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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第三章

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82話

 久世さんの捜索と灰原の足取りの調査をやると決めた後。

 俺、琴音、エレナ、垣守先輩、セイラの五人は宿泊をすることなく東京へとトンボ帰りをした。


 その次の日の午前九時。


「だーかーらー、久世努さんの失踪事件の捜査担当者に会いたいって言ってんの!」


 モンスターカスタマー琴音の声が警察署の受付窓口に響いた。

 久世さんの行方を探すにあたって、まずは警察から話を聞かなければならない。

 女将さんが出してくれた帰りの車の中でそう結論付けて明日の行動を決めた。

 

 ――までは良かったのだが。


 マギ管のA級魔法少女でしかない俺たちに警察がそう簡単に捜査情報を話す訳がない。

 そんな当たり前のことを失念していたのだ。


「申し訳ありません。事前にマギ管さん側から正式な照会はされてますか?」


 受付の男性から返ってきた返答に琴音がうっすらと視線を逸らす。

 久世さんの失踪を石動さん経由で聞いたのが昨日の夜だ。


 当然、そんな照会をしている時間はなかったわけで……

 出来るだけ急ぎたいが、仕方がない。

 石動さんか鴉羽さんに言って照会をかけて貰ってその間に出来ることをやるしか無さそうだ。


 そう思ったのだが……


『ザザ……とりあえずゴネましょう』


 右耳につけたインカム越しに垣守先輩のそんな指示が飛んできた。

 

「本気ですか?」


 垣守先輩渾身のギャグが滑ったとかであってくれ、という俺の願いも虚しく。


『えぇ、照会している時間がもったいないから話の通じる人間をとりあえず引っ張り出すわよ』


 小声で聞き返した俺に先輩の警察署でカスハラをしろと指令が改めて発令される。

 なら、先輩がやってよ、と言いたいところではあるが警察に風邪を引いたはずの垣守先輩が現れるの不味いそうだ。

 はぁ……業務妨害でその場で逮捕にならない程度に頑張って“お願い”するしかないようだ。


 覚悟を決めるしかない。


「今、この場で照会をすることはダメなんですか?」

「急に言われてできるものではなくて……」


 覚悟を決めたところで、まぁ、そうなるだろうなという返答だ。

 大体、話の通じる人なんてどうやって呼べばいいんだよ。


 そう途方に暮れていると、琴音が受付カウンターに身を乗り出す。

 そして、俺の方を指差した。


「この娘とのツーショットの権利をあげるわよ」

「……馬鹿にしてますか?」

「アイリスはあがり症だから写真を撮ったら検挙率も上がるわよ」

「はぁ……いい加減諦めて帰ってください」


 琴音の謎のゴリ押しセールスに受付の人が辟易とした声を上げる。

 俺のあがり症と検挙率に一体どんな関係性があるのやら……


 これは、もう無理だ。

 後ろの人にも迷惑だし一旦体制を整えたほうがいい。


「おや、その後ろ姿、もしかして月城さんに柊木さんかい?」


 突如、背中にかけられた声。

 それに振り向くと――


「熊谷警部」


 スーツの上に茶色のロングコートを羽織った男性が一人。

 以前、城南島の倉庫で灰原と対峙した後事情聴取を担当してくれた刑事さんだ。


「受付で久世努さん失踪の話を聞かせろってマギ管の人が来ているっていうから来てみたけど……まさか君たちだとは」


 これは、何とかギリギリ“話の通じる人”を召喚できたのでは?

 成功を確信すると同時に『よくやったわ』という声がインカムから聞こえてきた。

 それにホッと一息を吐き、熊谷警部に視線を合わせる。


「久世さんの捜査の担当者に会うことってできませんか?」


 高いところにある彼の顔を見上げながら尋ねる。

 ――が反応は良くない。

 熊谷さんはこめかみのあたりをぽりぽりと指で掻き、苦い表情を浮かべている。


 大事な捜査情報だ。

 それをいきなり来て、教えてくださいというのはやはり厳しいか?

