宇宙九条の会 ――理念を本気で宇宙まで広げたら――
〔分類:① 平和主義・反戦/番外編・風刺〕
これは思考実験というより、ただの妄想である。
前章で私は、「九条の会 原理方針(試案)」という架空の文書を書いた。もし本当に、その理念を最後まで徹底しようとする団体が存在したなら、いったいどのような活動をするのだろうか。
少しだけ想像してみたい。
*会の概要
名称:宇宙九条の会(Article 9 Cosmic Society)
設立目的:日本国憲法第9条の理念を、地球上のみならず、観測可能宇宙のすべての知的生命体へ普及すること。
会報タイトル:『銀河非武装宣言』
(月刊。編集部の人手不足により、現在は隔月刊。)
モットー:
「戦争放棄に、光年の壁はない。」
〈主な活動内容〉
◆SETI観測データの平和利用
地球外知的生命体探査(SETI)が受信した電波データを毎号丹念に解析し、
「今月も軍縮を呼びかけるべき相手は発見されませんでした」
という活動報告を掲載し続けている。
会員からは、
「まず相手を見つけてから会を作るべきでは」
という意見も出ているが、事務局は一貫してこう答える。
「後手に回っては交渉できない。交渉できなければ平和は守れない。」
◆太陽系非武装化ロードマップ
火星、小惑星帯、木星の衛星群など、将来の宇宙開発を見据え、
「軍拡競争が始まる前に手を打つべきだ」
との立場から、太陽系全域の非武装化計画を策定。
もっとも、現時点では交渉相手が存在しないため、協議先の欄にはすべて
「該当なし(将来交渉予定)」
と記載されている。
◆年次総会・分科会
毎年の総会では、
「観測可能宇宙の外側にも平和理念は及ぶのか」
という分科会が恒例となっている。
観測できない領域へ理念を適用することの是非をめぐり、毎年熱心な議論が交わされるものの、観測できないため結論は出ない。
議事録には今年も昨年も、
「継続審議」
の四文字だけが静かに並んでいる。
◆異星文明との対話窓口
万一に備え、異星文明との対話担当者も置かれている。
これまで交渉実績はゼロである。
しかし担当者は胸を張って言う。
「実績がないということは、平和が維持されている証拠でもあります。」
◆一応の弁明
ここまで書いておいて何だが、私は九条そのものを笑いたいわけではない。
平和を望むことは、ごく自然で健全な願いである。
私が面白いと思うのは、理念を本当に「普遍原理」として扱ったとき、その射程はどこまで広がるのか、という点である。
もし人類共通の原理であるなら、日本だけでは終わらない。
世界へ広げるべきだろう。
もし世界共通の原理であるなら、地球だけでも終わらない。
知的生命体が存在するなら、宇宙へも広げるべきかもしれない。
そして、その論理をどこまでも押し進めると、「宇宙九条の会」という、少し滑稽な団体が姿を現す。
もちろん現実には、そのような運動は存在しない。
しかし、ここで描いた滑稽さは、宇宙を舞台にしたことから生まれているのではない。
理念だけが際限なく普遍化され、それを誰が、どこで、どのような責任とコストを負って実現するのかという問いが消えてしまったことから生まれているのである。
私はこれまで、国家とは文明供給装置であり、その維持には必ず誰かが「汚れ役」を引き受けなければならないと書いてきた。
理念は、その方向を示す羅針盤にはなり得る。
しかし、文明を維持する装置そのものにはならない。
どれほど美しい理念であっても、最後には「誰が引き受けるのか」という現実の問いへ戻ってこなければならない。
宇宙九条の会は実在しない。
だが、「理念さえ掲げれば現実は後からついてくる」と考えるなら、その思考は案外、地球の上でも宇宙の果てでも、大きくは変わらないのかもしれない。
【9条の会・原理方針】
①平和主義は普遍的であるべき
日本だけに軍縮を求めるのではなく、中国・ロシア・北朝鮮・米国など、軍事力を拡大するすべての国に軍縮を求めるべき。
②侵略国への働きかけを重視すべき
現実に軍事行動を起こしている国や軍拡を進める国に対し、抗議や市民運動、国際連携を積極的に行うことが、理念との整合性を高める。
③日本国内だけへの活動では片手落ちに見える
日本政府へのデモや反対運動は盛んでも、中国やロシアへの同規模・同頻度の働きかけは相対的に目立たないため、「日本だけを縛ろうとしている」という印象を与える。
④宇宙は普遍的に平和であるべき
平和主義は国家間のみならず、人類を超えたあらゆる知的存在および宇宙空間に適用されるべき普遍原理である。すべての惑星、恒星系、銀河間における軍備の縮小及び恒久的平和の実現を目指し、地球外文明に対しても不断の対話と軍縮を呼びかける。
⑤観測可能宇宙外への平和の拡大
観測可能宇宙外においても平和が実現されているとは断定できないことから、将来発見されるあらゆる宇宙領域に対しても軍縮及び恒久平和を求めるものとする。
⑨ 将来、異星文明との接触が確認された場合においても、軍縮と平和的対話を呼びかけるものとする。
結語:
真の平和は普遍原理である。ゆえに、その適用範囲は国家や民族、文明、惑星、銀河に限定されるものではない。平和は宇宙の果てに至るまで、さらには観測可能宇宙の外側においても等しく追求されなければならない。
普遍原理である以上、その適用範囲は無限に拡大可能である。
これは論理的帰結であり、疑いようのない真理である。




