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第91話 3年生

 春。

 魔法学院にも、新しい季節が訪れていた。

 校門の前に咲く花々。

 新しい制服に身を包んだ生徒たち。

 期待と緊張が入り混じった声が、学院のあちこちから聞こえてくる。

 そして――

「……3年生、か」

 天城理人は、真新しい教室の窓から外を眺めていた。

 ついこの間まで、自分たちは2年生だった。

 だが、今日から違う。

 天城理人。

 アイランド・アームストロング。

 そして、同じ学年の仲間たち。

 全員が――3年生になった。

「なんか変な感じだな」

 隣の席でアイランドが腕を組む。

「何が?」

「いや、俺たちが学院の最上級生だぞ?」

「……ああ」

 天城は改めて教室を見回す。

 去年までなら、廊下を歩けば上級生がいた。

 授業で分からないことがあれば、先輩に聞くこともできた。

 学院内で何か起きれば、先輩たちが先に動いてくれることもあった。

 だが――

 今年からは違う。

 自分たちが、その立場になる。

「そういえば……」

 天城はふと、三人の顔を思い浮かべた。

 石破武。

 アイザ・エレスト。

 フィクアリー・パール。

 去年まで、この学院で圧倒的な存在感を放っていた3人。

 石破は、誰よりも冷静で、後輩の面倒を見ることを忘れなかった。

 アイザは、普段こそ気が強くて自由奔放だったが、いざという時には頼りになる先輩だった。

 そしてフィクアリー。

 学院でも類を見ないほどの謎な魔法を持ち、どこか気だるげで、面倒事を嫌っていた少女。

 その三人は――もう、この教室にはいない。

 卒業したのだ。

「……寂しくなったな」

 アイランドがぽつりと言った。

「だな」

 天城も短く答える。

 窓の外では、新入生たちが教師に案内されながら歩いている。

 その中には、去年の自分たちと同じように、期待に胸を膨らませている者もいる。

「俺たちも、あんな感じだったのかね」

「お前はもっと騒がしかっただろ」

「おい」

「事実だろ」

「……否定できねぇ」

 二人は笑った。

 ――平和だった。

 少なくとも、表面上は。

 学院は以前と変わらない。

 授業があり、訓練があり、生徒たちが笑い、教師たちが怒鳴る。

 魔法学院の日常が戻ってきている。

 しかし。

 学院の外周には、以前より多くの警備兵が配置されていた。

 校舎の各所には魔力探知装置。

 重要区画には新たな結界。

 教師たちも、以前とは比べものにならないほど警戒している。

 学院で起きた一連の事件。

 そして、魔法に関わる危険な存在。

 それらが残した爪痕は、まだ消えていない。

 平穏は戻った。

 だが――

 警戒を解くことはできなかった。

「……まだ厳戒態勢なんだな」

 天城が窓の外を見る。

「ああ」

 アイランドも視線を向ける。

「まあ、仕方ねぇだろ。あれだけ色々あったんだから」

「そうだな」

 天城はそう答えた。

 その時。

「天城せんぱーい!」

 廊下から声がした。

 振り返る。

 そこにいたのは――

「神崎?」

 神崎おとだった。

 その後ろには、同じく今日から2年生になった生徒たち。

「おはようございます!」

「おはよう」

「先輩って呼ぶの、なんか変ですね」

「なんで?」

「だって、去年まで同級生みたいな感覚だったじゃないですか」

「……まあ、確かに」

 神崎は笑う。

「でも今日から天城先輩たちは3年生ですからね!」

「先輩……」

 その言葉を聞いて、天城は少しだけ苦笑した。

 自分が先輩。

 まだ実感がない。

 だが――

 廊下を歩く新入生たちが、こちらを見ている。

 そして、その視線には明らかに違いがあった。

 去年までとは違う。

 自分たちは、この学院で最も上の学年になった。

 それはつまり――

 後輩たちから見られる立場になったということだ。

「……なんか、責任重大だな」

 天城が呟く。

「今さら気づいたのかよ」

 アイランドが笑った。

「うるさい」

 神崎も笑う。

 その笑い声が、廊下に響く。

 いつも通りの学院。

 いつも通りの日常。

 けれど。

 天城は、ふと窓の外へ視線を向けた。

 学院の外。

 遠くに広がる街並み。

 そして、そのさらに先。

 何かが起こる気配など、今はない。

 それでも――

 天城には、なぜか妙な予感がしていた。

 平穏というものは。

 いつだって、永遠ではない。

「天城?」

「……いや、なんでもない」

 天城は窓から離れた。

「行こうぜ」

「おう!」

 アイランドが立ち上がる。

 神崎たちも後に続く。

 こうして――

 新たな一年が始まった。

 3年生となった天城理人たち。

 2年生となった神崎おとたち。

 そして、もう学院にはいない三人の先輩たち。

 それぞれの道へ進み始めた。

 魔法学院の日常は、再び動き始めていた。

 ――ただし。

 学院を包む警戒だけは、未だ解かれることなく。

 静かに。

 次の出来事を待ち続けていた。

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