能力
「で、僕のプリンはどこ?」
「‥‥は?」
予想もしない問いかけに階戸は絶句した。
隣にいるこいつは例の男ー─あの役立たず地図をよこした同僚、星刻朔だ。爽やかなルックスで物腰も柔らかいが、笑顔で理不尽を叩きつけてくるタイプ。俺の「上司に欲しくないランキング」では堂々の一位に君臨している。
「いや、あの状況で買いに行くわけないでしょ」
今は病院からの帰り道。自殺未遂の少年を受け止めた俺は無傷ではあったものの、念のため病院で検査を受ける羽目になり、こいつに迎えに来た貰ったという訳だ。
『自殺志願者(仮)を受け止めたので病院にいます』とチャットしたのに、到着して最初の一言目がこれなのか。階戸は呆れを通り越して脱力した。
「あの、それどころじゃなくてですね。」
「分かってるよ。検査結果だよね。」
上から落ちてきた人を受け止めたのだ。ほとんどの確率で死ぬ、良くても骨折くらいの怪我は確実にするだろう。しかし、俺の体に異常は無し。医師も看護師もドン引きどころか、医者が研究させてくれと拘束されかける始末。
「日頃の筋トレの成果でしょうか」
「楓筋トレしてるの僕見たこと無いけど?」
「でも俺かなり動ける方で」
「確かにスピードはあるけど、パワー系では無いよね。少なくとも買い物かご持ってヒイヒイ言うやつができる芸当ではないんじゃない」
「……」
鋭い指摘に何も言い返せなくなった階戸を満足げに見てにやにやしながら、星刻は続ける。
「それにしても楓の能力が無かったら今頃、君は実験体としてあの病院でありとあらゆる検査を受けさせられていたと思うと、、、やっぱり便利だねえそれ。」
この世界には、「異能」を持つものが少なからず存在する。しかし、その事実は公には公開されておらず、異能を持つ物は政府によってこの特殊部隊「INRB」へと配属させられる。情報が公にならないのは、記憶改竄系の能力者が手を回しているからだとか。こいつも俺もそのINRB一員で、能力を所持しているというわけだ。
そしてこいつの言う俺の能力ー『位階崩壊』は対象の心の中の「優先順位」を組み換える、所謂認知干渉系の異能だ。地味だが、これが以外と小回りが利く。例えば限定グッズの争奪戦でライバルの目当てを別の商品に逸らして目当ての物を確保したり、今回のように相手から俺自身の存在の優先度を下げることで、研究への興味を離散させて逃げる、なんてことも可能だ。
「採血とか絶対嫌だし、これ以上検査なんてごめんです」
「うんうん、プリンも買ってないし早く解放されないとだもんね」
「あんたの中のプリンの優先順位下げますよ」
隙あらば言い合いになる階戸と星刻の横で、ゆらっと影が動く。
「あ、あのー、、」
「「あ?」」
「いえ、、あのなんで俺も連れてこられてるんですか、、」
星刻と階戸は喧嘩のあらたな乱入者かとでも言いたげな顔で少年の方を同時に見る。
「あれ、君だれだっけ。迷子ならそこの交番に。」
「え。」
「いや、あんたが連れていくっていったんでしょ。」
連れてきた当の本人が「そうだっけ~」と首をかしげるのを完全に無視して階戸は少年に話しかけた。
「ごめんな、この脳みそお花畑が失礼で。」
「い、いえ。大丈夫です」
楓もさっきまでこの子を放置してたじゃん!と騒ぐ声をまたもや無視して階戸は続ける。
「俺は階戸楓。星刻…この後ろで騒いでる男が君を連れて行くとか急に言い出したから、俺のー」
続きをしゃべろうとして、階戸は言葉に詰まる。階戸の能力で皆の君への認識を下げて連れてきたなんて一般人に言うわけにはいかない。そもそも信じて貰えるかすら怪しい。
それを察した星刻が隣から助け船を出す。
「楓の能力で皆から君への興味を無くして連れ出してきちゃったの」
「そうそう、俺の能力で……は?」
助け船では無かった。
「ほ、星刻さん……それ言っちゃだめなやつ」
「そうだっけ~、じゃ忘れて~」
「無理に決まってるだろ!!なあ、、、あ」
少年の名前を呼ぼうとして、階戸は今更気がつく。
「君、名前まだ聞いてなかったね」
「……月黄泉有無です」
能力とは何なのか。そう聞き返したそうな少年の反応を楽しみながら、星刻は笑みを深める。
