93話
エレナは怒鳴り声を上げ、ツカツカと戒田さんの方へ歩み寄ると胸ぐらを掴み上げる。
「余計なことばっかするんじゃないわよ!」
目を三角にして戒田さんを睨みつけるエレナを戒田さんは鬱陶しそうに見つめ返した。
「何がですか?」
「あのねぇ、アンタ、さっき上官の命令で私たちのチームに入ったでしょう?」
「はい、不本意でしたが」
「不本意だろうがなんだろうがチームに入ったからには連携をしてもらわないと困るの!」
なんとかエレナを落ち着かせないと。
俺はその一心でエレナの肩に手を置いた。
「まぁ、今はとにかく阿修羅を追いかけよう?」
出来るだけ、柔らかい声音を意識し、声をかけたのだが――
エレナは俺に目線を合わせたかと思うとそれを負傷した腹部に向ける。
そして、掴んでいた戒田さんの胸ぐらにさらに力を込めた。
「アンタが余計な茶々を入れたせいで怪我人が出てんのよ!!」
どうやら、俺の仲裁は火に油を注ぐ結果になってしまったらしい。
「自分の不注意で負った傷のことをこちらの責任にされても困ります」
「はぁ? アンタがあそこで不用意に魔法を撃たなければ、今頃阿修羅を足止めできていたの!」
「まぁまぁ、実際怪我を負ったのは私のミスな訳だし……」
「ソフィアは黙ってて」
「あっハイ」
うん、俺は無力だ。
こんなことをやっている間にも阿修羅は東京を目指して進んでいるわけで。
だから、一刻も早く追うべきだ。
そう伝えたかったのだが――
エレナの剣幕を前に俺は立ち尽くすしかなかった。
どうしたものか……
そう頭を悩ませていた時。
「おーい、 スターライトクイーンセイラから連絡やで〜」
妙に緊張感に欠けるエセ関西弁が俺の腕に巻きつけたAIデバイスから聞こえてきた。
「繋いでくれる?」
「あいよぉ」
何か緊急事態だろうか?
そう思った直後。
『フィアちゃん、大変だよ〜』
大変、と言うにはまたまた緊張感の欠けるふわっとしたセイラの声が響いた。
「何が大変なんですか?」
『自衛隊が阿修羅が東京に行かないようにリニアの換気口から土砂を流入させてトンネルを塞ぐみたい〜』
「えぇっ⁉︎」
内容だけは全くふわっとしてなかった。
「でも、どうやってそんな大量の土砂を?」
『戦闘機の対地攻撃とかいうの? で換気口を壊して付近の山の土砂をどーんとやっちゃうって〜』
阿修羅を絶対に都市部に入れさせない。
そんな強い意志が伝わってくるほどのやり方だ。
思わず唾を飲み込んでしまった。
「そんな方法、政府が許可するの?」
俺の横でエレナが冷静に聞き返した。
『許可はまだみたい〜、今はまだ基地でスクランブルエッグ? の待機中だって〜』
「はぁ……スクランブルね」
何故、急に料理? と思ったが緊急発進のことだったようだ。
「どう思う? エレナ」
「都市部への経路を物理的に遮断するのはありだと思う。だけど……」
「だけど?」
「阿修羅が今、どのあたりを走っているのか詳細な場所がわからないことには難しい気がする」
「確かに……」
先程からこのトンネル内はずっと携帯の電波が来ていないし――
仮に来ていても地図アプリのスクショを送るくらいしか位置を共有する手段がなさそうだ。
どうしたものか。
『そのことなんだけどね〜、しらたまがキロポストはないか?って〜』
「キロポスト?」
『うんうん、なんか線路の周辺に数字が書いてあるらしいよ〜』
数字?
それがわかれば場所がわかるのか。
俺、エレナ、戒田さんはスマホのライトや懐中電灯など、それぞれの手段で周囲を照らした。
灯りがトンネル内の白く冷たいコンクリートを縦横無尽に撫でる中――
「これか……?」
俺のスマホのライトがリニアの軌道の真ん中にある溝の中。
そこにポツンと置かれている“K50“と書かれたプレートを照らし出した。
「たぶんそれね」
書いてある数字の意味はよくわからないが、とにかく伝えよう。
「えっと、K50って書いてある標識がありましたよ」
『了解〜、連絡するね〜』
セイラからの通信が切れた。
阿修羅を追うのは攻撃に巻き込まれる可能性もある。
とりあえず、俺たちは次の指示を待つべきかな?
