第36話 神の子
古代魔法の授業。
いつもなら実習室へ向かう時間だったが、この日は教室だった。
「今日は珍しく座学です。」
先生は黒板へ一人の人物の名前を書いた。
エボルド・ビルシート
その名前が現れた瞬間、教室の空気が少し変わる。
「今日は、魔法史において最も重要な人物を学びます。」
理人も自然と姿勢を正した。
「エボルド・ビルシート。」
「魔法の始祖と呼ばれる人物です。」
黒板には古い肖像画が映し出される。
長い銀髪に、穏やかな笑みを浮かべた青年。
「神話時代から現代まで生き続けているとされる唯一の人物。」
教室から驚きの声が上がる。
「そんなこと可能なんですか?」
先生は頷いた。
「本人によれば、特殊な若返りの魔法を使用しているとのことです。」
「その術式は現在も誰一人再現できていません。」
理人は肖像画を見つめる。
(神話時代から……。)
「エボルドは各地を巡り、人々へ魔法を教えました。」
「魔法理論を体系化し、現代魔法の基礎を築いた人物でもあります。」
先生は世界地図を映す。
各地には、エボルドが訪れたとされる場所が記されていた。
「彼がいなければ、現在の魔法文明は存在しなかったでしょう。」
「まさに人類最大の功労者です。」
すると一人の生徒が手を挙げた。
「先生。」
「エボルド様って今はどこにいるんですか?」
教室中が先生を見る。
「……それは分かっていません。」
先生は静かに答えた。
「約十年前を最後に、公の場から姿を消しました。」
「消息不明です。」
「世界中で捜索が続いていますが、現在も発見されていません。」
教室がざわつく。
「行方不明なのか……。」
「誰も知らないんだ。」
先生は話題を変えるように、もう一枚の絵を映した。
一本の剣を持つ人物。
白い外套をまとい、堂々と立っている。
「そして、もう一人。」
勇者
「神話時代に世界を救った英雄です。」
理人は映画『終焉の光』で見た姿を思い出した。
「勇者も神話の人物ですよね。」
「はい。」
「しかし、不思議なことに。」
「勇者も現在なお生存しているという伝承があります。」
「えっ?」
教室が一斉にざわめく。
「目撃情報も時々報告されます。」
「ですが、どれも決定的な証拠はありません。」
「伝説なのか。」
「本当に生きているのか。」
「現在も結論は出ていません。」
先生は黒板へ最後の言葉を書いた。
『神話は終わっていない。』
「古代魔法を学ぶ上で最も重要なのは、この考え方です。」
「神話は昔話ではありません。」
「今なお、この世界のどこかで続いている可能性があります。」
授業終了の鐘が鳴る。
理人は教科書を閉じながら、小さく呟いた。
「もし本当に生きているなら……。」
「いつか会える日が来るのかな。」
その疑問に答えられる者は、誰もいなかった。




