96話
オーブが砕けるのと同時に放たれた青い光が俺たちを飲み込んだ後。
突如真っ白になった視界に流れてきた久世さんの過去の映像。
それは一人の男性が父親であり続けようと足掻き、最後は意思を奪われる悲しい物語だった。
「灰原……」
彼は久世さんの苦しみを知りながら、それを踏み躙った。
あの後はきっと薬で抵抗できなくなった久世さんを阿修羅へと変えたのだろう。
久世さんから尊厳も意思も、全てをアイツは奪ったのだ。
そしてそんな行為をやっておいてそれを“最高傑作だ”だなんて誇らしげに喧伝するあの神経。
――本当に虫唾が走る。
思わず拳を強く握りしめた――その瞬間。
「……お父さん、なの?」
隣から、聞こえてきた複雑な感情が乗った戒田さんの声。
大きく目を見開き、揺れる瞳は真っ直ぐに阿修羅へと向けられていた。
「え……? 久世さんの娘の葵ちゃん……?」
俺は弾かれるように戒田さんの方へ視線を向ける。
濃い茶色の髪。
猫のようなクリっとしたつり目。
確かに、葵ちゃんの面影がある。
「はい、私の小学校の時の名前は久世葵でした……」
戒田さんは俺の探るような視線にゆっくりと頷いた。
小さい頃生き別れた父親が魔物になって目の前にいる。
戒田さんは驚きが隠せないのか口を半開きにしたまま固まっていた。
そして俺とエレナは久世さんの娘が戒田さんだったことへ驚いていた。
そんな中で、ドシンッと響いた足音。
「阿修羅がまた動き出したわよ!」
エレナが張り上げた声に俺は慌てて視線を阿修羅へ戻す。
するとそこには、六本全ての腕に槍を握りこちらへ向けて一歩一歩近づいてくる阿修羅の姿。
「また東京を目指す。なんて、雰囲気ではなさそう」
「さすがにオーブを壊されて私たちのことを脅威とみなしてくれたのかしら?」
「だといいんだけど」
俺とエレナがそれぞれ自分の武器を構えるが――
突如、俺の視界に入る戒田さんの後ろ姿。
「お父さん!! 私!! 葵だよ!!」
戒田さんが喉が張り裂けるのではないかと心配になるほどに声を張り上げる。
「消息がわからないって聞いてずっと心配してんだからっ!!」
本当にお互いを想い合っていたのだろう。
こちらの胸が痛くなるほどの悲痛な声がトンネルの中にこだまする。
「勝手に自分は必要ないとか決めつけないでよッ!!」
しかし――
その声は久世さんには届かない。
「危ないっ!!!」
阿修羅はその鬼の形相を全く変えることなく、必死に声を上げる戒田さんへ槍を突き出した。
俺は咄嗟に戒田さんへ飛びつき、紙一重でその一撃を躱す。
「うぐっ……」
そして、地面に倒れこんだ直後。
阿修羅は容赦なく戒田さんを目掛けて槍を射出。
魔眼の予測通りにきたその攻撃。
しかし――
地面に倒れ込んだ衝撃で脇腹に走った鋭い痛み。
それを庇ったことで防御するには体勢が悪すぎる。
それでもなんとか――
そう思いながらヤケクソ気味に飛んできた槍へ手を伸ばした。
刹那――
「スターライトジャベリン!!」
暗闇のトンネルをまるで照らすように響いた声。
そして――
俺たちの目の前まで迫った槍を光の束が撃ち抜いた。
カランッ。
真っ二つになって転がった槍。
光がやってきた方向へ視線を向けると――
そこには、急いで駆けつけてくれたのだろう。
肩で息をするセイラと垣守先輩、そして琴音が立っていた。
「フィアちゃんお待たせ……」
そして、歩み寄ってきたセイラが突如、言葉を詰まらせて目を大きく見開いた。
「その脇腹……大丈夫なの⁉︎」
その言葉に俺は久しぶりに視線を自分の脇腹へと向ける。
激しい動きが連続したからだろうか?
前に確認した時よりも随分と赤色が目立つ。
アドレナリンが出ているからか、今は痛みはそれほどない。
――でも、これは後々痛そうだな……
自分の怪我なのにそんなどこか他人事な感想を思い浮かべていると――
全員の心配そうな視線が突き刺さる。
「えっと……大丈夫だから……ッ」
心配しないで。
そう言葉を紡ごうした瞬間。
阿修羅が手に持った槍を六本全て射出した。
「アブソリュートファランクス!!!」
垣守先輩がその矢面に立ち盾を掲げる。
その直後、飛来した槍は俺たちの前に出現した光の膜に綺麗に弾かれる。
「阿修羅の魔法無効化は封じたから矛にだけ注意して!!」
背中に向かって飛んだエレナの声。
それに垣守先輩は頷きを一つ返す。
「わかった。柊木さんとセイラは月城さんの手当てを! 残りは目の前の阿修羅に対処するわよ」
「「了解」」
さすが先輩だ。
状況の把握と指示出しに迷いがない。
そう感心をしていると俺は琴音とセイラに連れられて少し後方へ下がる。
そして、壁を背に座り込む俺の腹部を二人が覗き込む。
「……良かった。思ったよりは深くはなさそうね」
「だね〜、とりあえず止血しようか」
二人は安心したように息を吐き、素早く包帯を俺の腹部に巻きつけていく。
そして、その上から傷口の部分を両手で抑えられる。
二人が止血を行っている間、特にやることもないので少し先で飛び散る火花に向けていた時。
ふと、宙に浮かぶ撮影用のドローンが目に入った。
「あれ? セイラ、もしかして……」
「うん、配信中だよ〜」
いつの間に……
セイラはそう思っているのと同時にコメント欄が流れるモニターを俺の方へ見せる
【アイリスちゃん、大丈夫?】
【服、真っ赤やん……】
【とにかく止血して、下がった方が良さそうや】
【灰原、やってることエグすぎん?】
そんな心配をするコメントがダァーっという擬音が似合うほどのスピードで流れていく。
しかし、何故このタイミングで配信……?
首を傾げていると、セイラがずいっと顔を寄せてきた。
「自衛隊や石動っちたちが状況を把握しやすいかな〜って思ってね〜」
「なるほど」
「あとは……対抗意識かな〜?」
「対抗意識?」
確かに、動画サイトからリアルタイムで映像を確認できるのは状況を把握しやすいと思う。
でも対抗意識は何に対するものだろう?
さらに?マークを頭を浮かべる俺を横目にセイラはスマホを素早く操作。
見慣れた動画配信サイトの画面を映す画面を俺の方へ突き出した。
そこには――
「灰原悖理の吸血鬼チャンネル……」
そんなチャンネル名と、配信中の赤い文字が。
視聴者は三万人を数え、青い空をバックに灰原が気取った笑みを浮かべていた。




