90話
「久世さん! 聞こえる?」
エレナの必死の呼びかけ。
だが、阿修羅がそれに応える様子はなく――
右側三本の手。
そこに穂先が三つに分岐した矛が握られる。
「危ないっ!」
その瞬間に先輩が盾を掲げ、うっすらと光る膜が俺たちの前に現れた。
それと同時。
阿修羅から射出された矛が光の膜に衝突。
跳ね返されると思ったのだが、魔眼は予想していた未来とは全く違うものを映し出した。
「まずいッ」
俺が垣守先輩の元へ駆け出した直後。
矛が刺さった部分を中心に光の膜に波打った。
「えっ……?」
唖然とそれを見上げる先輩。
俺がその背中に追いつくのと同時に矛が光の膜を音もなく突き破る。
そして、先輩に向かって殺到する三本の矛。
俺は咄嗟に先輩を横へ弾き、三本の矛を線で結ぶように刃を走らせる。
ガキンッ!
火花が飛び散り、金属同士がぶつかる鈍い音が響く。
手に重たい感触が伝わったあと。
軌道が逸れた三本の矛がドゴォ!と音を立てて地面を抉り、飛び散ったコンクリート片が頬を掠めた。
「灯華っちのシールドを突き破った……?」
「タイタンの衝撃波にも余裕で耐えてたのに……」
セイラと琴音が先輩の防御を突き破って飛来した矛に困惑の声を上げる。
「面じゃなくて点の攻撃だったからとかじゃない?」
「いや……」
確かにエレナの言ってることは理にかなっていると思う。
でも、これは違う。
最初は刀で矛を完全に弾くつもりだった。
でも、あの矛と刃が触れ合った瞬間。
刀に流れていた魔力が止まってしまい、軌道を逸らす程度の防御で手一杯になってしまった。
「たぶん、魔力を消してる……? みたいな感じがします」
「魔力を……消す?」
「矛を弾いた瞬間、私の刀に流れてる魔力が滞ったんです」
「つまり、ただの刀になってた……?」
「はい」
わなわなと手を振るわせながら阿修羅へ視線を向ける垣守先輩に俺は頷きを返す。
「これは一筋縄ではいかなさそうだね〜」
今度はセイラが杖を掲げ、その周りに光の玉が浮かぶ。
「遠隔攻撃ならどうかな〜?」
そんなゆるふわさを感じさせる声音と共に、幾つもの光の球が阿修羅を目掛けて飛んでいく。
物量こそ正義。とでも言わんばかりの量の光球だ。
これは避けられないだろうと思ったが――
阿修羅の左側にある一番下の手が僅かに青白い光を放った瞬間。
「うっそ〜」
まるで何もなかったかのように全ての光球がかき消されてしまった。
「それなら、本体に近づいてしまうのはどうかしらっ!?」
今度は琴音が勢いよく駆け出した。
距離を一気に詰めていったのだが、光球がかき消されたあたりで動きが急に鈍化。
目に見えない何かに足を取られたかのようにスピードが目に見えて落ちる。
その隙を狙って阿修羅の手に再び矛が握られる。
「琴音ッ!」
「やばっ」
それに気付いた琴音は接近を諦めて慌てて距離を取る。
「あいつ、近づくだけで自分の中の魔力の流れがおかしくなるッ!」
そう叫びながらひらりと飛んできた槍を躱す。
すかさずエレナが銃口を阿修羅に向け――
ダァン! ダァン!
銃口から噴き出るマズルフラッシュがトンネル内を明るく照らす。
しかし、これも効果が薄い……
阿修羅に当たった銃弾は火花を散らして砕かれ、体の表面にうっすらと跡を残すのみだった。
「遠隔もダメ、近づくのダメってわけ……」
腰を低く落とし、盾を構え続ける垣守先輩。
その額を一筋の汗が伝う。
「どうするの〜? これ?」
そのセイラの問いに俺は無意識に自分の懐にあるアナフトリウムの注射器に視線を落とした。
接近さえできればいいのだが――
まさか、それすら難しいなんて思わなかった。
『自衛隊司令部からフェイクバケーションへ。定期報告を求む』
突如、垣守先輩のデバイスから聞こえてきた無線に俺たちは顔を見合わせる。
自衛隊にどこまで報告をして良いものか……
そんな考えが脳裏に浮かぶ。
阿修羅を討伐せよ! となってしまう流れだけは避けたい。
そう思った時――
俺たちのすぐ横を一陣の風が吹き抜けた。
「フェイクバケーションはリニアのトンネル内にて阿修羅と接敵中、援護を要請します」
全く聞き馴染みのない声が突然トンネル内に響く。
驚いて声のした方向を見ると、自衛隊の魔法少女が先輩の横に立っていた。
「また、阿修羅は魔法無効化能力を有する模様。以上」
そのまま勝手に定期報告を済ませてしまった。
「いや、以上じゃ……」
琴音が思わず食ってかかろうとした時。
『フェイクバケーション、正式な報告を求む』
改めて定期報告を求める無線がきた。
「リニアのトンネル内で阿修羅と接敵、アナフトリウムを使用するから討伐の判断は少し待ってほしい」
『……了解、討伐作戦に関しては慎重に検討を行う』
その返答に俺たちはホッと息を吐いた。
『戒田二士』
「はっ!」
『無線への呼びかけに応答しなかった理由は?』
「阿修羅追跡中に無線機が故障しておりました」
『……そのままフェイクバケーションに合流せよ』
「了解」
『単独行動を控え、命令には従うように』
その言葉を最後にプツンッと無線が切れた。
戒田二士……
これが例の突出した魔法少女なのか?
探るような視線に気づいた茶髪の少女がこちらを振り向くと鋭い視線を向けてきた。
「アイリス……」
な、なんか睨まれてる?
そう思った時。
「阿修羅はここで討伐すべきです」
戒田さんが垣守先輩を見据えてそう告げる。
勝手な行動を慎めと言われた矢先の提案。
それに、エレナがこめかみに青筋を浮かべて一歩踏み出したのだった。




