86話
お会計を済ませて喫茶店という名の、ちょっとアレな捜査本部を出たあと。
俺はセイラが手配したマギ管の車に揺られていた。
向かう先は――
もちろん、灰原が何かを仕掛けようとしている富士の演習場だ。
灰原の目的に俺たちの誘き寄せも含まれていたとしても、行かない理由はない。
敵の罠に向かって飛び込むわけだ。
車内には緊張の糸が張り詰めている――わけでもなく。
「フィアちゃん、それダウト〜!」
セイラの明るく弾んだ声が車内に響く。
そして、スマホのトランプゲームアプリの画面に表示される“ダウト成功”の文字。
俺は愕然としながらその画面を眺めて悔しさのあまり、肩を震わせる。
最初は「ずっと張り詰めていても仕方がないからゲームでもしよっか〜」というセイラの言葉にそれもそうかと何となく始めたのだが……
「どうして、私ばっかり当てられるんだ……」
何故か自分が違う数字のカードを出した時、ほぼ必ずと言っていいほど見抜かれてしまう。
セイラ、琴音、エレナからの集中砲火を浴び、気がつけば既に八連敗。
窓ガラスの反射とかで画面を見られているのではないか?
そんな疑念の視線を水垢の一切ない綺麗な窓に向ける。
「ソフィはわかりやすいわよね」
三列目のシートから琴音の声が俺の背中に刺さる。
「ホントに〜、バレバレだよね〜」
「カードが無いときにジッと画面を見つめて違う数字のカードを盤面に出す時は少し右に揺れる」
違うカードを出す時の癖とか……
そんなの俺も知らない。
流石、元軍人の観察眼といったところなのだろうか?
思わずそう戦慄した時。
「おーい、マギ管の鴉羽から連絡が入っとんで」
俺の右腕のデバイスから、サポートAIにしては胡散臭いボイスが流れた。
「……繋いでくれる?」
「まー、ちょっと待ちや、嬢ちゃんに喋るな! 言われてからだいぶ経って……やっと……」
「あーはいはい」
一度、火がつくとマシンガンのように喋り出す俺のAI。
初めて魔法少女になったその日に喋らないでくれと頼んだ理由は煩いから。
という理由もあるのだが、それよりも一番の問題は――
「ひらかたって漢字で書いてよ」
「ん〜? ええで」
そして、デバイスから浮き上がるように表示される“平潟”という文字。
俺はそれを見て「あぁ……」という声を出しながら肩を落とす。
そう、コイツ、AIでありながらエセ関西弁の使い手なのだ。
「もうわかったから、早く鴉羽さんに繋いでくれる?」
「ガッテン承知の介!」
それは江戸っ子じゃないか……?
そんなツッコミを入れる気すら起きない。
そのとき。
『ちょっと、アイリス? 何で出ないのよ……』
琴音のデバイスから鴉羽さんの声が響いた。
どうやら俺のAIが中々繋がないことに痺れを切らしたらしい。
「いや……うちのAIが……」
「なんや、堪え性のないやっちゃな〜」
コイツ……
鴉羽さんに何てことを……
『……あら、随分と元気なAI、所有者には今度じっくりとお話しをする必要があるみたいね』
鴉羽さんの凍えるような冷たい声。
「喋らないように設定したはずなんですよ……」
『はぁ……まぁ良いわ、緊急事態発生よ。テレビをつけてちょうだい』
緊急事態。
鴉羽さんのその言葉に車内にいる人たちの表情が一気に引き締まる。
そして、助手席に座る垣守先輩が即座にカーナビをテレビに切り替える。
車内に流れ出すアナウンサーの切迫した声。
そして画面を取り囲む青いテロップには“魔物大量発生”の文字。
避難指示が出ている地域がずらりと流れている。
「富士の演習場ね、これ」
垣守先輩が険しい表情で画面を見つめながらそう呟く。
「これ……灰原が動いたってことでいいんですか?」
「おそらくね」
画面の中のアナウンサーはとても険しく、500体以上の魔物が一斉に山を下っていると伝えている。
とはいえ、出現場所は富士山の麓だ。
「おね……ゴホンっ……白鷺環のタレットである程度は対応できそうだけど……?」
鬱蒼した森林地帯だろう。
当然、白鷺さんの庭のど真ん中になるわけだが……
エレナの質問への回答はよくないものだった。
『タレットの攻撃を弾き返す未確認個体がいるのよ』
白鷺さんのあの圧倒的な物量の攻撃を弾き返す奴がいる。
その事実に先ほどまでの明るい空気は一変。
重苦しい沈黙と高速道路の高架橋の繋ぎ目を越えるガタンっという音だけが車内を満たす。
「早く富士に向かった方が良さそうね」
「……いや、待って」
垣守先輩が琴音の早く助けに行こうというセリフに思い詰めた表情で首を横に振る。
「何かあったんですか?」
「500以上の魔物が急に現れるなんておかしいと思わない?」
「それは確かに……」
集結しつつある段階で発見できそうな気がする。
「人目につかない場所で魔物を集めたところで移動を開始した時点で把握できるはずなんだけど……」
「魔物を集める場所が富士の近くにあるんですかね……?」
『マギ管の観測班からは奴らは急に富士演習場から20kmほど離れた場所に出現したと報告が入ってるわ』
急に500体なんて数の魔物を富士の演習場の近くに出現させる。
一体、どうやってそんな芸当をやってのけたのか?
首を傾げていると――
「20km……」とブツブツと独り言を言っていた垣守先輩が何かを閃いたようだ。
急にハッとした表情で顔を上げる。
そして――
「目的地を変更しましょう」
垣守先輩が高速道路の上から見える山の連なりに視線を向けつつ告げる。
「演習場に助けに行かないんですか?」
「わざわざ灰原の思い通りに動いてやる必要はないでしょう」
先輩はカーナビから目的地を削除しようとして、一度ピタリと動きを止める。
「でも、まぁ、一応向こうの状況を確認してからにした方がいいか……」
「はいは〜い、それなら私が、聞いてみるよ〜」
セイラが横で勢いよく手を上げる。
そして、自分のAIにオペセンに繋ぐように指示を出した。
オペレーターの女性に石動さんへと繋ぐようにお願いした後――
「やっほ〜石動っち〜元気〜?」
ピクニックにでも来ているかのような力の抜ける声が車内に響いたのだった。




