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第92話 祭り準備

 3年生になって、数週間。

 天城理人は――

「暇だな」

 机に突っ伏していた。

「……暇だな」

 アイランドも同じだった。

 教室には、妙な空気が漂っている。

 勉強をしている者。

 本を読んでいる者。

 魔法式をいじっている者。

 寝ている者。

 そして――

 何もしていない者。

 3年生の教室は、今までとは明らかに違っていた。

「なあ天城」

「ん?」

「俺たち、3年生になってから授業少なくね?」

「少ないというか……」

 天城は時間割を見る。

「共通授業がほとんどない」

「だよな」

 魔法学院では、1年生と2年生の間は基本的な魔法理論や各種魔法技術など、共通して学ぶことが多い。

 しかし、3年生になると話が変わる。

 それぞれの得意分野。

 研究したい魔法。

 将来の進路。

 そういったものに合わせて学習内容が細分化される。

 全員で同じことを学ぶ必要がなくなるのだ。

 そして――

 その空いた時間を利用して行われるのが。

「魔法大祭の準備、か」

 天城が呟いた。

 教室の前方には、巨大な紙が貼られている。

 そこには――

『魔法大祭 準備計画』

 と、大きく書かれていた。

「今年も来たな」

 アイランドが立ち上がる。

「今年は3年だからな」

「去年よりも準備期間が増えた分、気合が入るな」

 魔法大祭。

 魔法学院最大の行事。

 毎年、一学期の終わりに開催される。

 例年の種目は――

 5キロメートル競争。

 お題競争。

 必殺技披露。

 そして、魔法学院の生徒たちが最も熱狂する――

 トーナメント式対戦。

 これらが基本となっている。

 しかし。

 今年は――

「新競技が追加されるらしいぞ」

 誰かが言った。

「新競技?」

 天城が振り返る。

「ああ。チーム競技だって」

 教室がざわついた。

 チーム競技。

 今までの魔法大祭にはなかった種目だ。

 しかも。

 詳しいルールは、まだ正式には決まっていない。

「現時点で分かってるのは?」

 天城が尋ねる。

「A、B、C、Dの四チームに分かれるらしい」

 その言葉に、天城は少し考える。

「トーナメントのブロックごとに?」

「そうらしい」

 つまり。

 トーナメント式対戦のAブロック、Bブロック、Cブロック、Dブロック。

 それぞれのブロックに所属する生徒が、一つのチームになる。

 だが、それだけではない。

 さらに――

「学院の実習林に全チームを転送する」

「……実習林?」

「ああ」

 そこから中央会場を目指す。

 全チーム同じ距離になるように配置されるらしい。

 そして。

 中央会場にある――

 旗を奪う。

「なるほど……」

 天城の目が輝いた。

「ただ走るだけじゃないんだな」

「そういうこと」

 実習林には、様々な障害物が設置される。

 道を塞ぐもの。

 進行を妨害するもの。

 魔法を使わなければ突破できない場所。

 そして中央会場には――

 教師たちが戦闘用の遮蔽物などを設置する予定らしい。

 単純な競走ではない。

 戦闘もある。

 妨害もある。

 そして――

 奪い合いもある。

「旗を先に取ったチームが勝ち?」

「いや」

 説明していた生徒が首を振った。

「時間制限がある。時間切れになった時点で旗を持っているチームが勝ち」

「……なるほど」

 天城は腕を組んだ。

 旗を取れば終わりではない。

 取った後は守らなければならない。

 他のチームから奪われる可能性もある。

 つまり――

「かなり戦略性高いな」

「だろ?」

 教室の空気が一気に変わった。

 さっきまで暇そうにしていた生徒たちが、次々と話し始める。

「足の速い奴が先行して旗を取るか?」

「いや、戦闘要員を中央に残した方がいいだろ」

「実習林の障害物次第じゃ、魔法系が必要になるぞ」

「旗を取った後の防衛役もいる」

 天城はその様子を見ながら、少し笑った。

 ――面白い。