「月黄泉くん、そのままの意味さ。この世には『異能』をもつ者が居るんだ。存在は公にはされていないけれどね」
「説明になってません」
階戸の指摘を軽く躱しながら星刻は月黄泉を見つめる。
「これは僕の勘なんだけれど、君の存在が鍵な気がするんだよね。」
意味ありげに話す様子に苛つき、階戸は星刻に向かってかなり本気の蹴りを入れた。しかし星刻は蹴りに対し、怒るでも痛がるでもなく、「やっぱりね」とでも言いたげな表情を浮かべた。
「楓。今の蹴りって本気?」
「……それ、煽られたと受け取っていいんですか」
星刻は階戸のむき出しの怒りにも全く動じない。それどころか何らかの仮説が証明されたと言わんばかりの表情を崩さず、彼は無言で階戸を殴り飛ばした。
「いって……っ、何するんすか」
星刻は確信した。
「楓……君、痛いと言ったか?」
その言葉に俺の思考が凍る。
「ーあ。」
おかしな話だ。10階から落ちてきた月黄泉という少年を無痛、無傷で受け止めた俺がたかが人間の拳ごときを痛がる筈が無い。しかし今俺に走った衝撃は、紛れもなく痛みであった。これはあの時、階戸自身が強くなったのではなく何らかの能力が俺の体に干渉した事を明確に示していた。
「……星刻さんはこの原因がこいつ、、月黄泉だと考えてるってわけですか」
「さあね~、少なくとも関係があるんじゃないかな。」
星刻さんのこういう勘はかなり当たる。適当言っているように見えて、実は常に周りに思考を巡らせているのだろう。勘という言葉でごまかしているが、実際は理由があっての発言なのだろう。もしかしたら既に身体強化の答えにたどり着いているのかもしれない。
突如として始まった乱闘、かと思えば真剣な顔をして話始めた二人。その異様な様子に面食らい、少し離れた場所で棒立ちになっていた月黄泉が、ようやく我に返ったようにこちらへ歩きだしてきた。
それは、ほんの一瞬の出来事だった。
月黄泉が何をしようとしたのかは分からない。話に加わろうとしたのか、それともただ無意識にこちらに歩みを向けただけだったのか。
しかし彼が踏み出したその先、頭上からは巨大な鉄骨が落ちてきていた。
「危ないっ」
反射的に階戸は飛び出す。
こちらに月黄泉を引き寄せようと手を伸ばした瞬間、月黄泉と目が合う
月黄泉は、幸せそうな表情をしていた。
「(…っっっっっっ!)」
その異様な光景に一瞬判断が遅れる。鉄骨はもう目の前まで迫っている。
ー間に合わない
嫌な単語が頭に浮かぶ。このままじゃ死ぬ。さっき偶然とはいえ助けた命が今また、目の前で消えそうになっている。
「(こっちは二度もおまえのせいで死にかけて最悪だってのに、、あいつだけ幸せに死ぬなんてなんか許せねえ!)」
引っ張ることを諦め、こちらにタックルしてくる階戸に気がつき月黄泉は目を見開く。
「し、階戸さん何し」
「俺だけ死んで、生かされた絶望と罪悪感の中で生きろやこのクソ自殺志願者ア」
突き飛ばされた月黄泉は鉄骨の落下軌道から外れ、鉄骨の下には階戸だけが取り残される。
「俺の人生、こんなもんか…」
ガシャンという音と共に鉄骨はあっけなく階戸の上に落ちた。
「し、階戸さんっ、だ、大丈夫ですかっっっなんで俺をかばって、、」
庇われた怒りか、心配か分からない声で叫ぶ声が遠くに聞こえる。
「……………」
意識が段々と薄れていく。
「……………」
瞼が段々と重くなる。
「…………………」
……おかしい。多少意識が薄れていく感覚はあるが痛みが全くない。というかなんならだんだん意識がはっきりしてきたようにすら感じる。
「階戸さん、今鉄骨を寄せ…………え」
月黄泉のうるさい声がピタッと止まる。同時に鉛のように重かったはずの瞼が、嘘のようにすっと軽くなる。
「血が、、出てない、、、」
その言葉が呼び水となり、混濁していた意識が急速に覚醒し。目を開ける。
月黄泉の言葉は幻聴でも何でもなかった。いや、心のどこかでは意識を失いかけた時から感じていたのかもしれない。俺は完全に無傷で鉄骨の下敷きになっていた。
その光景を見て、星刻は満足そうな表情を浮かべながら二人の様子を眺めていた。
やっと異能力パートに入りました。




