第107話 鳴神&吉田
魔法大祭。
その一週間ほど前。
学院では、大会に向けた準備が進められていた。
そんな中。
王宮の一室では――
「……で?」
アイザが机に頬杖をついていた。
「なんで私はここにいるの?」
「魔法開発をするからです」
吉田風美が答える。
「それは分かるわ」
アイザはため息をついた。
「でも、元々今日は女子会じゃなかった?」
「そうだったんですけど」
吉田が隣を見る。
「鳴神が魔法開発したいって言うから」
「……?」
鳴神春香は、ぼーっと天井を見ていた。
「ふぇ?」
「聞いてなかったでしょ」
「聞いてたよ」
「絶対聞いてないじゃん」
「聞いてた」
「じゃあ何するの?」
「……魔法開発?」
「聞いてたんだ……」
吉田が呆れる。
その様子を。
部屋の隅から二人が眺めていた。
「……」
フィクアリー。
現在――無職。
魔法も使えない。
神崎家に居候中。
学院を卒業してからというもの、ほぼ何もせずに日々を過ごしている。
今日もクッキーを一枚持ったまま、ソファに座っていた。
その隣にはアイザ。
特隊所属となった彼女も、今日は珍しく仕事を離れている。
「フィクアリー」
「ん」
「あなた、さっきからずっと二人見てない?」
「見てる」
「……楽しい?」
「うん」
「即答なのね」
フィクアリーはクッキーをかじる。
「仲良い」
「まあ……そうね」
アイザも二人を見る。
吉田は魔法陣を組み立てている。
鳴神はその横で、ぼんやりと杖を眺めている。
「鳴神先輩」
「ん?」
「ここ、こうした方がいいと思います」
「……」
鳴神が魔法陣を見る。
「ほんとだ」
「先輩が作ったんですよ?」
「そうだった」
「忘れてたんですか!?」
「ふぇ……」
「ふぇじゃないですよ!」
吉田が頭を抱える。
しかし。
鳴神は気にした様子もなく、吉田の肩へ少し寄りかかった。
「風美」
「何ですか?」
「疲れた」
「まだ何もしてないじゃないですか」
「でも疲れた」
「……もう」
吉田は呆れながらも。
鳴神をそのままにしている。
むしろ。
少しだけ嬉しそうだった。
フィクアリーがじっと二人を見る。
「……」
「どうしたの?」
アイザが尋ねる。
「仲良い」
「さっきも言ってたわよ」
「もっと仲良い」
「……そうね」
アイザも少し笑った。
吉田と鳴神は。
本人たちは特に意識していない。
自然に。
当たり前のように。
距離が近い。
「先輩、魔力回路こっちです」
「うん」
「ここをこうして――」
「風美」
「はい?」
「手、貸して」
「……何に?」
「魔力調整」
「ああ……」
吉田が鳴神の手を握る。
「こうですか?」
「うん」
「……」
「……」
二人とも普通の顔。
フィクアリーがクッキーを食べる手を止めた。
「……」
「何?」
アイザが聞く。
「……いい」
「何が?」
「いい」
フィクアリーの表情が。
ほんの少し明るくなった。
卒業してから。
魔法も使えず。
仕事もなく。
何をしていいのか分からない。
そんな日々だった。
けれど。
こうして誰かが楽しそうにしているのを見ると。
少しだけ。
心が軽くなる。
「……ふふ」
フィクアリーが笑った。
アイザが目を丸くする。
「……笑った?」
「笑ってない」
「いや、今笑ったわよ」
「気のせい」
「珍しい」
「……」
フィクアリーは再びクッキーをかじった。
その頃。
吉田と鳴神の魔法開発は進んでいた。
「じゃあ、次は雷魔法」
鳴神が立ち上がる。
「はい」
「ちょっと離れて」
「分かりました」
吉田が距離を取る。
鳴神が杖を構えた。
その表情が変わる。
先ほどまでのふわふわした雰囲気が消えた。
「……」
魔力が集まる。
空気が震える。
バチッ。
紫色の光が杖の先で弾けた。
「……!」
吉田が目を見開く。
「すごい……」
雷が走る。
しかし。
一般的な雷魔法とは明らかに違った。
魔力の流れが。
一定方向へ流れ続けていない。
「交流……?」
