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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第三章

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81話

 その後もエレナに時折揶揄われながら、翠嶺閣の建物の正面まできた。

 そして、ロビーの中に入った瞬間。

 仁王立ちをした琴音が待ち構えていた。

 琴音は俺たちの姿を見つけるとエレナの方へ真っ先に駆け寄っていく。


 その表情は固く、何か良くないことが起こったのだと察するには十分過ぎるほどだった。


「あ、エレナ、えっと、落ち着いて聞いてほしいんだけど……」

「な、なに……?」


 とても良い話だとは思えないその声音にエレナが身構える。


「病室から久世さんが居なくなったそうよ」

「えっ……」


 告げられた言葉にエレナが絶句して固まる。


「命は助かったけどまだ歩けるほど回復してないって聞いてたんだけど……?」


 それで、お見舞いに行く許可も出なかったので、ただ一日も早い回復祈ることしかできなかったのだが。

 もう歩けるようになったのだろうか?


「それが……」


 琴音が続きを話そうとした――その時。

 彼女の後ろから白鷺さんが現れた。


「その話は一度部屋に戻ってからにしようか」


 その一言に琴音はハッとして辺りを見回す。


「そうね、場所を変えましょう」


 そう言って琴音と白鷺さんが歩き出し、俺は言葉を失っているエレナの肩にそっと手を添える。


「行こう」

「……うん」


 俺の言葉に小さく頷いた彼女の声は先ほどとはまるで別人のように小さく掠れていた。

 そして道中、誰も一言も喋らないまま俺たちは自分たちの部屋に戻ったのだった。


「それでは、改めてもう一度状況を説明する」


 部屋でテーブルを囲むように勢揃いした温泉に来ていたマギ管のメンバー。

 石動さんが浴衣姿のままの全員の顔を見回し、声を出した。


「今日の夜、負傷中で入院をしていた久世努さんが消息を絶ったそうだ。本人の歩行が困難だったこと、そして現場にあった痕跡から――」


 石動さんはそこで一度、言葉を区切ると鋭い眼光を放つ。


「連れ去られた可能性が高いと報告が来ている」

「なっ……」


 告げられた事実にただ言葉を失う。

 上顎に舌が張りつくほど口の中がカラカラになるのを感じ一度唾を飲み込む。


 歩行ができず、様々な医療器具が繋がれた人を誰が一体何のために……


「犯人の目星は?お前がここを仕切るということは事態は相応に深刻だということだろう?」


 九重先生に石動さんはゆっくりと頷きを返す。


「あぁ、犯人と目されているのは灰原の一派だ」

「やはりな……」

「先生は灰原がやったって分かってたんですか?」


 まるで予想していたような口ぶりに思わずそう聞き返す。

 すると「そうだ」と短く返事が返ってきた。


「帰る家を持たない者は灰原にとって最も狙いやすい対象だ」

「どういうことですか?」

「元は人間の眷属を作るなら身元が辿れない方がいいだろうからな」

「久世さんを吸血鬼にするってことですか……?」

「そうだ、奴は他の襲った暴力団や身寄りのない人間を眷属にすることで段階的に勢力圏を築いていると憶測できる」


 なるほど……

 だから、他の暴力団を襲っていたのか……

 

「でも、灰原が襲った倉庫では死体も多かったと聞いているけど?」

「そうだね、眷属にするのに死人が出るのかい?」

 

 垣守先輩と白鷺さんからそんな疑問が出た。

 

「これも憶測だが、眷属にするには何か条件が必要なのだろう。結果、条件を満たした者は行方不明。満たさなかった者は殺したと見るのが妥当だ」

「なるほど、それでエレナを隠れ蓑に眷属を増やすことに勤しんでいた……と?」

「そうだ」


 その話を聞いて急速に点が線で繋がっていくのと同時に――

 ふつふつと腹の奥底から怒りが込み上げてくる。


 平気で他人を食い物にして、人類の救済だとか、良く言えたものだ。


「それで久世さんも眷属にしよう……と?」

「それもあるだろうが、眷属化だけが狙いなら奴は他のもっと簡単な人間を選定するはずだ」

「じゃあ、何故……?」

「我々をおちょくっているのか、久世という男に何かを見出したのか……だな」


 九重先生がそう言った瞬間――

 もう我慢の限界だったのだろう。

 ずっと、手を力強く握ったまま小刻みに震わせていたエレナが突然立ち上がった。


「どうしたんだい?」


 妹のただならぬ様子に白鷺さんが声をかける。

 エレナはそれに一言。


「帰る」


 と告げ、部屋を出ようとする。


「一人で行くつもりかい?」

 

