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第22話 真実

 研究室。

 床一面を埋め尽くす巨大な古代術式を前に、理人は最後の調整を終えていた。

 教授たちはその術式を見回し、誰も口を開かない。

 沈黙を破ったのは、古代魔法学を担当する老教師だった。

「……天城。」

「お前、この魔法は誰を参考にした?」

「誰も参考にしてません。」

「防御魔法が通じなかったので、自分で考えました。」

 教師は静かに頷く。

「そうか。」

 そして巨大な術式へ視線を向けた。

「だが、この魔法は……。」

「かつて魔王が使っていたとされる魔法によく似ている。」

 理人の手が止まる。

「魔王?」

「古代文献では『絶対防御』と呼ばれている。」

 教師は本棚から古びた文献を取り出した。

 ページはところどころ欠け、文字もかすれている。

「現存する資料は少ないが、そこにはこう記されている。」

 教師は読み上げる。

「『あらゆる魔法は王の前で力を失い、無へと還る』」

 理人は術式を見下ろした。

(魔法を分解して無効化する……。)

(考え方は同じだ。)

「先生。」

「魔王も……叡智の瞳を持っていたんですか?」

 教師は首を横に振る。

「いや。」

「叡智の瞳を持っていたのは……賢者だ。」

「え?」

 理人は思わず聞き返した。

「でも、この魔法は魔法式を見て、一瞬で解析しなければ成立しません。」

「普通の人間には無理です。」

「だから魔王も叡智の瞳を……。」

「違う。」

 教師はゆっくりと椅子へ座った。

「文献には、魔王と賢者は別人として記録されている。」

 理人は黙って耳を傾ける。

「絶対防御は、飛来する魔法の構造を瞬時に見抜き、最適な分解術式を選択して発動する技術だ。」

「魔法を知っているだけでは足りない。」

「発動した瞬間に判別しなければならない。」

「それができる者は、歴史上ほとんど存在しない。」

 教師は理人の左目を見た。

「しかし。」

「叡智の瞳があれば話は変わる。」

「魔法式そのものが見える。」

「魔力の流れも見える。」

「解析速度も飛躍的に上がる。」

「だからこそ、絶対防御のような魔法がようやく実用化できる可能性が生まれる。」

 理人は静かに左目へ触れた。

「じゃあ……。」

「マリーは。」

 教師は頷いた。

「あの子は賢者の血を受け継ぐ一族だった。」

「賢者の子孫?」

「そうだ。」

 教師は棚からもう一冊の資料を取り出す。

「賢者の血筋には、ごく稀に叡智の瞳が現れる。」

「しかし。」

「全員が開眼するわけではない。」

「特別な条件がある。」

「どんな条件なんです?」

「……分からない。」

 教師は苦笑した。

「研究は何百年も続いている。」

「だが、未だに解明されていない。」

「ただ一つだけ共通点がある。」

 教師の表情が真剣になる。

「開眼した者は全員、命を落としかねない極限状態を経験している。」

 理人は襲撃事件を思い出した。

 左目を失い、意識を失う寸前だったあの日。

「現在の研究では、生命の危機によって分泌される特殊なホルモン、あるいはそれに類する生体反応が引き金になっているのではないか、と考えられている。」

「もちろん仮説にすぎない。」

「証明はされていない。」

 理人は窓の外を見つめた。

 もし本当にそうなら。

 マリーもまた、命を懸けた末に叡智の瞳を手に入れたのだろう。

 そして、その瞳は今、自分の左目に宿っている。

「先生。」

「絶対防御を完成させたら……。」

 教師は小さく笑った。

「その時は、人類史上2人目になるかもしれんな。」

 研究室は静まり返る。

 理人は再び巨大な術式へ向き直った。

 これはただの防御魔法ではない。

 賢者の叡智と、自分自身の理論を融合させた、新たな魔法への第一歩だった。

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