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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第三章

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99話

 任務はどうにか無事に完遂することができた。

 久世さんも東京も守れた。

 あとは地上に上がるだけなのだが――


 「怪我人を無闇に動かすのは良くない」っていう垣守先輩の判断の下、俺たちは暗いトンネルの中に留まっていた。

 

 先に久世さんを連れて何人か上がった方がいいのでは? と提案をしてみたのだが……

 当の久世さんが俺を見て「俺を助けるためにこんなにまでなった子を残して行くのは忍びなさすぎる」と頑なに首を縦に振らなかった。

 

 地上の方も白鷺さんたちがあらかた終わらせてくれて特に急ぐ必要もない。

 トンネルの壁にもたれる俺を囲むように全員で救助が来るのを待つことになったのだ。


「久世さん、自分が魔物になってたの……どこまで覚えてる?」


 魔物になる前、人間だった時についた脇腹の傷。

 それが綺麗さっぱり無くなった久世さんの脇腹を確認しながらエレナが問いかける。


「胡散臭いチャラ男に意識を飛ばされてからはずっと昔の夢をみてたからなぁ……」


 久世さんはそう言って、どこか懐かしむような目をしながら後頭部をぽりぽりと掻く。


「未だに俺が魔物になってたって言われてもにわかには信じられん」

「魔物になりたかったわけじゃないのよね?」

「当たり前だ! 魔物になって娘を殺しかけてたなんて……ゾッとするぜ」


 やはり――


 久世さんは魔物になることに同意をした訳じゃない。


「薬で判断能力を奪われて魔物になることに頷くように仕向けられた線が強そうよね……」


 そう推理する垣守先輩の目は鋭い。

 今、この瞬間も似合わない青空を背に配信をしているであろう灰原への敵意が滲んでいる気がした。


「まぁ何はともあれ、またこうして娘と話すことができて、抱きしめる腕も取り戻すことができたわけだ」

 

 久世さんは少し重くなった空気を和らげるようにニカッと笑みを浮かべる。

 そして、この場にいる全員に対し、深々と頭を下げた。


「改めて、また助けてくれてありがとう」


 その深い感謝に背中がむず痒い気持ちになりながら視線を逸らすと――

 それは全員一緒だったようで少し頬を赤らめたみんなと視線がかち合った。


「そ、それで葵……」


 頭を下げたまま、久世さんは絞り出すように声を出し戒田さんの方を伺う。


「何? お父さん」

「アイツは元気にしてるのか……?」

「アイツ……?」


 誰のことを気にしているのだろうか?

 戒田さんもイマイチピンと来ていないようで首を傾げている。


「アイツだよ、アイツ」

「……?」


 戒田さんの首の角度がますます深くなる。

 それでも、そのアイツの名前を出すのが憚られるのか久世さんは同じ言葉は繰り返すばかり。

 

 そして――


「だぁー! 女々しいわね! 奥さんのことだってはっきり言いなさいよ!」


 アイツがどいつなのか察しがついていたらしい琴音がキレた。

 

「いや、ほら、葵はまだ俺のことをお父さんって呼んでくれてるがアイツは……」


 その剣幕に久世さんがたじたじになりながら答える。


「女々しい割には女心ってものがわかってないわね!」

「お、おめぇに何が……」

「わかるわよ!」


 女々しい、女々しいと言われてさすがにカチンときたのか琴音に食ってかかろうとした久世さん。

 しかし、それをまた琴音が真っ向からねじ伏せる。


「離婚したくないからこそ、黙って離れたんでしょ!」

「ん? どういうことだ?」


 離婚したくないのに離れる?

