閑話3-3
ネズミ型に阿修羅の能力――全てが未知だ。
そんな魔物の大群へ偵察に行くべきという進言を朝倉澪にする戒田。
それを横で聞いていた猪頭がうんざりしたような顔でため息混じりの声を上げた。
「偵察ならドールマイスターの人形でできるからわざわざ生身の人間が行く必要はねーだろ?」
白鷺のタレットをほぼ弾かれている今。
最も安全に阿修羅を倒せる可能性が高いのは――
朝倉澪による砲撃だ。
何故、わざわざ砲撃に巻き込まれる可能性のある距離まで近づく必要があるのか?
そういう意図を込めた猪頭の指摘。
しかし――
「流石、いざとなれば自分の身を最優先にする組織の人は言うことが違いますね」
瞳の奥に正義の炎を燃え滾らせる少女には、その言葉は届かない。
彼女は猪頭の方をチラッと一瞥し、冷たい言葉を残すと視線を朝倉へ向けた。
「朝倉一尉! 民間人への被害を出さないためにもあの魔物たちはここで討つべきです!」
力強く、覚悟を決めた表情で言い切る戒田。
「そ、それは上の人が決めることであって、げ、現場の判断でどうこうするようなものじゃ……」
霞野がそう呟くが、勿論、彼女の耳には届かない。
「あの魔物に砲撃が有効なのかを確かめて来るので私の合図で砲撃をするのは如何でしょうか?」
そう言って戒田は真っ直ぐな視線を朝倉に向ける。
その視線を受け朝倉はため息を一つ吐き出した。
「まず、それを判断するのは幹部クラスであって私じゃないでしょ?」
統制が重要な組織において、引き金は一人の判断で勝手に動かせるものじゃない。
朝倉はそれを諭すように告げる。
「しかし……!」
それでも納得がいかない、と握りしめた拳を震わせる戒田。
「しかしも何もないって」
そこへ割り込んだのは神崎結月のかつての相棒、水城柚葉だ。
「今は、臨戦体制をとりながら指示を待ちましょう?」
闇雲に動くのはかえって混乱を招く。
現場をよく知るからこその“待つ”という選択肢だったのだが。
「でも……この手をこまねいている時間が原因で多くの人が亡くなる可能性だってあるんですよ……?」
戒田は絞り出すようにそう呟くと――
足裏から空気の塊を地面に向かって噴射し、飛ぶように走り出した。
「待ちなさい!! 勝手な行動は……!!!」
朝倉の叱責を置き去りにして、あっという間に姿が見えなくなる。
「おいおい……まじかよ……」
命令に違反した行動はしてはいけない。
上官の指示は絶対。
(オレ様でもわかる自衛隊の規律を堂々と無視しやがった……)
これから起こるであろう面倒ごとを想像し、猪頭は苛立ちを滲ませた声をもらす。
「ごめんなさい!」
そんなマギ管側から感じる圧に朝倉が咄嗟に頭を下げる。
「戒田さんは最近入隊したばかりで……」
「それはいいんだけどよ〜、どうすんだ、アレ?」
一人、突っ走って砂塵の上がる方へ行った戒田の方を見る猪頭。
朝倉はしばらく無言で佇んだのち――
おもむろに無線機を手に取った。
「メイジから司令部、緊急事態発生」
『司令部からメイジ、何があった?』
「隊員一名が制止命令を無視、独断で偵察に向かいました……」
その報告に対ししばらくザァーっという音が鳴った後。
司令部は独断行動をした魔法少女の名前と階級、向かった方位などを聞いていく。
そして――
『独断の偵察行動中の隊員に告ぐ。直ちに原隊に復帰せよ。繰り返す――』
このような無線が繰り返し流されていく。
『こちらホークアイ、当該隊員を発見。Unknownに向けて交戦しつつ前進中』
交戦をしながら群れの中心に居る阿修羅へと向かっている。
上空にいるヘリからのその報告に猪頭は思わずチッと舌を鳴らした――その時。
遠くの方から桂木が足早にこちらに向かってきた。
そして、石動、白鷺の前で立ち止まると軍帽を脱いだ。
「見ての通り、こちら側で不手際があった、申し訳ない」
桂木は薬指の先をズボンのラインにピタリと当て、頭を下げる。
「厚かましいのは承知の上だが……当該隊員の回収作戦への協力を要請したい」
「二次災害を起こす恐れがあります。我々としては今は動くつもりはありません」
まさか、断られるとは思わなかったのか。
石動の毅然とした態度に桂木は固まってしまう。
「連携が不確かな中で、未確認の魔物へ接近するリスクは容認できません」
「しかし……」
「だから、こちらはこちらの判断で動くのでそちら側がこちらに合わせることはできませんか?」
「なに……?」
いきなり、演習で試してもいない方法をやろうという提案。
しかも、今まで試してきた自衛隊側にマギ管が合わせるものとは全くの真逆だ。
桂木が目を瞠る。
「うちの魔法少女は個性派ばかりなので自由にやって貰った方が良い結果を得やすいと思いますよ」
「……なるほど」
桂木は顎に手を当てて、しばらくの間、逡巡し――
「すまない、また部下の魔法少女を死なせまいと焦っていた」
落ちつきを取り戻した表情で話す桂木。
しかし、その唇は固く引き結ばれたままで隠せない焦燥が滲み出ていた。
芦ノ湖で少女一人を犠牲に魔物を討伐するという決断をした桂木。
それを繰り返したくないという思いが、彼の額から汗の雫となって滴り落ちる。
その雫が地面に小さなシミを作った――その瞬間。
ピー、という甲高い電子音が突如鳴り響く。
なんだ?と辺りを見回す人々。
場が少し騒然とする中、石動が耳に手を当てた。
「はい、こちらオペセンの石動」
こんな時に、オペセンを経由して連絡が来たらしい。
(わざわざマギ管本部に居ない石動を指定するなんて、どこの馬の骨だ?)
猪頭が首を傾げていると。
「やっほ〜石動っち〜元気〜?」
骨伝導インカムのスピーカーからセイラの陽気な声が聞こえてきたのだった。




