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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第三章

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97話

 画面越しの灰原の表情は魔物のスタンピードの対処で手一杯な俺たちを嘲笑うかのようだった。


『おや、伝書鳩ありがとう。ソフィアちゃん、観てるかい?』


 誰かが俺たちがアイツの配信をつけたことをコメントで教えたらしい。

 灰原がニヤニヤとした笑みを浮かべて両手を振る。


『本当ならキミに俺の建国の瞬間を王妃として隣で見て欲しかったんだけどね……』


 建国……? コイツは何を言っているんだ。

 隣の琴音も言っている意味がイマイチ分からなかったようで首を傾げている。


「仮に魔物だけの国を作るにしてもそんなの誰が承認するんだろうね〜」

「国を作るって……どこにそんな国を作る土地があるのよ? 今から侵略でもするの?」


 土地や国として成立するための要件をどうするのか? というツッコミどころは満載だが。

 琴音の侵略でもするの? というのは灰原ならやりかねないのが怖い。


「灰原が何を目的にこんなことをやっているのかは気になるところですよね……」

「何を目的……って東京を襲うんじゃないの?」

「いや……」


 琴音の言う通り、確かに阿修羅の目的地は”東京”だった。

 

 だが――


「東京を襲うなら富士の演習場を襲った魔物と阿修羅をこの線路を使って最初から品川に出現させればいいのにって思いません?」


 何故わざわざ、S級の魔法少女や自衛隊が集まる場所を狙ったのか?

 阿修羅の最初の出現地点は何故、富士山の麓だったのか?


 阿修羅との戦闘中から少しずつ湧き出していたその疑問。

 そして澄んだ青空を背に意味の分からない配信をする灰原。

 それを見てますますその疑問が深まる。


「確かによくよく考えると東京がほぼガラ空きだったよね〜」


 セイラも納得の声を上げる。

 垣守先輩とセイラが演習に参加していた場合。

 東京に居たS級は鴉羽さんただ一人だ。

 それに、セイラや垣守先輩が居たとしてもだ。

 首都に突如として現れた魔物の大群の対処が困難を極めるのは想像に難くない。


「私たちのことを舐めていて阿修羅をお披露目しながら東京に送りたかったとかじゃないの?」

「うーん……確かにそれもありそう」


 琴音の言う通り、ヤツは合理的な手法よりは派手でインパクトを重視しそうな性格ではありそうだ。


『ちょっとちょっと、確かに俺は合理的なだけの判断は面白くないな、とは思ってるけどそんな馬鹿じゃないよ』


 三人で頭を捻っているとまたコメントが教えたのだろう。

 灰原が画面越しに抗議の声を上げてきた。


「これ、うるさいね〜」


 セイラが自らのスマホを睨んで言い放つ。

 そして、指をクイっと動かして灰原の配信画面を閉じた。

 それと同時に琴音が包帯で俺のお腹が少し圧迫する程度に締める。


「よし、これで応急処置完了!」

「あとは、できればフィアちゃんには撤退をして欲しいんだけど〜」


 セイラはそう言うと視線を暗闇が続くトンネルの向こうへと向ける。


「さっきの崩落で電源が壊れたっぽいね〜」

「地上に出るにはあのクソ長い階段になるし、非常口も遠いわね……」

「だね〜」


 オーブを持っていた手でも武器を扱うようになり、ますます近接戦闘力が上がった阿修羅。

 そんな相手に接近をしてアナフトリウムを打つ。

 相手の攻撃を読める自分がその役目を担うのが一番良いはず。

 

 二人は俺の退路について頭を悩ませだしたが俺に退く気なんてものはない。

 まぁ、退こうにもあんな長い階段を登れる気力も体力もない気もする。


 それに要救助者になれば誰かが俺の面倒を見る必要が出てしまって足手纏いになってしまう。

 まだまだ、全然やれる。

 俺は自分にそう言い聞かせると両手を地面に突き立て、体を起こそうとしたのだが……

 

 その瞬間。


 琴音が両手を肩に乗せてきて地面に縫い付けられてしまった。


「ソフィ、何を考えているの?」


 鋭く俺を見下ろす琴音の眼。


「久世さんを助けないと……」

「それよりも、まずは自分の心配をしなさいよ!」

「いや――」


 さっきオーブの光に包まれた時にみた光景。

 あの遊園地の頃の家族の形を取り戻すのは難しいのかもしれない。


 でも。


 このままバットエンドを迎えるのだけは――


 俺は視線を少し先の方で鳴り響く金属音と飛び散る火花の方へ向ける。

 必死な表情で「お父さん」と呼びかけを続ける戒田さん。

 それに対して落ち着いたように見える表情のエレナ。

 しかし、瞳の奥には焦りが浮かんでいるように見える。


 久世さんは二人にとってはとても大切な人だ。

 きっと俺は友達が苦しむのが嫌なんだろう。

 

「大丈夫だから」


 俺はそう言って肩に乗る琴音の手に自分の手を載せる。

 暖かい温もりが指先を通して伝わってくる。

 自分にとって大切な物。

 家族や友人。

 そして秋山さんのような師と仰ぐような存在。


 幸いなことにそれらは何一つとして欠けていない。

 だからと言って目の前で友人がその大切な物を失うのを指を咥えて見ているだけなのは絶対にイヤなんだ。


「はぁ……」

「脇腹の怪我は油断すると大変なんだよ〜」


 頭上から呆れたような二人の声が降り注ぐ。

 チラッと視界の隅に映るコメント欄も心配の声でいっぱいだ。


「だから、ささっとそのアナフトリウムとかいうのを打って帰ろ〜」


 セイラのその言葉に俺は落としかけていた視線を上げる。

 するとそこには両手を腰に当てるセイラと額に手を当てる琴音の姿があった。

 いかにも呆れていますという仕草の二人。

 しかし、その顔には笑みが浮かんでいた。

 

「どうせアンタは頑固だからやめろって言っても聞かないんでしょ?」

「退がるのも大変だし、ここはパパッと終わらせよう〜」


 そして、琴音の手がするりと肩から離れ、俺を抑えていたものは無くなった。

 俺はそれを確認すると脇腹の具合を確認しながらゆっくりと立ち上がったのだった。

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