第87話 筋肉は裏切らない
放課後。
魔法学院の設備棟。
その一角には、生徒なら誰でも利用できるトレーニングジムがある。
「……ここか」
天城は扉を開けた。
中には大量のトレーニング器具。
魔導式の負荷調整装置。
筋力測定器。
そして。
「おう、天城」
アイランド・アームストロングがいた。
すでにトレーニングウェア姿。
巨大な身体を軽く動かしながら、何やら粉末を水に溶かしている。
「何それ?」
「これか?」
アイランドが容器を振る。
「プロテインとクレアチン」
「……クレアチン?」
「ああ」
「魔力にも関係あるの?」
「多少な」
アイランドは平然と答える。
「筋肉が使うエネルギーを素早く補充する」
天城が少し考える。
「つまりATPの合成が速くなる……」
「そういうこと」
アイランドは一気に飲み干す。
「あと、MTPにも多少影響するらしい」
「MTPにも!?」
天城が目を見開く。
MTP。
マリョノシン三リン酸。
魔法を使うためのエネルギー源。
「魔法使い向けの栄養学もあるんだな……」
「俺は詳しくない」
アイランドは立ち上がった。
「ただ、強くなるなら使う」
「単純だな……」
「筋肉は裏切らない」
「その理屈で全部片付けるなよ」
アイランドはベンチプレスの台へ向かった。
そして。
重りを確認する。
「アップするか」
「それがアップなの?」
天城が目を疑う。
セットされていた重量。
800kg。
「……800?」
「うん」
「キロ?」
「キロ」
「アップで?」
「アップ」
天城はしばらく黙った。
「……人間?」
「たぶん」
アイランドがベンチへ寝転がる。
両手でバーベルを掴む。
そして。
持ち上げる。
ガシャン。
巨大な重量が。
まるで軽い棒のように上がった。
ゆっくり。
一回。
二回。
三回。
四回。
五回。
「……」
天城は何も言えなかった。
アイランドはそのままバーベルを戻す。
ガシャン。
「よし」
「……今のがアップ?」
「ああ」
「本番は?」
「まだ」
天城はジムの奥を見る。
そこには。
さらに巨大な重量を取り付けられる器具が並んでいた。
「……俺、帰っていい?」
「なんで?」
「怖いから」
アイランドは笑った。
「大丈夫だって」
「何が?」
「筋肉は裏切らない」
「それ言いたいだけだろ!」
アイランドは再び器具へ向かう。
天城はその背中を見ながら思った。
(魔法学院って……)
(本当にいろんな奴がいるな)
魔法を科学で考える天才。
数学を魔法にする男。
そして。
筋肉だけで800kgを持ち上げる男。
天城は小さく息を吐いた。
「……俺も鍛えようかな」
アイランドが振り返る。
「いいぞ」
「教えてくれる?」
「ああ」
「じゃあ今日は――」
「まずスクワット100回」
「多い!」
ジムに天城の声が響いた。
そして。
新学期最初の放課後は。
筋肉によって幕を開けた。




