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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第三章

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83話

 無事に熊谷警部を頷かせることができた二日後。

 

「初めまして、月城さん」


 俺は、とある料亭で魔法少女に変身をした状態である女性と向かい合っていた。


「は、初めまして、神崎理事長」


 部屋の中に入ると出迎えてくれたスーツを隙なく着こなした壮年の女性。

 マギ管の理事長、神崎千景さんだ。


 目元は柔らかく穏やかな印象だけど。

 その瞳の奥に燃えたぎる静かな炎を宿しているというが印象だ。


「ふふっ、そう緊張しないで、今日は護衛任せたわよ」

「は、はい、頑張ります」


 柔らかい笑みを浮かべて微笑みかけてくる理事長に俺はぎこちない笑顔を返す。


「月城さん、先方が来るまでにはまだ時間があるし少しお話ししない?」

「は、はい、なんでしょう?」


 なんとなく感じてしまう迫力に気圧されながら返事をする俺。

 理事長はテーブルの側の座布団に座りながら一度お茶を啜る。

 そして、一息。


「あなたも座ってちょうだい」

「いいんですか?」

「これからする話は護衛と要人ではなく同じ目線で話したいの」


 そう言って、隣にある座布団を指し示す神崎理事長。

 少しの逡巡の後、固辞したところで押し問答になりそうだと判断した俺はお言葉に甘えることにした。


「箱根によく花を手向けに行ってるんだってね」

「え? あ、はい」


 もしかして、マギ管の規則とかでダメだっただろうか……?

 そう心配をした瞬間――

 神崎理事長が床に手をついて丁寧な所作で頭を下げた。


「ありがとう、きっと娘も喜んでるわ」

「えっ……理事長って……」


 確かに苗字は同じ神崎だと思ったけど……まさか。


「えぇ、結月は私の自慢の娘よ」

「そう……だったんですね……」


 お悔やみを申し上げます。

 そんな言葉をかけるべきなのか、と悩んでいると神崎理事長はまた小さく微笑んだ。


「結月のような子と大切な娘の死を嘆いた私みたいな人が今後出ないようにしたい。それが私の願いなの」


 そう話す理事長の眼は力強く、しかし表面には涙の膜が浮かんでいるようだった。

 きっと、母親としてもっとしてあげたかったことが山ほどあったに違いない。


「はい、自分も微力ではありますが魔法の無い世界のために頑張ります」


 今、俺にできることはその世界を目指すためにできることを一つ一つ積み重ねていくだけだ。

 俺はそう改めて認識し、理事長の目を見つめた。


「ありがとう、これからあなたには心苦しくも無理を強いることになるでしょう」

「無理……ですか?」

「えぇ、だから、もしダメだと思ったら遠慮せずに……」


 遠慮せずに……なんだろうか?

 突如、固まってしまった神崎理事長の顔を伺うと彼女は首を何度か横に振ったのだった。


「ごめんなさい、大人特有のズルい言い方だったわ」


 何がです? と問おうとした、その瞬間。

 理事長がゆっくりと俺の方へ近づいてきて――


 視界いっぱいに理事長の胸元が迫り、暖かい温もりに包まれる。


「どうか……無事でいて」


 小さく耳元でそう呟くと理事長は離れていった。


 そして、それとほぼ同時。


『ザザ……自衛隊のお偉いさんが到着したわよ、ソフィ』


 舞台が整ったことをインカム越しに琴音の声が伝えてきた。


         ※※※

 

 その連絡からしばらくして。

 神崎理事長が待つ部屋の襖が静かに音を立てて開いた。


 畳を静かに軋ませながら入ってきた男性。

 それは以前、澪の上官としてマギ管に来ていた桂木さんと呼ばれていた人だった。


 神崎さんと同じスーツ姿で現れた桂木さん。

 猛禽類を思わせる鋭い視線を部屋の隅々に走らせ、俺の方をチラリと一瞥すると落ち着いた所作で座布団に腰を下ろした。


「それで、こんなところにまで呼び出して話とはなんだ?」

「今日は見せたいものがあってね」


 そして、理事長は自分の右側に置いてあったアルミ製のアタッシュケースを机の上へ。

 カチャっと金具のロックが解除される音と共に上蓋が口を開き中身が露わになった。


「これは……?」


 桂木さんが視線をケースの中に入っていた小さな瓶と理事長の顔の間で往復させる。


「アナフトリウム、魔物の体内からマナを消失させ、元の姿に戻す薬だそうよ」

「なに?」


 ……魔物を元の姿に戻す薬。

 つまり、熊型や猪型みたいな魔物を元の動物の姿に戻せるということでいいのだろうか?

 

 桂木さんも俺と同じことを思ったのか同様の質問を理事長に飛ばす。

 それに対して、理事長は今度は鞄の中から書類の束を取り出す。


「これが非臨床試験の結果よ」

「……」


 それを受け取ると黙ったまま一枚一枚目を通していく桂木さん。

 表情は変わらない。

 ただその視線だけが異様なほどに真剣だった。


 やがて、運ばれてきた料理がテーブルの上を埋め尽くした頃。


 全ての書類に目を通し終わったのだろう。

 桂木さんは静かに書類を理事長へ返却するとおもむろに口を開いた。


「アイリスの能力について話を聞かせてくれるのかと思ったらとんだジョーカーだな」

「気に入っていただけたかい?」

「……もちろん、これは貴女の言う魔法のない世界への大きな第一歩だ」


 桂木さんはそう言うとようやく食前酒に手を伸ばす。

 それに反応した理事長が慌てて、お酒を注ごうとしたが――


「お酒は結構だ、どうやら酔っている場合ではなさそうなのでね」


 桂木さんはコップの上に手を置いて拒否するとテーブルの上にあった水を注いだ。


「それで、この薬の話を私にしたと言うことは材料か何かで困りごとがあると言ったところか?」

「えぇ……」


 魔法のない世界を実現する手段が手に入ったわけだ。

 あとは灰原みたいな人をどうにかするだけだ。

 そう思ったが何やら雲行きが怪しい。


「海外にあるものが必要なら協力をするし、アイリスくんのような子もいる。そう難しいことじゃないと思うが?」

「もちろん、私は手伝いますよ?」


 ちょうど自衛隊とマギ管の連携強化演習も進んでいるのだ。

 魔法が生む犠牲を止められるのなら多少の苦労は覚悟の上だ。


 そう訴えたのと同時。

 神崎理事長が上を指さした。


 つられてその方向を見るが天井があるだけ。

 どういうことだと首を傾げるのと同時に理事長のため息混じりの声が鼓膜を揺らす。


「……うちの研究部長によると材料は宇宙にあるそうよ」


 そのまさかすぎる材料の在処に俺と桂木さんは揃って言葉を失ったのだった。

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