第93話 蒼圧
魔法大祭まで、まだ時間はある。
だからこそ――
天城理人は焦っていた。
「……思いつかない」
自宅の机。
そこには大量の紙が広げられている。
魔法式。
物理法則。
化学式。
意味不明な図。
そして、天城本人にもよく分からない落書き。
「……ダメだ」
天城はペンを置いた。
3年生になった。
魔法大祭の準備に使える時間も増えた。
ならば、新しい魔法を作るべきだ。
しかし――
「家だと全然思いつかねぇ……」
天城は椅子にもたれかかった。
静かな部屋。
机。
資料。
魔法式。
それだけ。
何も浮かばない。
「……環境を変えるか」
天城は立ち上がった。
そして――
神崎家へ向かった。
* * *
「お邪魔します」
「おう、天城か」
出迎えたのは神崎信之。
現在、アスフェルダム魔導隊の副隊長を務める人物。
その姿を見た瞬間、天城は少し安心した。
「ちょっと魔法開発の参考にしたくて」
「魔法大祭か?」
「はい」
「なるほどな」
信之は笑った。
「まあ、俺でよければ好きに聞け」
「ありがとうございます」
天城がリビングへ入る。
すると――
「……」
共有スペースのソファに、青い髪の少女が座っていた。
「……フィクアリー?」
「……」
反応がない。
「フィクアリー?」
「……ああ」
ゆっくり顔が上がる。
目が死んでいる。
完全に死んでいる。
「何してんの?」
「……暇」
「……そう」
卒業したはずのフィクアリー・パールが、なぜか神崎家にいる。
というより――
完全に居座っている。
「おとさんは?」
天城が尋ねる。
「新作のジュースを買いに行った」
「ジュース?」
「スライムエナジー。深海味」
「……深海味?」
「……らしい」
フィクアリーの目がさらに死んだ。
「絶対飲みたくないな……」
「……私も」
妙なところで意見が一致した。
「まあ、座れ」
信之が声をかける。
「今日は炎魔法について聞きたいんだろ?」
「はい」
天城は椅子に座った。
そして、すぐに本題へ入る。
「先輩は炎魔法をメインに使ってますよね」
「ああ」
「炎って、どういう原理で発生させてるんですか?」
「俺の場合は、魔力で燃焼条件を整えている」
「燃焼条件……」
天城が食いつく。
「燃えるには、燃える物と酸素、それから熱が必要になる」
「はい」
「つまり、炎そのものを作っているというより――」
信之は指先に小さな炎を灯した。
「燃焼という現象を、魔法で成立させている」
「……!」
天城の目が変わった。
燃焼。
酸素。
酸化。
化学反応。
天城の頭の中で、何かが繋がった。
「そうか……」
「どうした?」
「炎を作るんじゃない」
天城が呟く。
「燃焼を起こす条件を操作する……」
そして。
天城は、ふと遠い記憶を思い出した。
燃焼とは何か。
酸素とは何か。
酸化とは何か。
そして――
酸素そのものを極端に冷却したとき。
「……液体」
天城が呟いた。
「液体酸素」
信之が眉を上げる。
「聞いたことはあるが……」
「酸素って、普通は気体ですよね」
「ああ」
「でも、条件を変えれば液体になる」
天城の頭の中で、急速に計算が始まる。
気体。
圧力。
温度。
そして、酸素が持つ性質。
「……これなら」
天城は立ち上がった。
「作れるかもしれない」
「何を?」
「酸素そのものを使った魔法」
「炎じゃなく?」
「炎じゃない」
天城は笑った。
「もっと、その手前だ」
フィクアリーがゆっくり顔を上げる。
「……何するの?」
「酸素を、液体にする」
「……へえ」
興味があるのかないのか分からない反応だった。
「ありがとうございました、先輩!」
「おう。頑張れよ」
天城は神崎家を飛び出した。
* * *
帰宅。
天城は机に向かった。
紙を広げる。
ペンを握る。
そして――
ひたすら考える。
空気。
酸素。
圧力。
温度。
魔力による状態操作。
「空気中から酸素だけを……」
天城は魔法式を書いていく。
「分離する」
さらに書く。
「圧縮する」
そして。
「冷却する」
天城は手を止めた。
紙の中央。
そこに描かれているのは――
青い球体。
「……液体酸素」
美しい青。
しかし、その正体は。
ただの美しい液体ではない。
高濃度の酸素。
極低温。
そして、燃焼という現象を大きく変えてしまう存在。
「これを……魔法で制御する」
天城は、完成した魔法式を見つめる。
炎を撃つわけではない。
熱を生み出すわけでもない。
むしろ――
極端な冷却。
その中心にある、青い球体。
「……綺麗だな」
天城は小さく笑った。
そして、その名前を決める。
「蒼の……」
一瞬、考える。
「いや」
もっと科学現象そのものを表したい。
青。
圧縮。
爆発的な反応。
そして――
「――蒼圧」
天城は紙に書いた。
『蒼圧』
それが、新しい魔法の名前だった。
発動すると、周囲から熱が奪われる。
空気中の酸素が魔法によって集められ、極低温の状態へ変化する。
そして。
天城の目の前に――
美しい青い球体が浮かぶ。
「……これだ」
天城は確信した。
これは、炎魔法とはまったく違う。
燃やすのではない。
酸素を操る。
そして、その酸素が持つ性質そのものを――
魔法として利用する。
「問題は……」
天城は腕を組んだ。
「実戦でどう使うかだな」
まだ完成ではない。
魔法式も不安定。
制御も難しい。
安全性だって分からない。
何より――
これは、今まで天城が作ってきた魔法とは違う。
極端な温度。
特殊な状態。
そして、酸素という物質そのものの性質。
扱いを間違えれば危険な魔法になる。
「……まあ」
天城は椅子に座った。
「だから面白いんだけどな」
窓の外。
春の夜空。
静かな学院都市。
魔法大祭まで、まだ時間はある。
天城理人の新たな魔法開発が――
始まった。




