100話
「それで、消息を絶ったって聞いた時は本当に凄く心配したんだからね!」
「いや、あの時は本当に追い詰められててだな――」
久世さんと戒田さんの親子の会話。
俺はそれに耳を傾けながら冷たいトンネルの壁に背中を預けていた。
しかし――
久世さんを助けることができて安心できたからだろうか?
先ほどからやけに脇腹がジクジクと痛む。
「……フィアちゃん? 大丈夫?」
苦痛が顔に出てしまっていたのだろう。
セイラが心配そうに瞳を揺らしながら俺の顔を覗き込む。
「うん……ちょっと痛むだけだから……」
心配をかけまいと笑みを作ってみたがどうやらダメだったらしい。
俺を囲む輪が一段と狭まった。
「ごめんなさい……私が……」
戒田さんが責任を感じてしまったのか表情を曇らせて唇を噛み締める。
「いや、本当に大丈夫だから……」
心配をするな……
そう言って微笑みかけようとした瞬間。
「分かったから、喋らないで」
物凄い剣幕の琴音が俺の前までやってきて服の裾を捲り上げる。
「また出血が……」
そんなに酷いのか? と視線を自分のお腹に向けると――確かに……真っ白な包帯が真っ赤に染まっている。
さすがに無理をしすぎたみたいだ。
「とにかく、止血をしましょう」
垣守先輩が冷静にそう告げた――その時だった。
『あれ? もしかして……俺の阿修羅ちゃんは元に戻されちゃったわけ?』
コンクリートの上に転がったスピーカーから灰原の軽薄な声が響いた。
『ふーん、あの状態からでも元に戻せるのかぁ……』
冷たく背筋が凍るようなその声。
それに真っ先に反応したには久世さんだった。
「おい、チャラ男!!」
声を荒げ、トンネルの隅の方へ歩くとスピーカーを拾い上げる。
「テメェ、随分と好き勝手に俺の体を弄り回してくれたみてぇじゃねぇか!」
まるで雷のような怒声を浴びせる。
しかし、スピーカーからは“サァー”というノイズだけが返ってくる。
「……それ、スピーカーだからマイクはついてないんじゃ……」
久世さんに向けてそう言った瞬間――
ギロッ。
琴音を筆頭にみんながすごい形相で俺を睨んできた。
そして、すぐ側で傷の具合を見ていた琴音がダンっと俺の顔のすぐ横壁に手をついた。
「しゃ・べ・ら・な・い・でって言ったわよね?」
グググ……と顔を寄せてきた琴音の吐息が耳を擽る。
距離が近い……
しかし、そんなことがどうでも良いくらいに――
圧が凄い。
先程まで対峙していた阿修羅と同じような形相で俺の目を覗き込む琴音。
そのあまりもの迫力に俺は勢いよく首を上下に振った。
『いやぁ、ずいぶんと元気そうで何よりだよ、久世さん。体の調子はどうだい?』
それと同時に灰原の声が再び響く。
「返答おっそ……」
エレナが思わずといった感じでそう呟き、それに久世さんも頷いた。
「コイツ……ちょっとした会話でも頭をフル回転でもさせてるのか?」
少し小馬鹿にしたような久世さんコメントに答えたのはセイラだった。
「たぶん灰原は、私の配信を観てこっちの状況を確認しているだろうからラグがあるんじゃない〜?」
「ラグ……?」
「そう、ラグだよ〜」
イマイチピンと来ないのか垣守先輩が首を傾げる。
『いやぁ〜随分とタイムラグが酷いみたいだね』
配信やゲームという文化に慣れ親しんでないっぽい垣守先輩をよそに“ラグ“という単語が飛び交う。
しかし、ここまでズレが大きいとなると――
灰原は一体、何処からセイラの配信を見ているのだろうか?
そんな疑問が頭の中を過ぎる。
『こっちはようやく電波の届く場所に入った感じでね〜』
山の奥の秘境からでも出てきたのか、と言いたくなるようなコメントだ。
『会話が途切れて不快な思いをさせたお詫びとして俺から魔法少女のみんなにプレゼントを送るよ』
コイツからプレゼントだと言われて良い予感のする人はまず居ない。
そう思った瞬間には俺以外の全員が武器を構えて身構えていた。
『はい、どーん……ってね。ソフィアちゃんには申し訳ないけど今回の舞台には上がらないで欲しいんだよね』
そして――
スピーカーに灯っていた光がプツリと消えた。
「何も起きないわね……」
先輩が臨戦体勢のまま、周囲に視線を巡らせる。
「たぶん、またラグか何かじゃない〜?」
セイラがさりげなく守るように俺の側へとやってきた――刹那。
チカッ――
トンネルの白いコンクリートの上を強烈なオレンジ色の光が一瞬だけ舐めた。
「……何?」
エレナの警戒混じりの声がポツリと響いたその時。
ボンッッッッ!!!!!
腹の底から突き上げてくるかのような鼓膜が張り裂けそうになるほどの激しい爆発音。
それと共に髪を思い切り引っ張られるような強風が全身を叩きつけてきた。
「爆発⁉︎」
戒田さんのその叫び声と同時に、パラパラと天井からコンクリート片が降ってくる。
そして、トンネルの奥の方から爆煙が荒波のように襲いかかってきた。
「灰原のやつ、まさか……トンネルごと私たちを爆破する気⁉︎」
「そのまさかっぽいね〜!」
「とにかく逃げるわよ!!」
琴音が大声で叫ぶ。
みんながそれに呼応するように走り出すのかと思ったが……違った。
爆煙と火薬の香りが俺たちを呑み込む中、いくつもの心配そうな眼差しが俺に突き刺さる。
「ソフィ、歩ける?」
琴音が俺の顔を覗き込みながら手を差し伸べてきた。
その柔らかい手に自分の手を重ね俺は体を起こそうと下半身に力を込める。
「ふんっ……」
何とか立ち上がることはできた。
あとは足手まといにならないように走って逃げるだけ――
爆弾は他にも仕掛けてあったのだろう。
再び地面が揺れて爆煙が漂う中、遠くに見える非常口の光。
そこまで走ったあとは階段が待ち構えている。
立ち上がるだけでも激痛だったのだ。
果たして、俺は脱出できるのだろうか?
みんなには先に逃げて貰った方がいいのかもしれない。
そんな考えが頭の中に浮かんだ瞬間。
「うわっ……!」
突如、視界がぐらりと揺れる。
気づいた時には琴音が俺の懐に入り込んできていて――
問答無用で俺の両の太ももを掴むとそのまま持ち上げられた。
そして、俺はそのまま琴音の背中におぶさる形になった。
「アンタの考えてることなんて分かってるから」
「ごめん……」
「いいから、早く行くわよ」
その言葉を合図にするかのように垣守先輩を先頭に琴音は遠くに見える微かな灯りを目指して走り出した。