 久世さんと一緒になって首を傾げる。


 しかし、どうやらこの中でそれがわからないのは俺と久世さんだけだったようだ。

 久世さんにみんなのジトっとした視線が突き刺さっていた。


「男の人っていうのは隠しているつもりでもわかりやすいものなんです」


 垣守先輩が口火を切った。


「きっと久世さんが自分のせいでって思い詰めてたのを奥さんはわかってたのよ」

「これ以上負担をかけたくないから別れて欲しいって言われるのが遊園地の次の日だってわかってたんだよ〜」

「でも、それで分かったって離婚届にサインしたら家族は完全に崩壊してしまうでしょ?」


 エレナ、セイラ、そして琴音のその説明を聞いて俺もようやくピンときた。

 子供――戒田さんのことを考えると離れるのが最善だったのかもしれない。

 でも、離婚届にサインを書いたその瞬間。

 あの家族は形として完全に終わってしまう。


 だから――


「戒田さんを守るために離れたけど借金をなんとかできたらいつでもよりを戻せるようにしていた?」


 俺の言葉に戒田さんが黙って頷く。


「お母さんはずっとお父さんのこと心配してたんだからね……」


 そう告げる戒田さんの目はどうして勝手に居なくなったのかと咎めるようだった。


「お前、それならそう言ってくれれば……」

「それを言ったらお父さん、ますます自分を追い詰めて無理しちゃうってお母さんは言ってた」

「……」


 思いあたる節があったのだろう。

 久世さんは視線を泳がせ、最後には俯いてしまった。


「そうか……それで元気にやってるのか……?」


 それは俺たちも気になるところだ。

 お互いが想い合った結果、悲しいすれ違いをしてしまったこの家族が元の形に戻る可能性はあるのか。

 みんなの視線が自然と戒田さんへと集まる。


「うん……色んな所でアルバイトして頑張ってるよ」


 きっと、お母さんは娘を立派に育てるためにたくさん汗を流したに違いない。

 そう思えるほど戒田さんの表情には感謝と心配が滲んでいた。


「ハハッ……」


 久世さんもそれを感じたようで乾いた笑いをこぼす。


「結局妻に全部押し付けて、それを助けたいと娘は魔物討伐の最前線か……」

 

 そして、トンネルの天井を見上げ、大きなため息をこぼす。

 その瞳は光を映しておらず、底知れない闇を孕んでいるように見えた。


「あの家から逃げ出した俺ァ、本当に父親失格だな……」

「違うッ!」


 どこまでも堕ちていくような、力の抜けた声を戒田さんが叩き切るように遮った。


「私は別に生活が苦しいから魔法少女になったんじゃない!」

「そうなのか……?」


 久世さんが少しだけ顔を上げる。


「私は魔物が憎いの……!」


 心の底から嫌悪しているのだろう。

 戒田さんは久世さんを真っ直ぐに見つめながら口元を歪めた。

 

「魔物が現れるようになってから私の幸せはどんどん奪われて……お父さんもお母さんも悲しい顔ばっかりだった」


 その心中の吐露を受け、久世さんはまた苦しそうな顔をした。

 久世さんは俺の父さんと同じで自分の子供を戦地に送り出したいなんて人じゃない。

 

 だからこそ、娘が“魔法少女になる”と言う選択をした一因を担ってしまったことを悔いているようだった。


「だからッ! 私はもうこれ以上、誰も魔物に何一つ奪わせないって決めて魔法少女になったの!」

「そうか……」

「私は、自分みたいな思いをする人がもう居なくなればいいって思ったの」


 戒田さんの胸を打つ強い決意を秘めた言葉。

 同じ魔物に奪われ続けてきた境遇のエレナは何か思うところがあったのか戒田さんと同じ目をしていた。


「ハッ……」


 トンネルの暗闇に久世さんのまるで自嘲するような吹き出す声が響く。

 

「俺が知らねぇ間に自分で自分の道を決められるほど大人になったんだな……」


 そして、そう告げると戒田さんの手を取った。


「あの日、俺に引かれてた手は、誰かを守れるようになった……か」

「まだまだ新米で怒られてばっかりだけどね……」


 久世さんはまるで確かめるようにその手を摩り誇らしげな表情を浮かべる。

 戒田さんはそれに照れ笑いで答え、先程まで漂っていた重苦しい空気は綺麗さっぱり無くなっていた。


 エレナ、久世さん、戒田さん、神崎理事長、朝倉さん。

 大切なものをなくした人。

 なくしかけた人。


 この人たちは本当に“強い”

 なくしたものに目を向けながらもその視線はずっと前だけを向いている。

 

 もし――


 自分の“大切”が危機に晒されて失われた時。

 俺はこの人たちのように立っていられるだろうか?


 いや……

 俺は多分、ダメだ。


 琴音、翔太、家族、そしてマギ管で知り合ったみんな。

 その誰かが消えてしまったら、俺は弱いからきっと立ち直れないと思う。


 だからこそ――


 自分が何も失わないように命を賭して戦うし、魔物が居ない未来を作りたい。

 俺はそう決意を新たにしたのだった。

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