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第83話 おじゃましま~す

 冬休み。

 クリスマス会から数日後。

 フィクアリーは、とある家の前に立っていた。

「……ここ?」

 目の前にあるのは、比較的大きな一軒家。

 表札には、

 神埼

 と書かれている。

「おじゃましま~す……」

 フィクアリーがインターホンを押す。

 少しして。

「はーい!」

 扉が開いた。

「先輩!」

 神埼おとが顔を出す。

「いらっしゃい!」

「……お邪魔します」

「どうぞどうぞ!」

 フィクアリーは靴を脱ぎ、家の中へ入る。

「本当に来てくれたんですね!」

「うん」

「冬休み中、ここにいていいって兄に聞いたので」

「……そう」

 神埼おとが笑う。

「家に一人でいるより、こっちのほうがいいでしょ?」

「うん」

 フィクアリーは小さく頷いた。

「それに」

 おとが続ける。

「一緒に魔法を研究できますし!」

「それも楽しみ」

「ですよね!」

 二人はそのままリビングへ向かう。

 テーブルの上には、何冊もの本が積まれていた。

「……すごい」

 フィクアリーが目を丸くする。

「昨日からずっと調べてるんです」

「ムンドゥ?」

「はい」

 机の上には魔法史の本。

 古い伝記。

 論文。

 魔法理論の資料。

 その中心にあるのは。

 ムンドゥ・リスグラージュ

 の名前だった。

「でも……」

 おとが本を閉じる。

「全然分かりません」

「うん」

 フィクアリーも頷く。

「抽象的すぎる」

 伝記に書かれているのは、断片的な言葉ばかり。

 波。

 世界。

 極微。

 存在。

 法則。

 どれも具体的な魔法理論として説明されているわけではない。

「『波を変える』って言われても」

 おとが頭を抱える。

「何の波をどう変えるのか書いてないんですよね」

「うん」

「先輩はどう思います?」

「……」

 フィクアリーは本を見る。

「私が見てるのと似てるのかもしれない」

「やっぱりそう思います?」

「でも」

 フィクアリーはページをめくる。

「私にも分からない」

「ですよね……」

 二人はしばらく本を眺めた。

 その時。

「ムンドゥについて調べてるのか?」

 後ろから声がした。

 二人が振り返る。

「お兄ちゃん」

 神埼信之だった。

「お邪魔してます」

 フィクアリーが頭を下げる。

「いらっしゃい」

 神埼信之は二人の前に置かれた本を見る。

「なるほど」

「何か知ってるんですか?」

 おとが尋ねる。

「少しだけ」

 信之は椅子に座った。

「ムンドゥ・リスグラージュ」

「彼の固有能力は、かなり特殊だったらしい」

「『極微界律』」

 その名前を聞いて、フィクアリーが顔を上げる。

「極微界律……」

「そう」

 信之は続ける。

「現代魔法では扱えないほど、小さな世界を対象にした固有能力だったと言われている」

「どのくらい?」

「詳しいことは分かっていない」

 信之は首を横に振る。

「ただ」

「その極小の世界では」

「現実世界の常識が、そのまま通用しなかったらしい」

「……」

 フィクアリーは黙って聞いている。

「現代魔法では当たり前だと思われている法則が」

「その世界では違って見える」

「そんな記述が残っている」

 おとが本を見る。

「じゃあ……」

「ムンドゥは、その小さな世界を見ていたんですか?」

「おそらくな」

「……」

 フィクアリーは自分の手を見る。

「私が見てる波も」

「何か関係あるのかな」

「可能性はある」

 信之が答える。

「でも」

「それだけでは何とも言えない」

 フィクアリーは頷いた。

「……そっか」

 少し沈黙が流れる。

 そして。

 フィクアリーがふと顔を上げた。

「神埼さん」

「はい?」

「固有能力って」

「どういうものなの?」

 信之が少し考える。

「そうだな……」

「説明するのは難しい」

「普通の魔法とは違う」

「違う?」

「ああ」

 信之は自分の右手を見る。

「固有能力を使う時には」

「二つの感覚がある」

「二つ?」

「一つは、魔法に近い感覚だ」

「自分の意思で力を使う感覚」

「もう一つは……」

 信之が言葉を選ぶ。

「何かを感じ取る感覚だ」

「感じ取る?」

「そう」

「目で見るとか」

「耳で聞くとか」

「そういう普通の感覚とは少し違う」

「まるで」

「自分の身体に、見えない感覚器官が増えたみたいな感じだ」

 フィクアリーが興味深そうに聞いている。

「……見えないものを感じる?」

「そういう感じだ」

「お兄ちゃんの固有能力も?」

「ああ」

 信之は頷く。

「俺の場合は」

「熱力学に関する何かを感じ取る」

「熱力学?」

「そう」

「普通に考えれば成立しないような」

「現実世界の常識では説明できない法則を」

「感覚として捉えられる」

 フィクアリーは黙って聞いていた。

「だから俺は」

「その感覚を頼りに魔法を作ることがある」

「……」

 フィクアリーの目が輝く。

「それって」

「私と似てる?」

「どうだろうな」

 信之は笑う。

「俺には、フィクアリーの見ているものは分からない」

「でも」

「お前が言っていた」

 信之がフィクアリーを見る。

「『魔力は色』」

「『現象は波』」

「それは確かに普通の魔法使いとは違う」

「……」

 フィクアリーは少し嬉しそうだった。

「じゃあ」

 おとが本を持ち上げる。

「もっと調べれば、ムンドゥの見ていたものが分かるかもしれませんね!」

「ああ」

 信之が頷く。

「ただし」

「ムンドゥについて詳しく書かれた資料は、ほとんど一般公開されていない」

「え?」

「理由は簡単だ」

 信之は少し苦笑する。

「危険だからだ」

「……」

「ムンドゥの固有能力については」

「国が保護している文書もある」

「一般人は閲覧できない」

 おとが目を丸くする。

「じゃあ……」

 信之が立ち上がる。

「明日」

「俺と一緒に来るか?」

「え?」

「国の図書館」

「ムンドゥ・リスグラージュの固有能力について記録された文書がある」

「俺なら閲覧できる」

 副隊長。

 その立場だからこそ。

 一般には公開されていない資料を見ることができる。

「本当ですか!?」

 おとの目が輝く。

「行きたい!」

 フィクアリーも頷いた。

「私も」

「よし」

 信之が笑う。

「じゃあ決まりだ」

 おとは嬉しそうに本を閉じた。

「明日、楽しみですね!」

「うん」

 フィクアリーも頷く。

 机の上には。

 ムンドゥ・リスグラージュについて書かれた古い伝記。

 その表紙には。

 小さく。

 『極微界律』

 という文字が刻まれていた。

 まだ。

 三人は知らない。

 その固有能力が。

 現代の魔法理論では説明できないほど、異質なものであることを。

 そして。

 その記録が。

 フィクアリーの見ている「世界」を知るための。

 最初の手掛かりになることを。

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