第99話 Bブロック 2組目
Bブロック、二組目。
闘技場へ二人の選手が入場する。
「二年! 岡崎振護!」
歓声が上がる。
岡崎振護。
古代魔法――自身を波へと変化させる魔法の使い手。
去年の五キロメートル競争では、その魔法によって一年生ながら優勝。
身体そのものを波として扱うことで、速度だけではなく、攻撃や防御にも応用できる。
ただし、その制御は極めて難しい。
波長。
振幅。
周期。
それらを正確に扱うには、相応の数学的理解が必要になる。
そして。
「対するは!」
「三年! ミョセフ・アボカド!」
観客席から別の種類のどよめきが起こった。
ミョセフ・アボカド。
化学魔法の使い手。
魔法単位――ミョル。
物質を数値として扱い、複雑な化学反応を魔法によって制御する。
特に有機化学系の魔法は難易度が高い。
複数の反応を同時に制御しなければならないため、使い手そのものが少ない。
ミョセフは、その分野における学院でも有数の使い手だった。
「よろしくお願いします!」
岡崎が頭を下げる。
「こちらこそ」
ミョセフも笑顔で返した。
審判が二人を確認する。
「それでは――」
旗が振り下ろされた。
「開始!」
瞬間。
岡崎の姿が――
揺らいだ。
「……!」
次の瞬間には、もうミョセフの目の前。
「速い!」
ミョセフが咄嗟に後退する。
岡崎の拳が空を切った。
しかし。
その拳が通過しただけで、空気が大きく震える。
「うおっ!」
ミョセフが距離を取る。
岡崎は追撃する。
一歩。
二歩。
三歩。
その身体が一定のリズムで揺れている。
まるで人間そのものが波になったかのようだった。
「なるほど……」
ミョセフが杖を構える。
「なら、こちらも」
魔法陣が展開される。
空気中の物質へ魔力が作用する。
「ミョル計算――」
複雑な術式がいくつも重なる。
天城は観客席からそれを見ていた。
(化学魔法か……)
ミョル計算。
物質を単純に生み出すのではない。
複数の反応を組み合わせながら、目的の物質へ変化させていく。
そして。
その複雑さこそが、化学魔法の難しさだった。
ミョセフが杖を振る。
周囲の空気が変化する。
岡崎が一瞬だけ足を止めた。
「……!」
ミョセフは次々と魔法を展開する。
遠距離からの攻撃。
防御。
足場の変化。
そして――
生物の身体へ作用する危険な魔法。
岡崎はそれを察知すると、すぐに距離を取った。
「危なっ……!」
ミョセフの魔法は、直接的な破壊だけではない。
身体の内部へ作用する。
触れなくても危険。
だからこそ。
岡崎は近づくことを諦めない。
「だったら!」
身体が再び揺れる。
波長を変える。
速度が上がった。
「なっ……!」
ミョセフが驚く。
岡崎の身体能力が一段階上がる。
自分自身の波長を調整し、身体の動きを最適化している。
さらに。
ミョセフが攻撃を放つ。
岡崎は避けなかった。
「……?」
攻撃が岡崎へ触れる。
しかし――
何も起こらない。
岡崎の身体が、その攻撃と同じように揺れた。
攻撃の波と。
岡崎自身の波。
互いの波長が重なる。
そして。
打ち消し合った。
「攻撃を……消した!?」
実況が叫ぶ。
観客席からも驚きの声が上がる。
岡崎は笑った。
「波なら、合わせればいい」
ミョセフの表情が変わる。
「……面白い」
化学魔法がさらに複雑になる。
魔法陣が次々と展開される。
空気。
地面。
周囲の物質。
それらを利用しながら、様々な魔法が飛んでくる。
岡崎は避ける。
消す。
受け流す。
そして。
少しずつ距離を詰めていく。
「くっ……!」
ミョセフが後退する。
しかし。
岡崎の速度がさらに上がった。
姿がぶれる。
一瞬。
消えたように見える。
次の瞬間。
ミョセフの懐。
「もらった!」
拳が振り抜かれる。
「ぐっ――!」
ミョセフの防御魔法が砕ける。
それでもミョセフは立っている。
最後の魔法陣を展開する。
「これで……!」
強力な化学魔法。
だが。
岡崎は動かなかった。
ただ。
身体を揺らす。
一定の周期。
一定の波長。
そして――
ミョセフの魔法が岡崎へ届く直前。
岡崎が踏み込んだ。
「終わりだ!」
拳がミョセフの防御を貫く。
衝撃。
ミョセフの身体が大きく吹き飛ぶ。
場外。
審判が旗を上げた。
「勝者!」
「二年、岡崎振護!」
会場が大歓声に包まれた。
「すげえ!」
「攻撃を無効化したぞ!」
「あれが古代魔法か!」
岡崎は息を整える。
そして場外のミョセフへ手を差し出した。
「ありがとうございました!」
ミョセフは苦笑しながら、その手を取る。
「いや……参ったよ」
「最後まで魔法を崩されなかったのは凄かった」
「君こそ」
ミョセフは岡崎を見る。
「化学魔法を相手に、あそこまで接近できるとは思わなかった」
岡崎は笑う。
「俺、難しいことはあんまり得意じゃないんで!」
「……」
ミョセフが一瞬黙る。
「その魔法を使ってる時点で、十分難しいことをしてると思うけどね」
岡崎は首を傾げた。
「そうなんですか?」
観客席では、天城が苦笑していた。
(……あいつ、あの魔法を使いこなしてるのに数学苦手なのか。)
波を自在に操る少年。
そして。
化学を魔法へ変える三年生。
互いの得意分野をぶつけ合った激戦は――
岡崎振護の勝利で幕を閉じた。




