第40話 覇王
古代魔法の授業、二時間目。
先生は昨日と同じように黒板へ一人の名前を書いた。
ムンドゥ・リスグラージュ
「今日は、この人物について学びます。」
黒板には黒髪の青年が描かれた肖像画が映し出される。
「彼は後世、『覇王』と呼ばれました。」
理人が首を傾げる。
「皇帝じゃなくて、覇王?」
「ええ。」
「理由は彼の戦い方にあります。」
先生は一つの魔法陣を映し出した。
その中央には、大きく一文字。
『貫』
「ムンドゥ最大の武器は、防御貫通魔法。」
「どれほど強固な結界も、防御魔法も無視して対象へ到達する魔法です。」
教室がざわつく。
「そんな魔法があるんですか?」
「現在でも再現はされていません。」
「神話の記録にしか残っていない魔法です。」
先生は年表を指差した。
「興味深いことに。」
「勇者が活躍した時代から、およそ三百年後にムンドゥたちは誕生しています。」
「そのため研究者の間では二つの説があります。」
「一つ。」
「勇者本人から魔法を教わった。」
「もう一つ。」
「勇者の魔法を独自に再現した。」
「もし前者なら。」
先生は静かに言う。
「勇者は、その時代にも生きていたことになります。」
教室は静まり返った。
理人も思わず息をのむ。
先生は話を続ける。
「ムンドゥは防御貫通魔法だけではありません。」
「広域殲滅魔法にも長けていました。」
映像には、一人の魔法使いを中心に大地一面へ魔法陣が広がる様子が映し出される。
「記録では、一人で一国の軍勢を壊滅させたとも言われています。」
理人は思わず呟く。
「そんな魔力量があったんですか……。」
先生は首を横に振る。
「それが違うのです。」
黒板へ大きく書く。
平均以下の魔力量
教室がどよめく。
「え?」
「平均以下?」
「はい。」
「彼は決して魔力量に恵まれた人物ではありませんでした。」
「では、なぜそこまで戦えたのか。」
先生は一枚の鉱石を取り出す。
青く透き通る結晶。
「片魔岩です。」
理人は思わず身を乗り出す。
「彼は歴史上初めて、片魔岩を本格的な戦闘へ取り入れた人物だとされています。」
「魔力伝達効率を極限まで高めることで、自身の少ない魔力を無駄なく使い切ったのです。」
「さらに。」
「魔力制御技術も当時最高峰でした。」
「戦い続けても魔力が尽きない。」
「その姿は、底の見えない沼のようだったと記録されています。」
先生は少し笑う。
「戦闘では恐れられた彼ですが。」
映像が切り替わる。
犬を撫でる青年の姿。
「普段は比較的温厚で無口。」
「町で犬と遊んでいるところを住民に見られ、照れくさそうに立ち去ったという微笑ましい逸話も残っています。」
教室から笑いが起こる。
「かわいい……。」
先生も笑顔になる。
「さらに彼には、もう一つ有名な特徴があります。」
「彼は叡智の瞳を持っていませんでした。」
理人は驚く。
「それなのに?」
「一度見た魔法を、その場で再現してしまう。」
「才能だけで習得していたのです。」
先生は年表を開く。
「ムンドゥはエボルド・ビルシートとも一度会っています。」
「当時、それぞれの国を代表し、新しい魔法理論について議論した記録が残っています。」
「また、ジェニス・エレストとも一度だけ面会しています。」
「ジェニスが建国を進めていた頃、隣国の使者として派遣されたのがムンドゥでした。」
「その会談は非常に友好的だったと伝えられています。」
授業の終わり、先生は最後に付け加えた。
「現在でも。」
「ムンドゥ・リスグラージュは生きているという噂があります。」
理人は小さく笑う。
「神話の英雄はみんな不老不死なんですかね。」
先生も苦笑した。
「噂はあくまで噂です。」
「確かな証拠は、今のところ何一つ見つかっていません。」
鐘が鳴る。
理人はノートへ三人の名前を書いた。
エボルド・ビルシート
ジェニス・エレスト。
ムンドゥ・リスグラージュ。
神話時代を駆け抜けた英雄たち。
その足跡は、千年以上の時を越えた今もなお、人々の記憶の中で生き続けていた。




