第81話 カフェテリア
ダンジョン実習の翌日。
学院のカフェテリア。
昼休みということもあり、多くの生徒で賑わっていた。
その隅。
一人で昼食を食べている少女がいた。
フィクアリー。
三年生。
いつも通り、一人だった。
「……」
目の前には定食。
白米。
焼き魚。
味噌汁。
野菜。
一般的な学院の定食だ。
しかし。
フィクアリーが食べている量は、あまりにも少ない。
「……」
一口。
また一口。
それだけ。
周囲の生徒が見れば、
「それで足りるのか?」
と心配になるほどだった。
本人は気にしていない。
淡々と食べている。
そこへ。
「……あの」
「?」
フィクアリーが顔を上げる。
一人の少女が立っていた。
制服を見る限り、一年生。
黒髪の少女。
神埼おと。
「ここ、座ってもいいですか?」
「……うん」
神埼は向かいの席へ座った。
「ありがとうございます」
「……」
「……」
しばらく沈黙。
フィクアリーは食事を続ける。
神埼はそんなフィクアリーを見ていた。
「フィクアリー先輩ですよね?」
「そうだけど」
「魔法大祭で見ました」
「ああ……」
フィクアリーは少し考える。
「一年生の……神埼さん?」
「はい」
神埼おとは。
魔法大祭のトーナメントにも出場していた。
石破武と対戦し、敗北。
フィクアリーと直接戦ったことはない。
互いに顔と名前を知っている。
その程度の関係だった。
「覚えててくれたんですね」
「うん」
「よかった」
神埼が笑う。
「私、先輩の魔法ってちょっと気になってたんです」
「……私の?」
「はい」
フィクアリーが首を傾げる。
「昨日、天城先輩から聞きました」
「天城から?」
「はい」
神埼は少し身を乗り出す。
「なんか……変な魔法を使ってるって」
「……」
フィクアリーが少しむっとする。
「変じゃないよ」
「ご、ごめんなさい」
「普通の魔法も使えるし」
「それは知ってます」
神埼が慌てて付け加える。
「魔法大祭でも見ました」
「……」
「でも、天城くんから聞いた話だと」
神埼は少し考える。
「炎槍が途中で止まったり」
「風切羽が変な動きをしたり」
「……」
「それに、昨日のゴーレムではものすごい魔法を使ったって」
「水泡?」
「はい」
「……」
フィクアリーは少し考えた。
「普通だけど」
「普通……?」
「うん」
神埼が苦笑する。
「そこがよく分からないんです」
フィクアリーは箸を置いた。
「じゃあ」
「一つ聞いていい?」
「はい」
「神埼さんは、魔法をどうやって見てる?」
「……どうやって?」
「うん」
フィクアリーは自分の左手を見る。
「私の場合」
「魔力は色」
「現象は……」
少し考える。
「波」
「波?」
「音みたいな感じ」
「音……」
神埼の表情が変わった。
ほんの一瞬。
「……」
フィクアリーは気づかない。
「だから魔法を見るときは」
「色と波を見てる」
「それで魔法を作るの?」
「うん」
「……」
神埼は黙り込んだ。
「どうしたの?」
「いえ……」
神埼は少しだけ考える。
「昔、読んだ本を思い出したんです」
「本?」
「魔法史の本です」
神埼は記憶を辿る。
「ムンドゥ・リスグラージュ」
その名前を聞いて、フィクアリーの目が少し開く。
「……皇帝と同じ時代の人?」
「そうです」
「防御貫通魔法の使い手」
「魔力量が少なかったっていう」
「うん」
二人とも知っている。
魔法史の授業で習った人物。
覇皇。
エボルド。
ジェニス。
そして。
ムンドゥ・リスグラージュ。
歴史上でも特に異質な魔法使いの一人。
神埼は続ける。
「伝記に、こんな言葉があったんです」
「……」
「『全ては波のような性質を持つ』」
フィクアリーが静かに聞いている。
「『波を変えることによって、物質だろうと現象だろうと自在に操れる』」
「……」
「昔は、ただの哲学的な言葉だと思ってました」
神埼はフィクアリーを見る。
「でも」
「先輩の話を聞いたら」
「少しだけ意味が分かった気がします」
フィクアリーは首を傾げる。
「……そう?」
「はい」
神埼が笑う。
「私も魔法を作るのが好きなんです」
「だから」
「一緒に魔法を作ってみませんか?」
「……私と?」
「はい」
フィクアリーは少し驚いた。
普段。
魔法について話せる相手は、ほとんどいない。
天城は魔法を理論から考える。
石破は魔法を構築する能力に長けている。
だが。
自分と同じような見方をする人間はいなかった。
「……いいよ」
フィクアリーが答える。
「本当ですか?」
「うん」
「やった!」
神埼が嬉しそうに笑う。
その時。
「フィクアリー!」
遠くから声がした。
二人が振り向く。
天城だった。
「ここにいたのか」
「天城くん」
「神埼さんも」
天城は二人を見る。
「何してるんだ?」
「先輩と魔法を作ることになりました!」
「……え?」
天城が目を丸くする。
「フィクアリーと?」
「はい」
「……」
天城は少し考える。
そして。
「まあ、いいか」
「なんでそんな反応なの?」
「いや」
天城は苦笑した。
「フィクアリーの魔法、俺には意味分からないこと多いから」
「……」
「神埼さんなら、何か分かるかもしれない」
「私も分からないですよ?」
「それでも」
天城は笑った。
「二人とも変な魔法を作るから、相性いいんじゃないか?」
「変じゃない!」
「変じゃないです!」
二人の声が重なる。
「……」
天城が吹き出す。
「そこだけ息ぴったりだな」
フィクアリーと神埼は顔を見合わせる。
そして。
二人とも少し笑った。
カフェテリアの喧騒の中。
小さな魔法研究の始まりだった。
この時。
二人はまだ知らない。
自分たちがこれから作ろうとしている魔法が。
既存の魔法理論から、大きく外れたものになることを。
そして。
フィクアリー自身がまだ知らない。
自分が見ている「波」という世界が。
魔法の本質へと繋がる、遥か昔から存在していた考え方だということを。




