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第89話 卒業式と解放の儀式

 三学期は。

 あっという間に終わった。

 理由は単純だった。

 やることがない。

 冬になると魔物の活動は減る。

 実習もほとんどない。

 授業内容も。

 三年生になるまでに必要な範囲は、すでに終わっている。

 そのため三学期の後半は。

 復習。

 自主研究。

 進路相談。

 そんな日々が続いていた。

 そして。

 卒業式の日。

 魔法学院の講堂。

 三年生たちが並んでいる。

 石破武。

 フィクアリー。

 アイザ・エレスト。

 その他、大勢の三年生。

 天城たち二年生は。

 後ろから先輩たちを見ていた。

 卒業証書が一人ずつ手渡されていく。

「石破武」

「はい」

「フィクアリー」

「はい」

「アイザ・エレスト」

「はい」

 全員が卒業証書を受け取る。

 そして。

 学院長の言葉。

 教師たちの言葉。

 最後に。

 三年生代表の挨拶。

 長い式が終わった。

 拍手が響く。

 これで。

 卒業。

 ――のはずだった。

「では」

 卒業生たちは別の場所へ案内された。

 学院の地下。

 普段は立入禁止となっている区画。

 そこには。

 巨大な魔法陣があった。

 床一面。

 いや。

 部屋そのものを覆い尽くすほど巨大な魔法陣。

 何千年も前から伝えられているという。

 その中央には。

 一人の巫女が立っていた。

「これから」

 巫女が静かに告げる。

「解放の儀式を行います」

 天城は思わず聞き返した。

「解放……?」

 近くにいた教師が説明する。

「固有能力を発現させるための儀式だ」

「卒業生は全員、この儀式を受ける」

「古代から伝わる方法でな」

 天城は巨大な魔法陣を見る。

(固有能力を……発現させる?)

 巫女が杖を掲げる。

 魔法陣が光った。

 複雑な術式が次々と起動する。

 光が卒業生たちを包む。

 そして。

 フィクアリーの身体が。

 一瞬だけ大きく震えた。

「……っ」

 しかし。

 何事もなかったように収まる。

「成功です」

 巫女が告げた。

 固有能力の発現。

 儀式自体は。

 順調だった。


 儀式の後。

 別室へ移動する。

 そこには巨大な機械が置かれていた。

「これは?」

 天城が尋ねる。

「固有能力の系統を調べる機械だ」

 教師が答える。

「血液を一滴垂らす」

「すると」

「血中のMPRNAから生成されるタンパク質を解析して、固有能力の系統を推定する」

「そんなことまで分かるんですか?」

「ああ」

「およそ三千年前から統計が蓄積されている」

「だから精度はかなり高い」

 機械の横には。

 いくつもの資料が並べられていた。

「ただし」

 教師が指を立てる。

「分かるのは系統だけだ」

「つまり漢字の部分」

「能力の本質――読みの部分までは分からない」

「発現した能力を実際に使ってみて」

「三か月ほど観察する」

「その後、役所へ申請して」

「正式な能力名が決まる」

「なるほど……」

 天城が頷く。

 最初に石破が検査を受ける。

 血液を一滴。

 機械へ垂らす。

「……」

 機械が動く。

 しかし。

「……?」

 画面に表示された文字が乱れる。

 エラー。

 再計算。

 再解析。

「なんだ?」

 役員たちがざわつく。

 しばらくして。

 結果が表示された。

 因果公理。

「……因果公理?」

 石破が画面を見る。

 役員の一人が困惑した。

「おそらく……」

「因果律に関係する系統だと思われます」

「ただ」

 機械の表示を確認する。

「タンパク質の一部に断片的な異常があります」

「突然変異……?」

 石破は腕を組んだ。

「なるほど」

「因果公理と」

「断片的な何かしらのタンパク質変異が組み合わさっている可能性があるな」

「機械の方に不具合がある可能性もあります」

「後で再検査しておきます」

 石破は頷いた。


 次。

「アイザ・エレスト」

「はい」

 アイザが前へ出る。

 血液を一滴。

 機械へ垂らす。

 数秒後。

 結果が表示された。

 坤輿歪律。

「……」

 周囲がざわめく。

「珍しい系統だな」

「聞いたことがない」

 アイザは表示をじっと見る。

「これが……私の固有能力」

 まだ。

 読み方は分からない。

 しかし。

 確かに。

 何かが発現した。


 そして。

「フィクアリー」

「……はい」

 フィクアリーが前へ出る。

 天城は少し緊張しながら見守る。

 フィクアリーは。

 機械へ血を一滴垂らした。

 機械が起動する。

 数字が動く。

 解析が始まる。

 ――数秒。

 ――十秒。

 ――三十秒。

「……?」

 表示が。

 出ない。

 機械は動いている。

 しかし。

 結果だけが出てこない。

「故障ですか?」

 役員が機械を確認する。

 再起動。

 再解析。

 もう一度。

 フィクアリーの血液を確認する。

 しかし。

 何も表示されない。

「……」

 フィクアリーは黙っている。

「フィクアリーさん」

 役員が尋ねた。

「確認しますが」

「魔法は使えますか?」

「……」

 フィクアリーは少し考える。

「使えます」

「では」

「何か一つ、使ってみてください」

「……分かりました」

 フィクアリーが手を前へ出す。

「水泡」

 いつものように。

 魔方陣を描く。

 魔力を集める。

 水が生まれる。

 膜が形成される。

 そして。

 ――。

 消えた。

「……?」

 フィクアリーが目を見開く。

「もう一度」

 手を動かす。

「水泡」

 魔力を込める。

 しかし。

 水泡は。

 形にならない。

 ただ。

 わずかな水が落ちた。

「……」

 フィクアリーは。

 もう一度。

「水泡」

 何も起こらない。

 静寂。

 天城が立ち上がりそうになる。

「フィクアリー……?」

 フィクアリーは自分の手を見る。

「……なんで」

 役員が困惑する。

「魔力反応が……」

 機械を見る。

 そして。

 フィクアリーを見る。

「魔法が使えない?」

「……」

 フィクアリーは答えない。

 ただ。

 何度も手を動かす。

「水泡」

「……」

「水泡」

 何も起こらない。

 あれほど簡単に。

 異常なほど自由自在に操っていた魔法。

 その代表。

 《水泡》。

 それが。

 今は。

 発動しない。

 フィクアリーは。

 自分の手を見つめた。

「……どうして」

 誰にも。

 答えられなかった。

 しばらくして。

 卒業手続きが進められた。

 フィクアリーは。

 正式に。

 魔法学院を卒業した。

 けれど。

 彼女の手元に残ったのは。

 卒業証書だけだった。

 魔法は。

 戻ってこなかった。

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