第70話 高等戦闘訓練
楽しかった夏休みは、あっという間に終わった。
二学期初日。
天城理人は新しい時間割を手に、実習棟へ向かっていた。
進路面談で決まった新たな授業。
高等戦闘訓練。
実戦を想定した上級者向けの授業である。
訓練場へ入ると、中央には高さ三メートルほどの巨大な岩が置かれていた。
表面には幾重にも魔法陣が刻まれ、淡い光を放っている。
生徒たちがざわめく。
「ただの岩じゃないな。」
「魔力がすごい……。」
その時。
訓練場の扉が勢いよく開いた。
黒い軍服姿の男がゆっくりと歩いてくる。
鋭い眼光。
歴戦の戦士のような雰囲気。
教室の空気が一瞬で張り詰めた。
「私が担当する。」
「黒崎だ。」
低く響く声。
誰一人として私語をする者はいない。
黒崎は岩の前へ立つ。
「今日の課題は単純だ。」
「この岩を破壊しろ。」
生徒たちは顔を見合わせた。
「ただし。」
黒崎は岩へ軽く触れる。
「この岩には防御結界、防御術式、衝撃吸収術式、魔力拡散術式など、実戦で使われる術式が複数組み込まれている。」
「生半可な攻撃では傷一つ付かん。」
天城は叡智の瞳を発動する。
(防御術式だけじゃない。)
(攻撃を受けるたびに魔力を逃がしてる……。)
(これじゃ普通の魔法じゃ届かない。)
黒崎は生徒たちを見渡した。
「戦場では敵が無防備とは限らない。」
「どれほど強力な魔法でも、防がれれば意味はない。」
「だからこの授業はある。」
「始めろ。」
最初の生徒が前へ出る。
「炎槍!」
巨大な炎が岩へ直撃する。
しかし。
何事もなかったかのように炎は霧散した。
「次。」
氷。
風。
雷。
爆発。
次々と魔法が放たれる。
それでも岩は微動だにしない。
「くそっ!」
「硬すぎる!」
順番は天城へ回ってきた。
天城は深呼吸する。
「天弓。」
鉄片が宙へ浮かぶ。
「雷轟。」
青白い電流が鉄片を包み込む。
「光の柱で貫きたまえ。」
轟音。
レールガンが音速を超えて岩へ突き刺さる。
しかし。
衝突した瞬間、衝撃は結界へ吸収される。
鉄片も勢いを失い、地面へ転がった。
「……駄目か。」
天城は唇を噛む。
叡智の瞳で解析しても、突破口が見えない。
結局。
全員が挑戦を終えた。
岩には小さな傷一つ付いていなかった。
黒崎は腕を組む。
「全滅か。」
誰も反論できない。
黒崎は岩を軽く叩いた。
「ちなみに。」
「去年、この岩を破壊した生徒が一人だけいる。」
訓練場がざわつく。
「一人だけ……?」
「そんな人いるのか?」
黒崎は静かに答えた。
「三年。」
「石破武。」
その名前に天城は目を見開いた。
「石破先輩……。」
「石破は、この岩へ触れた。」
「それだけだ。」
「次の瞬間。」
「岩は崩壊した。」
生徒たちは息を呑む。
「どうやって……?」
黒崎は続ける。
「防御術式は、奴の『lim→0』によって無効化された。」
「そして。」
「分子同士の結合を破壊する分解魔法で、岩そのものを崩壊させた。」
訓練場は静まり返る。
黒崎は生徒たちを鋭く見渡した。
「お前たちは威力ばかり求めている。」
「だが、本当に必要なのは突破する方法を考えることだ。」
「防御を壊せ。」
「術式を見抜け。」
「相手の弱点を探せ。」
「それが戦場で生き残る魔法使いだ。」
天城はもう一度岩を見る。
(威力じゃない。)
(突破方法……。)
(石破先輩なら、まず術式を攻略する。)
(僕も……そこまで考えられるようにならないと。)
黒崎は訓練終了を告げた。
「今日の課題は持ち帰れ。」
「次回までに、この岩を壊す方法を考えてこい。」
天城は岩を見つめながら、小さく拳を握り締めた。
強くなるために必要なのは、魔法の威力だけではない。
そのことを、この授業は教えてくれていた。




