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第43話 固有能力Ⅲ

 二年生通常授業。

 教室の黒板には大きく教科名が書かれていた。

魔法生物学(応用)

 担当教師が教壇へ立つ。

「今日は昨日の続きです。」

「固有能力の発現機構について学びます。」

 理人はノートを開く。

 昨日聞いた"魔法ではない力"。

 その正体がどこまで科学で解明されているのか、興味が尽きなかった。

 教師は黒板へ一本のDNAを書いた。

「まず、人間を含む一部の魔物──つまり固有能力を持つ生物には、DNAの中に特殊な遺伝領域が存在します。」

「能力遺伝子ですか?」

「厳密には違います。」

「能力そのものではなく、能力を発現させるための遺伝領域です。」

 教師はDNAから一本の線を引いた。

「ここまでは普通の細胞と変わりません。」

「DNAは転写されます。」

 しかし、その先に新しい文字を書いた。

MPRNA

「通常のRNAは、リン酸・リボース・塩基で構成されています。」

 黒板に並べる。

A U G C

「一方、能力発現に用いられるMPRNAは、塩基の代わりに魔塩基を持ちます。」

 さらに四文字を書く。

Lレグニン

Sソンジン

Wワロス

Qクアシル

 理人は食い入るように黒板を見る。

「つまり、情報を記録する文字そのものが違う……。」

「その通り。」

 教師は頷いた。

「転写されたMPRNAは魔粗面小胞体へ運ばれ、その後マリョソームへ送られます。」

 黒板には細胞内の模式図が描かれる。

「マリョソームは翻訳を担当する細胞小器官です。」

「通常のリボソームに相当します。」

「ここにはマリョコドンとアンチマリョコドンが存在し、それらを読み取ることで特殊なタンパク質を合成します。」

「そのタンパク質が能力を発現させます。」

 理人が手を挙げた。

「先生。」

「そのタンパク質は何なんですか?」

 教師は静かに首を振る。

「現在も未解明です。」

「世界中で研究されていますが、構造すら完全には解析されていません。」

 教室がざわつく。

「では、なぜ普段は能力が勝手に発動しないのでしょうか。」

 教師はDNAの上に四角を書いた。

リプレッサー

「通常、この転写調節因子が能力遺伝領域へ結合しています。」

「そのためMPRNAは作られません。」

「では能力を使う時は?」

「脳からの交感神経です。」

 教師は人体の図を書く。

「能力を使用しようとすると、交感神経が全身へ信号を送ります。」

「すると体内を循環しているMTPとグルコースからエフェクターが生成されます。」

「そのエフェクターがアロステリック酵素であるリプレッサーへ結合し、構造を変化させます。」

「リプレッサーはDNAから外れ、能力遺伝領域の転写が始まる。」

 理人は頷いた。

「つまり、能力も遺伝子発現なんですね。」

「そうです。」

「魔法とは違いますが、生物学的には遺伝子発現の一種と考えられています。」

 一人の生徒が質問する。

「でも、どうして子どもは能力を使えないんですか?」

 教師は黒板へ脳下垂体を書いた。

「成人するまでは、脳下垂体から分泌されるホルモンがMTPとグルコースの結合能力を抑制しています。」

「そのためエフェクターが作れず、能力は発現できません。」

「つまり安全装置ですね。」

「その通り。」

「未成熟な身体で能力を発現させれば、生命維持に支障をきたす可能性があります。」

 理人は昨日の授業を思い出した。

「でも魔法は子どもでも使えますよね。」

「良い質問です。」

 教師は頷く。

「魔法は能力とは全く別系統です。」

「魔法は魔力回路を利用する技術であり、幼少期から訓練によって使用できます。」

「一方、固有能力は身体そのものを書き換える生理現象です。」

「そのため成人するまで発現しません。」

 さらに教師は続ける。

「例外が一つだけ存在します。」

 教室が静かになる。

「巫女による神聖魔法です。」

「神聖魔法には脳下垂体ホルモンの分泌を抑制し、さらに能力暴走を防ぐフィードバック調節ホルモンを生成する働きがあります。」

「つまり、本来なら成人まで封じられている能力を安全に発現できる状態を作り出しているのです。」

「どういう仕組みなんですか?」

「……分かっていません。」

 教師は苦笑した。

「神聖魔法は太古から伝わる魔法陣によって発動します。」

「現在でも世界中の研究機関が解析を進めていますが、その原理は完全な謎です。」

 チャイムが鳴る。

 理人はノートを閉じる。

(魔法は技術。)

(固有能力は生物学。)

(そして神聖魔法だけが、そのどちらにも当てはまらない。)

 世界はまだ、自分の知らない理で満ちている。

 その事実に、理人の探究心はさらに強く刺激されるのだった。

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