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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第三章

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85話

 東京の市ヶ谷。

 国防に関わる施設が密集する区画で一際強い存在感を放つ防衛省の庁舎。

 そのエントランスからオリーブ色の制服を着た男が出てきた。

 右胸に整然と並ぶ数多のリボンが彼の階級が高いことを雄弁に物語っている。


 その男――


 東部方面総監を務める桂木鷹志は士官帽のツバを右手で持ちながら空を仰ぐ。

 アナフトリウムの資料を手に統合幕僚監部を訪ねた彼だったのだが。

 

 想像以上に上層部の反応は鈍かった。

 薬理作用への評価は高く、すぐにでも増産ができるように働きかけていくという方針が決まりかけた。

 しかし、やはり材料の話になったところで反応が鈍化。


 まず、日本単独で太陽圏外の材料を持ち帰るプロジェクト自体の難易度は当然槍玉に上がる。

 そして、宇宙開発を放置して魔物の対処に明け暮れている今現在では難しいとの結論に至った。


 結果――


 宇宙開発を行えるだけの余裕を作ることを目標に頑張ろう。

 要約するとそんな感じの雲を掴むような抽象的な結論に着地した。


 アナフトリウムは灰原のくだらない己の我欲を満たすためだけの世界を救う方法よりは余程良い。

 だが、その一方で救世主と呼ぶには現実的に足りないものが多すぎる。


「まるで、神が天から垂らす一本の糸だな」


 そのいつ切れてもおかしくない糸を手繰り寄せ、よじ登るには随分と時間がかかる。

 途方に暮れるとは、まさにこのことか。


 桂木がそう静かに嘆息したその時。


「桂木総監、少しよろしいでしょうか?」


 背後から声がかかる。


「なんだ? 私は忙しい、要件は手短にしろ」


 明日は富士でマギ管のS級魔法少女との共同演習がある。

 そのために早く朝霞に帰って準備がしたい。

 そんな桂木の少し睨みつけるような視線の先に居たのは――


 黒いスーツに身を包んだ政府の官僚だった。


「アナフトリウムの資料を拝見させていただくことは可能ですか?」


 流石、永田町は耳が早い。

 そう心の中で皮肉を飛ばしながら桂木は冷たい眼差しを政府官僚の男へ向ける。


「悪いが、機密性が高く数回顔を合わせただけの人間には見せられない」


 自衛隊の幹部クラスの人間がただの顔見知りから資料を見せてくださいと言われて、どうぞなんて言うわけが無い。

 随分と舐められたものだと口元に冷笑を浮かべる桂木。


 その後ろ、防衛省の入り口から彼の元へ近づくロングコートの男が一人。

 その男は風でコートをはためかせながら官僚の男と桂木の怪訝な視線を一身に受け止めて立ち止まる。


 そして――


「警視庁の熊谷です」


 そう告げると、右手に警察手帳を掲げたのだった。


         ※※※


「灰原のスパイが捕まった⁉︎」

 

 マギ管に垣守先輩やセイラが居ると、“何故演習に参加せずにズル休みをしているんだ“

 そんな感じのツッコミを受けかねない。ということで、俺たち久世さん捜索隊の捜査本部? となりつある喫茶店。


 そこに俺の驚愕の声が響き渡った。


「……シー」


 その声の大きさに俺の隣に居る琴音が人差し指を唇の前に立てる。

 その仕草に慌てて我に返って周囲を見ると人の多い店ではないがお客さんやマスターの視線がこちらを向いている。

  

 俺は肩を竦めると今度は声のボリュームを抑えることを意識してもう一度。


「それでどこで捕まったんです?」


 手元にある淹れたてのコーヒーに顔を近づけて尋ねる。


「防衛省でアナフトリウムについて嗅ぎ回っていたらしいんだけどめぼしい情報がなくて直接桂木さんの所に行ったところを捕まえたんだって」


 それに垣守先輩が俺と同様、コーヒーに顔を落としながら答えた。


「よく捕まったよね〜」

「眷属自体はそんなに大したことなかったわよ」


 セイラが感想を呟き、熊谷さんと一緒に行動し、スパイ確保に貢献したエレナが相手の強さの評価を下す。

 灰原ならもっと狡猾に動くかなと思っていたがこれは嬉しい誤算だ。

 

 彼の理想の世界を覆しかねない存在であるアナフトリウム。

 それを恐れたのか。

 随分と早く尻尾を掴むことができた。


「それでそのスパイは……」

「えぇ、九重部長の元で魔物であると断定できたそうよ」

「ということは、討伐任務ができるってわけ?」


 琴音の確認に垣守先輩はゆっくりと首を縦に振った。


「これで法的には人ではなく魔物と解釈できるはずだから討伐ができるはず」

「久世さんのことは何かわかったんですか?」

「ええ」

「なら、早く助けに行かなきゃね!」


 どうやら捕まったスパイは結構ベラベラと色々喋ってくれているらしい。

 灰原の手下にしては随分と“単純“に事が運びすぎている。

 そんな違和感は少しある。


 それは垣守先輩も感じているのか、先輩も大きな進展があったにしては表情が硬いままだ。


「……罠だと思いますか?」

「正直、誘い込んでいるとしか思えないのよね」


 先輩の一言に静かな緊張がテーブル上に張り詰める。

 そして先輩はコーヒーカップを掴むとそれを口元へ。


 カチャッ。


 カップをソーサーに戻す音。

 そして、店内のBGMだけが響く中。


「久世さんは眷属にされた状態で富士の演習場付近に居るそうよ」


 告げられた久世さんの現在地。


「灰原も〜?」

「そう、らしいわ」

「マギ管と自衛隊の共同演習で何かをやるつもりなのかな〜?」

「でもセイラ、マギ管のS級三人に朝倉澪まで居るのに何かできるの?」


 琴音の疑問に全員が“確かに“と頷く。

 それに加えて自衛隊の戦力も勢揃いしているのだ。

 普通に考えれば“飛んで火に入る夏の虫”だ。

 

 それでも、灰原の目的地は富士にある演習場だとしたら――

 一体なんのために。


「おまけに、私たちのことも演習場にご招待したいっていう意図が透けて見えるのよね……」

「どういうことです?」

「久世さんを追うのは当然として、私たちとしては彼の保護を目的に動いてるでしょ?」

「ですね」


 演習場は自然が多く、白鷺さんの庭だ。

 現地に居るメンバーだけで対処できるのでは?


 俺はそう思ったが、エレナが何かに気がついたのかハッと息を飲む。


「自衛隊が久世さんの討伐命令を下す可能性があるってこと……?」

「そっか……久世さんも今は魔物だから……」


 人間に仇をなす魔物として処理される。

 その可能性に気がついて、心臓が嫌な音を立てる。


「灰原が久世さんを自衛隊とマギ管の関係に亀裂を入れる手札にするのは確実よ」


 自衛隊の協力なしにアナフトリウムの確保は無理だと言っていた理事長。

 その前提を破壊するための一手。

 先輩が想定する最悪な展開に俺はテーブルの下でギュッと拳を握り締めたのだった。

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