第77話 疑問
魔法開発実践。
二学期になって始まったこの授業では、教室中で様々な計算が行われていた。
「魔力出力……36」
「じゃあ、こっちの術式に12……」
「いや、それだと範囲が広がりすぎる」
机の上には魔方陣。
その横には魔力の数値や、術式の計算式。
誰もが自分たちの魔法を完成させるために、必死になっていた。
天城も紙に数字を書き込んでいる。
「……ここが20で」
「ここに10を足して……」
アイランドは隣から覗き込んでいた。
「分かるのか?」
「一応な」
「すげぇな」
「お前も分かるだろ」
「俺は数字が苦手だ!」
「そういう問題か?」
二人がそんなやり取りをしている横で。
「……」
フィクアリーも必死に計算していた。
紙いっぱいに数字を書き込んでいる。
「……」
「……」
天城がちらりとフィクアリーの紙を見る。
「ん?」
何かがおかしい。
「フィクアリー」
「なに?」
「その計算……」
「うん」
「合ってる?」
「もちろん」
フィクアリーは自信満々に頷いた。
天城はもう一度、紙を見る。
そこには。
100MP=10MP+10MP
と書かれていた。
「…………」
「…………」
天城が固まる。
アイランドも紙を覗き込む。
「…………」
「…………」
アイランドが首を傾げた。
「これ……違うよな?」
「うん」
天城が即答する。
「全然違う」
「だよな!」
アイランドが安心したように頷く。
フィクアリーは二人を見た。
「……え?」
「いや、え?じゃないだろ」
天城が指を差す。
「10足す10は20だろ」
「……」
「10じゃない」
「……あ」
フィクアリーの顔が固まった。
「…………」
「…………」
「…………」
数秒の沈黙。
「……間違えた」
フィクアリーが小さく呟いた。
天城とアイランドは顔を見合わせる。
そして。
「ぷっ……」
「ふっ……」
二人とも吹き出した。
「ちょっと!」
「いや、ごめん」
天城は笑いを堪えながら謝る。
「だって……」
「こんな計算で間違えるとは思わないだろ」
「……」
フィクアリーは頬を膨らませる。
「私だって間違えることくらいある」
「そりゃそうだけど」
「笑わないで」
「悪かったって」
アイランドも笑いながら頭を掻く。
「いや、俺でも分かるぞ」
「アイランドまで!」
「ごめん!」
その時だった。
「フィクアリー」
低い声が響く。
三人が振り向く。
Mr.ジャーマンが立っていた。
「これは何だ?」
「……」
フィクアリーが紙を見る。
「計算です」
「それは見れば分かる」
ジャーマンは額に手を当てた。
「100MPが10MPと10MPになるわけがないだろう」
「……はい」
「魔法開発で最も基本的な部分だぞ」
「はい……」
「君は魔法の構築以前に、計算を見直しなさい」
「……はい」
フィクアリーの肩が少し落ちる。
ジャーマンはため息をつきながら別の班へ向かっていった。
「……」
天城はフィクアリーを見る。
「まあ、誰でもミスはあるって」
「……うん」
「次は気をつければいい」
「……うん」
フィクアリーはもう一度、紙に向き直った。
だが。
その様子を見ていた人物が一人いた。
隣の班。
石破武。
先ほどまで魔方陣を書いていた手が止まっている。
「……」
石破はフィクアリーの紙を見つめていた。
笑ってはいない。
呆れてもいない。
ただ、真剣な表情で考えている。
「……おかしい」
小さく呟く。
鳴神が振り返る。
「何が?」
「いや……」
石破はもう一度、フィクアリーの計算を見る。
「なんでもない」
「そうですか?」
「ああ」
石破は自分の紙へ視線を戻す。
しかし。
頭から離れない。
100MP。
10MP。
10MP。
単純な計算。
魔法学院の生徒なら、誰でもできる。
ましてフィクアリーなら。
こんな初歩的な計算を間違えるとは考えにくい。
「……」
石破は静かにペンを置いた。
フィクアリーは再び計算を始めている。
天城とアイランドは、もう気にしていない。
ジャーマンも単純な計算ミスとして処理した。
それで終わり。
普通なら。
だが。
石破だけは。
なぜか、引っかかっていた。
「…………」
理由は分からない。
ただ。
何かがおかしい。
そんな小さな疑問だけが。
石破武の中に残った。




