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第76話 魔法開発実践Ⅱ

 二学期。

 魔法開発実践の授業。

 前回、神埼信之から教えられたのは、魔法を開発するうえで最も重要な三つの要素だった。

 威力。

 範囲。

 そして――制御。

 今日からは、その知識を実際の魔法開発へと落とし込んでいく。

「では、今日から実際に魔法を作ってもらいます」

 Mr.ジャーマンが教壇から告げる。

 生徒たちの間に、期待と緊張が走った。

「ただし、いきなり高度な魔法を作れとは言いません」

「まずは前回学んだ制御技術を利用して、自分たちで一つの魔法を完成させてください」

「重要なのは、威力ではありません」

「自分の意思で発動し、自分の意思で止められること」

 教室の前方に設置された魔法開発用の実習台。

 その上には、魔鉱石、魔力測定器、魔方陣作成用の紙などが並べられていた。

「それでは班ごとに始めてください」

 生徒たちは一斉に動き始めた。

 天城の班も実習台へ向かう。

 天城。

 フィクアリー。

 そして――アイランド。

 巨大な身体を持つ青年は、実習台の前で腕を組んだ。

「……」

「……」

「……」

 三人の間に沈黙が流れる。

「なあ」

 アイランドが口を開いた。

「何を作るんだ?」

「それを今から考えるんだろ」

 天城が答える。

「なるほど」

「分かったか?」

「全然分からん!」

「なんでだよ!」

 アイランドは豪快に笑った。

「俺、魔法を主体に戦わないからな!」

「基本的には身体強化して殴る!」

「魔法は補助!」

「だから魔法を作れって言われても、何を作ればいいのか分からん!」

「……まあ、確かに」

 天城も納得してしまう。

 アイランドにとって魔法とは、あくまで肉体を強化するための手段。

 魔法そのものを研究する必要性が、今まであまりなかったのだ。

「じゃあ、フィクアリーは?」

 天城が隣を見る。

「私は……」

 フィクアリーは実習台の魔鉱石を見つめる。

「普通の魔法なら、いくつか思いつくけど」

「じゃあ、それでいいんじゃないか?」

「でも……」

 フィクアリーは少し迷った。

「前回言われたように、制御まで考えるとなると……」

「魔方陣の構造から考えないといけない」

「そうだな」

 天城は魔法陣作成用の紙を一枚取った。

「基本的な魔法なら、理論を完全に理解していなくても使える」

「魔方陣が用意されているからな」

「でも、自分で作るなら話は別だ」

 天城は紙に線を引き始める。

「何が起きているのか分からなければ、魔方陣そのものを作れない」

「さらに、発動後の魔力の流れまで理解していないと制御もできない」

「つまり――」

「魔法を作るには、魔法そのものを理解しないといけない」

「そういうこと」

 フィクアリーは頷いた。

 しかし。

 天城の手元を見つめたまま、少しだけ眉を寄せる。

「……ねえ」

「ん?」

「天城は、何を作ろうとしてるの?」

「まだ決めてない」

「じゃあ、その線は?」

「これは魔力の流れを考えてるだけ」

「……」

 フィクアリーは紙を覗き込む。

 そこには複雑な線と数字が並んでいた。

「……これ、何?」

「魔力を一定方向へ流した場合の挙動」

「どうしてそうなるの?」

「エネルギーがこう動くから」

「……そのエネルギーって?」

「え?」

 天城が止まる。

「いや、エネルギーはエネルギーだろ」

「だから、その意味が分からないの」

「……?」

 天城も首を傾げる。

 二人の間に、微妙な沈黙が流れた。

「……まあ、いいや」

 天城は再び紙へ視線を戻す。

「とりあえず、現象を説明できれば魔方陣にはできる」

 天城は紙に図を書き始めた。

「例えば、炎を一定の温度で維持したいなら――」

「魔力を直接炎に変換するんじゃなくて」

「発生した炎の状態を観測して」

「その結果を魔方陣へ戻してやればいい」

「そうすれば、炎が強くなりすぎたら出力を下げられる」

「逆に弱くなれば出力を上げる」

 天城の手が止まらない。

「これなら自動的に制御できる」

「なるほど……」

 フィクアリーは頷こうとした。

 だが。

「……?」

 やはり分からない。

 天城が言っていること自体は理解できる。

 しかし。

 どうしてその考えに至ったのか。

 その途中にある理屈が、どうしても繋がらない。

「……」

 フィクアリーは少しだけ俯いた。

 一方。

 別の班では。

「この魔法なら面白くないか?」

 鳴神が魔方陣の案を描いていた。

「いや、それならこうしたほうがいい」

 煙道が横から意見を出す。

「そうすれば範囲を狭められる」

「でも威力が落ちるぞ」

「なら、ここを変えればいい」

「なるほど」

 二人の会話を聞きながら、石破武が紙を受け取る。

「……二人の案を組み合わせれば成立する」

 石破は迷いなく魔方陣を書き換えていく。

「ここは魔力の流入量を制御する」

「そしてここで拡散を抑える」

「これなら二人の考えを両立できる」

「おお!」

「さすが石破先輩!」

 三人の作業は驚くほど順調だった。

 鳴神と煙道が発想を出す。

 石破が理論として成立させる。

 役割が明確に分かれている。

 それは、一つの理想的なチームだった。

 そして天城の班では。

「できた」

 天城が顔を上げた。

 フィクアリーが覗き込む。

「もう?」

「ああ」

「……」

「どうした?」

「……分からない」

「え?」

「やっぱり、分からない」

 フィクアリーは魔方陣を見つめた。

「どうして、この形になるの?」

「さっき説明しただろ?」

「うん」

「じゃあ……」

「説明は分かるの」

「でも、その説明からどうしてこの魔方陣になるのかが分からない」

「……」

 天城は困った顔をした。

「そんなに難しいか?」

「……うん」

 フィクアリーは小さく頷いた。

 少しだけ悔しそうだった。

 魔法についてなら、自分のほうが詳しい。

 そう思っていた。

 少なくとも、これまで魔法で分からないことなどほとんどなかった。

 なのに。

 目の前にいる天城が考えていることだけは、どうしても理解できない。

「……私、もっと勉強しないと」

 フィクアリーが呟く。

「別にそこまで気にしなくても――」

「嫌」

 フィクアリーは顔を上げた。

「分からないままなのは嫌」

「……」

「ちゃんと理解したい」

 その目には、悔しさと負けず嫌いが混じっていた。

 天城は少しだけ笑う。

「じゃあ、一緒に考えるか」

「うん」

 フィクアリーも頷いた。

 その隣では。

「俺は何をすればいい?」

 アイランドが二人を見ながら尋ねる。

「……」

「……」

「魔力込めて」

「分かった!」

 アイランドが魔鉱石を握る。

「待て!」

 天城が慌てて止めた。

「まだ何も決まってない!」

「危なかったな!」

「お前が言うな!」

 実習室に笑い声が響く。

 やがて各班の魔法が完成していく。

 石破班の魔法も。

 フィクアリー班の魔法も。

 まだ小さな魔法だった。

 だが。

 それぞれの魔法には、それぞれの考え方が詰め込まれている。

 魔法とは、ただ魔力を放出する技術ではない。

 何が起きているのか。

 なぜ起きるのか。

 どうすれば制御できるのか。

 それを理解して初めて。

 自分だけの魔法を作ることができる。

 そして天城とフィクアリーはまだ知らない。

 二人が見ている魔法の世界は。

 同じものではなかった。

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