 背中に飛んできた姉である白鷺さんの声にピタっと動きを止めるとエレナはこちらを振り向いた。

 

「えぇ、久世さんを助けてくるつもり」

「日本の魔法少女は単独行動が原則禁止されているよ」

「でもっ!」

「いいから座って、今からその助ける作戦を考えるから」


 白鷺さんはそう言って視線でエレナが座っていた座布団を指し示す。

 エレナは逸る気持ちを抑え込むように、立ち止まった。


 そして、とぼとぼとまた戻ってきて座布団の上に座る。

 そのやり取りがあまりにも“姉妹”という感じだったので思わず少し吹き出してしまった。

 それに気付いた白鷺さんが不思議そうな目を向けてきた。


「なんだい?」

「いえ、なんかやり取りが姉妹だなって感じだったので、ごめんなさい」


 真面目な話をしている最中にまずかったか。

 そう思って頭を下げると白鷺さんも少し笑みを浮かべたあと小さくため息をついた。


「本当に日頃から手のかかる妹なんだよ」


 何か心あたりがあったのか、エレナは視線をそっと横に逸らす。


「まぁ、それでなんだけど……ボクたちガーデンのメンバーは明日から演習の打ち合わせで動けない」

「灰原ってテロリストでしょ?そんなの中止とかにできないの?」


 エレナのその提案に白鷺さんは静かに首を横に振った。


「政府側はまだ灰原をそこまでの脅威とは見てないんだ」

「あれだけのことをやったのに……?」

「まぁ……凶悪な殺人犯って扱いで警察が主に動いてる感じだね」

「その演習の打ち合わせ自体は断れないの?」


 食い下がるエレナ。

 それに対して、白鷺さんはずっとどこか苦い表情を浮かべたままだ。


「政府には借りがあるから、断れなくてね……」

「借り?」

「白鷺エレナ関連の書類を通すのに結構融通をして貰ったって言えば分かるかい?」


 なるほど……

 杓子定規が基本のお役所が白鷺さんのためにそれを捻じ曲げてくれた。

 それに見返りを求められると、確かに断るのは難しくなるかもしれない。


「じゃあ、動けるのは……」

「この件で今すぐに動けそうなのはキミとエレナと琴音だけかもしれない」


 A級が三人だけか……

 正直言って、あの灰原を相手にかなり不安だ。

 その思いは全員同じなのか、妙な沈黙が部屋の中に落ちた。


「いくらS級相当のアイリスがいても、ちょっと心許ないかな?」


 白鷺さんまで俺のことをS級相当と……

 

「そうだな、彼女には無理はさせたくない。それが俺の率直な意見だ」


 それに異を唱える人がいないことも驚きだった。

 先生さえも“S級”という部分ではなく、無理をさせないということを気にしている。

 

 その後、また沈黙が部屋を埋める。

 全員の視線が俺に突き刺さっているような気がして、居心地の悪さに少し身じろぎをしたその時――


 楽が後頭部をガシガシと掻きながら「あぁ〜めんどくせぇ」と声をあげた。


「いっそのこと一人ぐらい仮病でも使ってサボったらどうだ?」


 自衛隊との演習を仮病でサボるって……

 バレたら結構な雷が落ちてきそうだしやめておいた方がいいんじゃないか……?

 俺はそう思ったのだが、白鷺さんは違ったらしい。


「なるほど、その手があったね」


 まるで天啓を得たように手をぽんっと鳴らす白鷺さん。

 そして、セイラが勢いよく右手を挙手した。


「はいは〜い、私、明日から一週間風邪をひきまーす」

「なら、私はそれを移される可哀想な人になるわ」

「よし、それじゃあ、灯華とセイラは、温泉で体調が悪くなったことにしようか」


 こうして、あっという間に組織ぐるみでのズル休みが決まってしまったのだった。

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