 そう思ったが――


「担当は俺なんだけどね……」


 まさかの返答がきた。

 それを聞いた琴音がずずいと前に出る。


「じゃあ、ちょっと話を聞いて欲しいの!」

「申し訳無いけど、捜査情報は後でマギ管の担当者に話すから今日は引き取ってくれるかな?」


 本当に申し訳なそうに目尻を下げてこちらに目線を合わせるように少しかがむ熊谷さん。

 これは、いきなりホイホイと捜査情報は渡さないだろうと言っていた垣守先輩の予想通り。

 でも、担当者とさえ会えたなら交渉のカードはある。


 俺は意を決して、ずっと準備していた言葉を喉の奥から押し出した。


「灰原を誘き寄せる作戦があるんです」

「なに?」


 それを聞いた瞬間。

 人の良いおじさんという印象だった熊谷さんの表情が一変。

 以前取り調べをした時に見せていた“刑事”の内側まで見透かすような鋭い眼光が俺を貫いた。


         ※※※


 “政府かマギ管の内側、あるいはその両方に灰原のスパイが存在する”


 温泉からの帰り道。

 女将さんが出してくれた車内。

 垣守先輩の憶測が静かにロードノイズに溶け込んだ。


「灰原が白鷺さんの情報をあそこまで掴んでいた裏には絶対、アイツに情報を流しているヤツが居るはずよ」

「なるほど……」


 倉庫で国家機密だったはずの情報をベラベラと喋っていた灰原。

 あの情報の出ところを辿ると……

 確かに政府かマギ管の内部からしかありえない。


「そのスパイを炙り出して、久世さんの居場所となんなら灰原の居場所も聞こうってわけね?」


 シートの間からひょこっと顔出した琴音の質問に垣守先輩はルームミラー越しに頷いた。


「そういうことね」

「それでどうやってそのスパイを炙り出すんです?」


 政府もマギ管も人の出入りが激しい。

 そんな中で怪しい人を闇雲に探すのは無理があるだろう。

 先輩もそれはわかっているのか静かに瞼を閉じる。


「灰原の今一番知りたいことってなんだと思う?」


 瞳を閉じたままポツリと放たれた問い。


「自分に関わる捜査の進度とかかな〜?」


 三列目のシートに座り、スマホを操作しながらセイラが答える。

 それに垣守先輩は静かに首を横に振った。


「いいえ、アイツはそんなことを気にはしないはずよ」

「じゃあ、何を……?」

「マギ管と自衛隊の演習の詳細と月城さんの動向かしらね」

「なんで私……?」


 日本の屋台骨と言える白鷺さんを抹殺できなかった灰原。

 自衛隊やマギ管の動向を気にするのは理解できる。


 でも、俺のことを気にするだろうか? 

 そこまで考えてハッとした。


「彼は目標だった白鷺さんの暗殺の成功率を下げてまであなたには銃弾を当てるなと命じた」

「ですね……」

「合理性を捻じ曲げるほどの執着を彼は月城さんに感じてるってわけ」


 今までの彼の気色の悪い言動はほぼ俺に向いていた。

 そして、その欲望を優先するあまり倉庫では、配信で信奉者を増やすということ以外の目的は果たせなかった印象がある。


「だから灰原が食いつく餌として月城ソフィアとマギ管と政府の上層部しか知らない情報を用意するわ」

「その政府の上の人間しか知らない情報はどうやって用意するの?」


 エレナの疑問に車内に居る垣守先輩以外の全員が視線を窓の外に向ける。

 政府の上澄みの人間……となると、誰もコネがないし、協力して下さいと言って協力して貰えるのだろうか?


 そんな俺の心配をよそに何か秘策があるのか垣守先輩は後ろを振り向くと俺に力強い視線を向けてきた。


「あなたを餌にして灰原と一緒に政府関係者を釣るわ」

「……へ?」


 俺を使って政府までも釣ってしまおうという垣守先輩。

 彼女は鴉羽さんと一緒に考えたという作戦の全容を静かに語り出す。

 そして――


「と、いうわけだから警察側の協力を取り付けに行くわよ」


 そう宣言したのだった。

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