよ!!! 目が合ったら呪われそうなんだよ!!!」
黄色のハスラーの助手席で、完璧なシートポジションで前を見つめる等身大の市松人形。その後ろ髪が、潮風もない車内で心なしか1ミリほど伸びた気がして、星野蓮は21世紀の最先端テクノロジーが詰まった愛車の前で、本気で泣きそうになるのだった。
ついに、貴重な願いは残り1個となった。
(第3話・了)




