第58話 準々決勝③
準々決勝第三試合。
会場全体の空気が一変していた。
実況も興奮を隠せない。
「さぁ来ました!」
「今大会最大の注目カード!」
「学院最強の一角、三年・石破武!」
「対するはアスフェルダム王国第一王女! 三年・アイザ・エレスト!」
観客席から割れんばかりの歓声が響く。
国王も静かに腕を組み、娘を見つめていた。
「始め!」
開始の合図と同時。
石破の杖が僅かに光る。
「結合破壊。」
詠唱すらない。
一瞬で放たれた無属性魔法が一直線にアイザへ迫る。
「っ!」
アイザは紙の魔方陣へ魔力を流し、土壁を展開。
しかし次の瞬間。
ザァァッ……
巨大な土壁は、まるで砂浜の砂のように崩れ落ちた。
粉末となって風に舞う。
会場がどよめく。
「防御を……!」
「一瞬で!」
だが。
石破は眉をひそめた。
(浅い。)
(土壁は壊した。)
(でも、その先まで届いていない。)
土壁が崩壊した僅かな時間で、アイザは横へ回避していた。
「さすがですね、石破先輩。」
「君も。」
「今ので避けるか。」
二人は笑う。
次の瞬間。
アイザが一気に距離を取った。
複数枚の魔方陣が一斉に輝く。
炎。
土。
二つの属性が闘技場全体へ広がっていく。
地面は赤く焼け始め、熱気が渦を巻く。
「環境支配型魔法……!」
実況が叫ぶ。
「アイザ選手、自分に最も有利な戦場を作ります!」
炎はさらに勢いを増す。
赤。
橙。
黄色。
白。
そして。
青。
青白い炎が闘技場を包み込んだ。
客席まで熱風が押し寄せる。
「熱い!」
「ここまで温度が伝わるのか!」
理人も額の汗を拭う。
(この熱量……。)
(火魔法だけじゃない。)
(土魔法で酸素の流れまで制御してる。)
石破も流石に表情を引き締める。
「これは……まずいな。」
杖を静かに前へ向ける。
「なら。」
「――lim→0。」
その瞬間。
闘技場の空気が凍り付いた。
白い霧が地面を這う。
分子運動が極限まで抑制されていく。
絶対零度へ限りなく近付ける魔法。
しかし。
アイザの青い炎も勢いを緩めない。
熱と冷気。
二つの極限が激突する。
ジュウウウウッ!!
蒸気が空を覆い尽くす。
数秒後。
会場の気温は不思議なほど普通になっていた。
「相殺……!」
「熱も冷気も釣り合っている!」
実況も驚きを隠せない。
アイザは笑った。
「面白いですね。」
「ですが。」
「まだ終わりません。」
新たな紙へ魔力を流す。
「融解。」
地面から赤茶色の粉末が舞い上がる。
続いて銀色の粉末。
酸化鉄。
アルミニウム。
それらが石破の周囲へ降り注ぐ。
理人は叡智の瞳を発動した。
(鉄……。)
(アルミ……。)
(まさか。)
「燃えなさい。」
炎が触れた。
ゴォォォォォッ!!
眩い閃光。
凄まじい熱量。
テルミット反応。
通常の炎魔法とは比較にならない超高温が石破を飲み込む。
「石破先輩!」
理人が思わず立ち上がる。
しかし。
炎が消える。
石破は立っていた。
衣服すら焦げていない。
周囲には薄い結界。
極限まで演算された防御術式が、超高温そのものを遮断していた。
「……効かない。」
アイザが静かに息を吐く。
石破は杖をゆっくり構えた。
「終わりにしよう。」
その一言で会場が静まり返る。
「超越。」
世界が揺れた。
音が消える。
色が消える。
空間そのものが歪み始めた。
魔法陣が。
炎が。
土が。
全て崩れていく。
理人は叡智の瞳を発動する。
(解析……。)
(何だこれ。)
(術式が存在しない。)
(いや……。)
(理解できない。)
頭の中へ膨大な情報が流れ込む。
しかし。
一つも意味を結ばない。
「……読めない。」
理人は初めて叡智の瞳が完全に機能しない現象を目の当たりにした。
実況席でも解説者が息を呑む。
「石破選手の奥義、『超越』!」
「超越数を魔法理論へ応用した究極術式です!」
「通常の数では定義できない空間を一時的に発生させることで、周囲の魔法理論そのものを崩壊させています!」
「世界は即座に空間を再定義するため、生命や地形への被害は残りません!」
「しかし、その一瞬だけ相手の魔法は存在できなくなる!」
観客席が大歓声に包まれる。
「すげぇぇぇぇ!!」
「何だ今の!!」
「世界が歪んだぞ!」
アイザは静かに笑った。
紙の魔方陣。
炎。
土。
全て消えていた。
魔法を組み立てようとしても、術式そのものが成立しない。
目の前の男は、自分より一歩先へ進んでいる。
「……参りました。」
アイザは杖代わりの紙を下ろした。
「私の負けです。」
審判が旗を掲げる。
「勝者!」
「三年・石破武!!」
会場は今日一番の歓声に包まれた。
理人はなおも石破を見つめていた。
(超越数……。)
(世界を書き換える魔法……。)
(いや。)
(あれは、本当に魔法なのか……。)




