第39話 皇帝
古代魔法の授業。
昨日の「龍種」の授業を終えたばかりだったが、先生は教壇へ立つと微笑んだ。
「今日は二時間続けて、一人の人物について話します。」
黒板へ一つの名前が書かれる。
ジェニス・エレスト
「昨日も少し名前が出ましたね。」
「神話時代を代表する英雄の一人です。」
理人はノートを開く。
「彼は『皇帝』と呼ばれていました。」
教室に一枚の古地図が映し出される。
そこには現在の王都や街は何一つ描かれていない。
「神話時代、この辺りは魔物が支配する未開の地でした。」
次に現在の地図へ切り替わる。
「そして、この国――アスフェルダム王国。」
「この国を築いた人物こそ、ジェニス・エレストです。」
教室がざわめく。
「国を作った人だったのか……。」
「現在の国王も、その血を引く子孫だとされています。」
先生はさらに続けた。
「ジェニス最大の特徴は、圧倒的な魔力量。」
「そして、その魔力量を生かした超高火力魔法でした。」
スクリーンには巨大な火柱や隆起する大地の想像図が映し出される。
「主に土属性と火属性を得意とし、一人で戦場そのものを変えてしまうほどの力を持っていました。」
理人が手を挙げる。
「どのくらい強かったんですか?」
先生は苦笑しながら答える。
「有名な逸話があります。」
教室が静まる。
「国を建設する際。」
「彼は広大な森林や岩山を、一度の魔法で平地へ変えたと言われています。」
「えぇ!?」
一斉に驚きの声が上がる。
「もちろん神話時代の記録ですから誇張もあるでしょう。」
「しかし、複数の文献に同じ記述が残っていることから、何らかの大規模な地形改変を行った可能性は高いと考えられています。」
先生は肖像画を映した。
金色の髪に穏やかな笑みを浮かべる青年。
「彼が『皇帝』と呼ばれた理由は、国を作ったからだけではありません。」
「圧倒的な強さ。」
「人を惹きつけるカリスマ。」
「優れた戦闘センス。」
「どんな激戦から帰還しても、服に埃一つ付いていなかった。」
「そんな逸話まで残っています。」
理人は思わず笑う。
「本当にそんな人いたんですか。」
「少なくとも、人々はそう信じていたのでしょう。」
先生も笑みを浮かべる。
「しかし。」
「彼が慕われた最大の理由は強さではありません。」
映像が切り替わる。
困っている子どもへ魔法で橋を架ける姿。
干ばつの村へ水を引く姿。
崩れた家を修復する姿。
「困っている人がいれば必ず手を差し伸べた。」
「魔法は人を守るために使う。」
「それが彼の信念でした。」
教室は静まり返る。
「だからこそ民衆は彼を愛し、自ら皇帝と呼ぶようになったのです。」
先生は年表を開く。
「晩年も争いを好まず、国を次代へ託し、その生涯を静かに終えたと伝えられています。」
理人が再び質問する。
「昨日出てきたエボルド・ビルシートとは知り合いだったんですか?」
先生は首を横に振る。
「記録上では面識はありません。」
「一方で、ムンドゥ・リスグラージュとは、国を建設した頃に一度だけ会ったという記録が残っています。」
「その内容までは分かっていません。」
授業の終わり、先生は静かに締めくくった。
「歴史家の間では、ジェニス・エレストは歴代最強の勇者と並び称される存在として語られることがあります。」
「もっとも――」
先生は少し笑う。
「実際の勇者の力は、さらにその先にあったとも言われています。」
鐘が鳴る。
理人はノートを閉じながら呟いた。
「魔法で国を作った皇帝か……。」
神話の英雄たちは、どこか人間離れしている。
それでも、人々を救うために力を振るったという点だけは、今の魔法使いたちと変わらないのだと理人は感じていた。