 これは今までの魔法大祭とは違う。

 個人の強さだけでは勝てない。

 チーム全体の能力。

 役割分担。

 地形への対応。

 そして、その場での判断力。

 すべてが必要になる。

「……今年、結構ヤバそうだな」

 アイランドが楽しそうに笑う。

「だな」

 天城も笑った。

 そして、天城はふと気づく。

「でもさ」

「ん?」

「なんで3年生って、魔法大祭で強いんだ?」

 その疑問に、近くにいた生徒が答えた。

「そりゃ準備期間が長いからだろ」

「……あ」

 天城は納得した。

 3年生は、1年生や2年生ほど共通授業が多くない。

 そのため、一学期の大部分を――

 魔法大祭の準備。

 魔法開発。

 戦闘訓練。

 自分の得意分野の研究。

 それらに使うことができる。

 しかも。

 2年生との共同実習が始まるのは秋から。

 つまり――

「夏までは、かなり自由に使えるってことか」

「ああ」

 3年生が魔法大祭で優勝することが多い理由。

 それは単純な実力差だけではない。

 準備時間そのものが違う。

 1年生や2年生よりも長い時間を、魔法大祭に注ぎ込める。

「なるほどな……」

 天城は腕を組んだ。

 それなら、3年生が強いのも当然だ。

 ――ただし。

「でも例外もいるけどな」

 別の生徒が言った。

「例外?」

「神崎信之」

 その名前が出た瞬間。

 教室の空気が少し変わった。

「……ああ」

 天城も知っている。

 神崎信之。

 現在、アスフェルダム魔導隊の副隊長を務める人物。

 かつてこの学院に在籍していた、伝説的な生徒。

「1年の時に優勝」

「2年でも優勝」

「……連覇?」

「そう。史上初らしい」

 天城は目を丸くした。

 1年生。

 2年生。

 3年生よりも圧倒的に準備時間が少ない。

 それにもかかわらず――

 2年連続優勝。

「……普通に化け物じゃん」

 アイランドが呟いた。

「それはそう」

 天城も即答した。

 教室の何人かが笑う。

 だが。

 天城は少しだけ真剣な顔になった。

 神崎信之。

 その記録だけを見ても分かる。

 この学院には――

 普通の努力や学年による有利不利を、簡単にひっくり返すような人間が存在する。

 ならば。

 今年の魔法大祭で、自分たちはどこまで行けるのか。

「……やるか」

 天城が立ち上がった。

「何を?」

 アイランドが聞く。

「魔法大祭の準備」

「今から?」

「今から」

 天城は黒板に向かう。

 そして、チョークを手に取った。

「まず、今年使う魔法を決める」

「お前、もう考えてんのかよ」

「まだ何も」

「じゃあ何で立ったんだよ!」

「今から考える」

「雑すぎるだろ!」

 教室に笑い声が響いた。

 だが。

 笑いながらも。

 少しずつ、生徒たちが動き始める。

 魔法大祭まで、まだ時間はある。

 いや――

 3年生には、その時間がある。

 だからこそ。

 この一学期を、丸ごと使える。

 魔法を作る。

 鍛える。

 試す。

 失敗する。

 そして、また作る。

 それができるのが――

 3年生だった。

 さらに秋には。

 2年生との共同実習。

 そして修学旅行も控えている。

「……忙しくなりそうだな」

 天城が呟く。

「さっき暇って言ってただろ」

「それは忘れろ」

「無理だ」

 アイランドが笑う。

 窓の外。

 春の陽光が、学院を照らしていた。

 魔法大祭まで――

 まだ時間はある。

 だが。

 その時間をどう使うかは、自分たち次第だ。

 そして今年。

 新たな競技が加わる。

 実習林。

 障害物。

 チーム戦。

 旗の奪い合い。

 戦闘。

 そして――時間制限。

 まだ誰も、その全貌を知らない。

 だからこそ。

 今年の魔法大祭は――

 誰にも予想できないものになる。

 天城理人たち3年生の、一学期。

 その大半を費やすことになる――

 魔法大祭の準備が、始まった。

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