94話
トンネルの中をしばらく進むと再びドシンッという足音が聞こえてきた。
「阿修羅の現在地は品川駅から45km!」
そんな中でエレナが通過するキロポストを読み上げる。
『了解、連絡するね〜』
デバイスからセイラの返答が響く中――
「それじゃ、いくよ」
「roger!」
俺とエレナは阿修羅の足止めのために動き出す。
要領はさっきとほぼ同じだ。
まずは杭を阿修羅が走る少し先へ向けて投擲。
それが刺さった瞬間にロープを伸縮させる。
同時にエレナと繋いでいた手を離し、阿修羅を目掛けて突貫。
無効化の範囲内に入った瞬間――
左手が発光。
(来たっ!)
俺はまたしてもお構いなしで運動エネルギーに任せて接近していく。
そして――
それを迎撃するために矛が三本阿修羅の手に現れ、即射出。
銀色の光を放ちながら矛が一瞬で視界を埋めた。
ガンっ!
空中で刀をブンッと振り、予測通りにきた矛を全て撃ち落とす。
そして、阿修羅の脇をそのまま通過。
無効化の範囲外へと脱出して阿修羅の進路を塞ぐようにして立つ。
「矛は飛ばすけど、槍は基本的に飛ばさなくなったわね」
「槍には無効化の効果が無くて、飛ばすと帰ってこなくなるからかな?」
「出せる武器の数には上限がありそうよね」
無事に阿修羅の進路上に立った俺とエレナはその動きを観察する。
最初のエンカウントの時、飛ばした槍を俺の斬撃に真っ二つにされて以降。
槍を飛ばしてくることは一切ない。
一旦オーブの破壊は後回しだ。
俺とエレナは時間稼ぎのためのヒットアンドアウェイへ全神経を集中させる。
進路上に敵が現れた場合、阿修羅はどう動くのか。
動向を注意深く見守る中、阿修羅は戦闘態勢を解除して前を見据えた。
その視線の先は――
俺たちではなく、“東京”だろう。
そして――
そこを目指して一歩踏み出した――瞬間。
パァン!!!
エレナが構える銃が火を吹いた。
弾丸は阿修羅が進もうとする進路の先。
リニアの軌道の真ん中の少し高くなっている部分に着弾。
ドゴォ!
無効化の力は及んでいなかったようでコンクリート壁が爆ぜ、瓦礫が四散。
飛び散った瓦礫がちょうど阿修羅の足元へ行き――
「よしっ!」
前しか見ておらずそれに足を引っ掛けた阿修羅が体勢を崩す。
そこへすかさず――
「スモーク!!」
後から追いついてきた戒田さんがスモークグレネードを投擲。
煙が一気に噴き出し体勢を崩した阿修羅をあっという間に飲み込んだ。
「Fire!!」
それを確認したエレナから号令が飛ぶ。
「繊月連刃!」
「エアカッター!」
戒田さん、エレナ、俺の攻撃がそれぞれ立ち込める煙の中へ殺到。
しかし――
煙の中で青白い光が何度も発光。
着弾したような音は何一つとしてなかった。
「視界を切ったら闇雲に光らせまくる知能はあるのね……」
「一切制限がないんですかね?」
「わからない……でも時間は稼げてる」
エレナのその言葉通り、スモークの中から阿修羅はまだ出る気配がない。
注意深く煙を注視する。
「来るわよ……」
徐々に立ち込める煙が掃けていき阿修羅のシルエットが浮かび上がる。
そして、煙の中から鬼の形相でこちらを睨む悪鬼が現れた。
「矛が来ます!」
声をあげた直後。
煙の中で鈍い輝きを放ち、三本の矛がエレナと戒田さんを目掛けて飛来。
俺は二人が回避をしている間に杭をトンネルの壁に向けて投擲。
膝下あたりの高さに刺さったことを確認したら線路を横切るようにロープを貼り、反対側も杭を深々と差し込んだ。
そして――
かろうじて前方の視界を確保した阿修羅が再び走り出した、すぐ後。
ズガァァァァァ!!!
足元を漂う煙によって見えづらくなっていたロープに盛大に足を引っ掛けてくれた。
完全にバランスを崩した阿修羅が頭でコンクリートを削りながら倒れる。
「頭が重たいせいで全体の重心が悪そう……」
二度にわたって顔が三つあるせいで重たそうな頭を地面に擦り付ける阿修羅。
コンクリートに頭をめり込ませる姿を見て戒田さんがそんなことを呟く。
「まさか、こんな古典的な罠に引っ掛かるなんてね」
咄嗟に思いついた方法だったがうまくいってよかった。
思わず安堵の息を吐いていると、「ナイス、ソフィ!」と横からエレナの声がかかる。
「古典的と認識されていても未だに軍でも使われる強力な罠よ」
エレナはそう告げるとニヤリと笑みを浮かべた。
「特に前ばっか見てる奴には有効ね」
この隙にガラ空きになった背中にアナフトリウムを打ち込めれば――
そんな考えがよぎり、懐に手を入れた時。
『時間稼ぎお疲れ様〜!! もうすぐ戦闘機の攻撃が開始されるから注意して〜!』
セイラからの通信が来た。
「了解」
どうやら、政府から攻撃の許可を取ることができたようだ。
「私たちは一旦安全な所に退避しましょ」
「うん」
「わかりました」
エレナの指示に返事を返した直後。
阿修羅が砂塵に染まった体躯をゆっくりと起こした。
『攻撃10秒前〜!!』
そして、自分の足に絡まったロープを槍でスパッと切ると瓦礫で汚れた顔を再び東京へと向けた。
「ここまでしても私たちを無視するなんて灰原の命令は本当に絶対なのね」
あくまでも東京を目指し、それを邪魔する者にはあまり目を向けない阿修羅。
エレナが小さく吐き捨てる。
『5秒前〜』
「とにかく退避するわよ!」
エレナのその言葉と同時に俺たちは阿修羅とは真逆の方向へ走り出す。
『よん〜』
三人の慌ただしい足音がトンネルの中に響く。
そんな中で聞こえてくる力が抜けて行きそうなセイラのゆるっとした声。
『さん〜』
一体誰が彼女を通信担当にしたのか……
『に〜』
そんなことを考えながら全力で走る。
『いち〜』
「伏せてっ! 衝撃に備えて!」
リニアの軌道の真ん中の溝。
そこの間に体をすっぽりと収めるように俺たちはその場で伏せる。
『だん〜ちゃくっ〜!』
刹那――
ドンっ!
少し遠くから聞こえてきた爆発音。
それが聞こえてきたのと同時。
体を突き上げるような揺れが俺たちを襲った。
トンネルの天井からパラパラと砂塵が落ち、地面が唸るような轟音を上げる。
そして――
阿修羅が進むはるか先。
非常口を示す白いLEDランプのある辺り。
そこから大量の瓦礫混じりの土砂が降り注いでLEDの白い明かりを呑み込んだ。
ゴォォォォォ!!!!
岩が砕けるようなけたたましい音がしばらく響いた。
そして――
音が小さくなって完全に収まったあと。
東京へと向かう進路は土砂と瓦礫で完全に塞がれたのだった。