吉田が呟く。
鳴神が頷く。
「うん」
「これ、雷そのものを……?」
「流れを変えてる」
「……」
吉田は魔法陣を見る。
「これ、制御難しくないですか?」
「難しい」
「ですよね」
「三回失敗した」
「三回?」
「もっと」
「……」
鳴神が少し考える。
「十七回」
「めちゃくちゃ失敗してるじゃないですか!」
「でもできた」
「まあ……そうですけど」
吉田が笑う。
「先輩、やっぱり魔法のことになると凄いですよね」
「そう?」
「そうですよ」
「ふぇ……」
「そこで照れないでください」
鳴神が少し笑った。
そして。
「風美も凄いよ」
「……え?」
「去年よりずっと強くなった」
「……」
吉田の顔が少し赤くなる。
「そ、そういうの急に言わないでくださいよ」
「なんで?」
「なんでって……」
鳴神は本当に分かっていない。
「褒めただけ」
「……」
吉田は顔を背けた。
その様子を見ていたフィクアリーが。
「……」
小さく呟いた。
「付き合ってるみたい」
「えっ!?」
吉田が勢いよく振り返る。
「な、何言ってるんですか先輩!?」
「だって」
フィクアリーは二人を見る。
「仲良い」
「いや、それは……」
「恋人みたい」
「……っ!」
吉田の顔が一気に赤くなる。
「ち、違いますから!」
アイザが吹き出した。
「ふふっ……」
「アイザ先輩まで!」
「いや、だって……」
アイザは笑いながら二人を見る。
「あなたたち、かなり距離近いわよ?」
「……」
吉田が固まる。
そして。
「……先輩」
「ん?」
鳴神が首を傾げる。
「私たち、そんなに近いですか?」
「うん」
「そうなんだ」
「いや、そこで納得しないでください!」
「でも」
鳴神が吉田を見る。
「風美の隣、落ち着く」
「――」
吉田の顔が真っ赤になる。
「……先輩」
「ん?」
「そういうこと……普通に言うのやめてください……」
「なんで?」
「恥ずかしいからです!」
「じゃあ」
鳴神が少し考える。
「小声で言う?」
「そういう問題じゃないです!」
フィクアリーが。
「……」
また笑った。
アイザも。
「これはいいわね」
「アイザ先輩まで!?」
吉田が頭を抱える。
「もう……!」
しかし。
鳴神はそんな吉田の隣へ座る。
「風美」
「……何ですか」
「顔赤い」
「誰のせいですか!」
「私?」
「先輩です!」
「そっか」
鳴神は笑う。
そして。
何でもないことのように。
吉田の肩へ頭を乗せた。
「じゃあ、もう少しここにいる」
「……!」
吉田は固まる。
「……先輩」
「ん?」
「近いです」
「嫌?」
「……」
吉田はしばらく黙って。
「……嫌とは言ってません」
「じゃあいいね」
「……もう」
フィクアリーがクッキーを食べる。
「……幸せ」
アイザも頷く。
「分かるわ」
「なんで二人とも見守る側なのよ……」
吉田は恥ずかしそうに顔を伏せる。
鳴神はそんな吉田を見て。
また笑った。
「風美」
「はい?」
「大会、頑張ろうね」
「……はい」
「勝とう」
「もちろん」
吉田が顔を上げる。
その目には。
先ほどまでの恥ずかしさとは違う。
強い意志が宿っていた。
「僕も、負けませんから」
「うん」
鳴神が頷く。
「私も」
そして。
二人は再び魔法陣へ向き合った。
その背後では。
「……」
「……」
アイザとフィクアリーが静かに二人を見守っている。
「フィクアリー」
「ん」
「最近、少し元気になった?」
「……うん」
「理由は?」
フィクアリーは少し考え。
二人を見た。
「……これ」
「これ?」
「二人」
そして。
小さく笑う。
「見てると、なんか楽しい」
「そう」
アイザも笑った。
魔法大祭まで。
あと一週間。
学院では。
それぞれの生徒が。
自分の魔法を磨いていた。
その一方で。
王宮では――
二人の少女が。
新たな魔法を作り続けていた。
そして。
その様子を見守る二人の卒業生も。
少しだけ。
笑顔を取り戻していた。