となると、問題は指示を待たずに動き出す人がいることだが……
俺はチラッと戒田さんに視線を送る。
うん。
とりあえず、待機はしてるな。
「何か?」
探るような視線を送っていたのが気づかれてしまった。
「あ、いや、戒田さんはどうして戦うのかな〜?って」
単独行動をしないか確認してました。なんて言えばまた空気が悪くなってしまう。
なんとか誤魔化さねばと言葉を絞り出した結果、そんな事を聞いていた。
まぁ、しょーもない質問をするなと切り捨てられても傷を負うのは俺だけだしいいか。
そう思ったが――
「私はもうこれ以上、何も魔物に奪わせたくない。それだけです」
普通に回答が返ってきた。
「何を焦ってるのかは知らないけど、何も奪わせたくないなら自分の判断だけで闇雲に行動せずに周りを見なさいよ……」
それに対してエレナがまた釘を刺す。
「あの阿修羅は自分の意思とは関係なく強制的に魔物にされた可能性が高いの」
「え……?」
無線機が壊れたって言っていたし、そういった情報は耳に入っていなかったのだろう。
戒田さんは大きく目を見開いた。
「阿修羅にされた人は家族も仕事も家も奪われて、それでも誰かに手を差し伸べる。そんな人なの」
「そう、ですか……」
「それで意思まで奪われて、討伐されるなんてエンドは絶対に許せない。だから協力して」
懇願する、というには程遠い睨むようなエレナの視線が一直線に戒田さんを撃ち抜く。
戒田さんはその視線を受けると顔を僅かに逸らした。
「わかった……」
そして、小さく返事をする戒田さん。
「アンタ、新兵なんでしょ?」
「はい」
「なら、まずは自分のいるポジションを再確認して求められるロールを考えなさい」
「……はい」
「求められていないことはいきなりやらないで求められることを全力でやりなさい。いい?」
「はい」
なんか……
本当に教官と新兵みたいな関係性に落ち着いてしまった。
その光景に思わず笑みをこぼしていると――
「あの、アイリス……さん」
戒田さんが俺の方へ声かけてきた。
気まずそうに揺れる瞳が俺の腹部に向けて注がれている。
そして――
「先ほどはごめんなさい……」
こちらに向けて小さく頭を下げた。
「私は同じ新人なのに結果を出している貴女に嫉妬して周りが見えてなかったのだと思います」
「い、いえ、そんな……」
なんか、さっきまでに比べて急に憑き物が落ちたかのように別人になってしまった。
あまりの変わりようにしどろもどろになっていた時。
『フィアちゃん〜、大変〜!!』
デバイスから先ほどに比べて焦ったセイラの声が響いた。
『さっきの標識、品川駅を起点に50km地点って意味なんだって〜!』
「え……」
都心にある品川駅から50km……
そうすると、都市部まではもっと短いことになる。
しかも、阿修羅は俺たちよりも先を悠々と走っているわけで。
「まずいわね……」
エレナがそう呟いて拳をギュッと握りしめた。
『それで、このままじゃ戦闘機が到着する前に阿修羅が都市直下に到達できる可能性が高いの〜!』
セイラからの、物理的な足止めが間に合わないかもという宣告。
それを受けてすぐ俺とエレナの視線が自然と交わった。
互いに頷きを一つ交わす。
「とにかく追おう!」
そして、エレナの手を取ると杭を天井に向かって射出し、それを見た戒田さんが後を追うように走り出だした。
ロープが伸縮し、空中に身体が投げ出された瞬間。
「……っ」
「ソフィ⁉︎」
脇腹にまたピリッとした痛みが走る。
「大丈夫っ!」
心配そうに見つめるエレナにそう返した時。
ピピッとデバイスからオペセンから連絡がきたことを教える音が鳴った。
『石動だ、自衛隊からは三分作って欲しいと言われているんだが……お願いできるか?』
「やれるだけはやります」
『すまない……無理はしないように、命の危険を感じたら阿修羅は行かせて良い』
「行かせた場合はどうなるんですか?」
戒田さんや朝倉さんや秋山さん。
そして神崎結月さん。
朝霞駐屯地で訓練をする時もだが……
自衛隊の人たちと関わると、俺には命を賭す覚悟が足りていないことを突きつけられてしまう。
アナフトリウムの量産には自衛隊の協力がいると言っていた理事長の言葉を思い返す。
その自衛隊と肩を並べて戦うのに自分の命が大事だから――
そんなことを言う人に果たして自衛隊の人たちは背中を預けてくれるのか?
『ヤツを行かせた場合は我々が全ての責任をとる』
全てを背負ってくれるマギ管の優しい大人たち、秋山さんの“命を大事にしろ”という言葉。
それでも――
「ありがとうございます」
俺はデバイスにそう告げると再び前を見据えたのだった。




