第64話 後夜祭
魔法大祭、閉幕。
勝敗は決した。
だが学園の夜は、まだ終わらない。
校内には無数の屋台が並び、生徒たちの笑い声が夜空へ響いていた。
「おっ、この焼き鳥うまそうだ。」
石破武が屋台を覗き込む。
「先輩、甘いものもありますよ。」
神埼おとが隣を指差す。
「おじいちゃんは団子が食べたいのぉ。」
ニューゴン先生が笑いながら財布を取り出した。
「先生、それ絶対さっきも食べましたよね。」
天城理人が苦笑する。
「甘い物は別腹じゃ。」
四人は笑いながら屋台を歩く。
昼間まで命を懸けるような戦いをしていたとは思えないほど穏やかな時間だった。
少し歩いたところで、天城は隣を歩く石破へ視線を向ける。
「石破先輩。」
「ん?」
「今日の数学魔法なんですけど……。」
「どうしてあんなことができるんですか?」
石破は少しだけ笑った。
「気になるか。」
「はい。」
「理論は分かっても、僕には再現できませんでした。」
神埼おとも耳を傾ける。
「私も知りたいです。」
ニューゴン先生も静かに頷いた。
「わしも聞いてみたいのぉ。」
石破は少し考え、ゆっくりと話し始めた。
「私の数学魔法は、現代魔法だけではない。」
「古代魔法の一部を応用している。」
三人は顔を見合わせる。
「古代魔法?」
石破は屋台の机に置かれていた紙コップを一つ手に取った。
「例えば数学。」
「普通は現実世界を数学で説明していると思うだろう?」
三人は頷く。
「実際、多くの物理法則は数式で表せますから。」
天城が答える。
「そう。」
「だから多くの人は、『現実の中に数学がある』と考える。」
石破は首を横に振った。
「だが実際は違う。」
「数学という世界と、現実という世界は別々に存在している。」
天城の表情が変わる。
「……別々?」
「そして二つの世界は、一部しか重なっていない。」
石破は紙コップを二つ並べた。
少しだけ重ねる。
「この重なっている部分。」
「ここだけが現実で利用できる数学だ。」
神埼おとが首を傾げる。
「じゃあ……。」
「重なっていない部分は?」
石破は静かに答えた。
「普通は誰にも触れられない。」
「だが古代魔法には、その境界へ干渉する技術がある。」
天城は思わず前のめりになる。
「まさか……。」
「数学世界との重なりを増やしているんですか?」
石破は笑った。
「その通り。」
「数学世界との接点を一時的に広げる。」
「だから極限も、位相幾何学も、数学そのものを現実へ近づけられる。」
天城は黙り込む。
(理屈は分かる。)
(でも……。)
(どうやって?)
石破は苦笑した。
「ここから先は感覚だ。」
「古代魔法は理論だけでは再現できない。」
「感覚?」
「現実と数学世界が重なっていく感覚を掴む。」
「その感覚で術式を組む。」
天城は眉をひそめた。
「……分からないです。」
「正直、全然。」
神埼おとも頷く。
「私もです。」
「何となく言いたいことは分かるんですけど……。」
ニューゴン先生は腕を組んだ。
「わしも分からん。」
「現代物理魔法しか研究してこんかったからのぉ。」
三人の反応を見て石破は笑う。
「普通はそうなる。」
「現代魔法は現実世界の法則を利用する魔法だから。」
「火も、水も、雷も、重力も。」
「全部、現実に存在する法則を取り出して使っている。」
石破は夜空を見上げた。
「だが。」
「固有能力。」
「古代魔法。」
「神聖魔法。」
「それらは違う。」
「現実世界の外側から。」
「法則。」
「理。」
「理論。」
「そのものを持ち込んでいる。」
静寂が流れる。
天城は夜空を見上げた。
(現実の外側。)
(そんな世界が、本当にあるのか……。)
ニューゴン先生が笑う。
「理人。」
「また勉強することが増えたのぉ。」
天城も苦笑した。
「ですね。」
「でも。」
「面白くなってきました。」
石破は満足そうに頷く。
「それでいい。」
「魔法は、まだ誰も知らないことだらけだからな。」
四人は再び屋台の並ぶ道を歩き始めた。
祭りの賑わいは、まだしばらく続きそうだった。




