89話
その後、トンネル内にポツポツと現れる魔物を倒しながら進んでいたのだが――
ある時を境に状況が一変。
俺たちは富士演習場近く。
リニアの線路が地上に顔を出す区間を目指して急ぎ走っていた。
「まさか、灰原が既に移動してたなんて!」
垣守先輩が掲げる盾が現れるネズミたちを次々と跳ね飛ばす。
弾き飛ばされたネズミが起きあがろうとした瞬間。
セイラが放った光球が殺到。
あっという間にネズミたちが動かなくなった。
「おまけに久世さんがあの阿修羅なんてね〜」
そんなことを言いながらひたすらに前へ前へと進む。
そう――
灰原を排除すると決めたあと、トンネルを慎重に進む俺たちの目の前に現れたもの。
それはもぬけの殻となったアジトらしき空間だった。
トンネル内の保線用設備が置いてある場所にひっそりと秘密基地のように作られた“ソレ”。
テーブルの上で山になっているタバコの吸い殻。
辺りに散乱する書類。
扉を開けて奥の部屋に作られたダーツ場。
それらは如何にも灰原らしい趣味趣向だった。
そして、その中で一番の問題だったのは――
散乱する書類の中に紛れていた“魔物育成ノート5”と書かれた一冊のノート。
そこに記されていたのは――
夥しい量の人体実験とも呼べる眷属の作製の記録だったのだ。
身元の詳細と眷属になったあとの変化が書かれた一覧。
九重先生の推測通り、元暴力団関係者やホームレスの人たちの名前がずらりと並ぶ。
その中で、異様に文字数を割かれている人物が一人。
そのノートの最後の方のページを埋め尽くすほどに熱心に研究された人物こそが――
久世さんだったのだ。
詳細な内容としては眷属にするため他の人と同様にまずは同意を得る。
そこから灰原の血を分け与え契約を完了させることで眷属となるのだが――
この際、久世さんは灰原の血に対して高い親和性を示したようだ。
結果、灰原は自身の血を大量に久世さんに与えてさらなる変化を期待した。
そして――
ページの最後の方に記された魔物になった久世さんの姿。
“手が六本に増え、顔は三つ、まるで阿修羅みたいでテンションぶち上げなんだけど“
そう書かれていたことですぐにピンときた。
演習場に現れた阿修羅と特徴が全く一緒だ。
このままだと討伐対象として朝倉さんあたりの砲撃に合うことは間違いない。
それを止めるのかどうか――
魔物になることに同意した訳だから躊躇なく倒すべきと言う垣守先輩。
何か事情があったのかもと話すセイラ。
俺たちの中でも意見が割れたのだが。
「久世さんは魔物になることに頷くような人じゃない!」との悲鳴のようなエレナの訴え。
それを聞いて俺たちの心は久世さんを救うという方向へ再び傾いていった。
そんな訳で桂木さんと石動さんに灰原が居なかったことを報告。
次いで、阿修羅の中身が久世さんで魔物になったことには訳があると思うから討伐は待って欲しいと依頼。
それに対する返答は――
阿修羅の行方を現在ロストしていて、突出した魔法少女も応答がない。
阿修羅討伐の可否は慎重に判断する。
とのものだった。
貴重な情報は入手できた。
しかし、灰原を抑えるという目標は空振りに終わったので速やかに演習組と合流をしよう。
そんな流れになったのだ。
「非常口があるよ〜」
セイラが遠くの方に見えてきた白いLEDの光を指差す。
それに、先頭を行く垣守先輩の足が少し力強いものになった。
「よし、非常口から地上に上がって白鷺さんたちに合流しましょう」
「ついでに突出したっていう魔法少女の捜索もしたいよね〜」
阿修羅の情報を手に入れるために飛び出したというその魔法少女。
無事だといいのだが……
祈るような気持ちでトンネルの天井のその先。
俺は地上に向かって視線を向けた。
「仮にも軍人でしょ? 指示を無視した挙句に迷惑をかけるなんて……」
不機嫌そうなエレナの声。
元は米軍に居たからだろうか?
突出した魔法少女の話。
それが出る度にエレナは以前、カラス型の魔物を罵倒した時と同じ表情になっている。
「まぁまぁ、助けた後にエレナ教官がコッテリ絞ってあげればいいよ〜」
セイラがエレナの怒りを収めよと声をかける。
その間にも俺たちは走り続けて非常口の目の前までやってきた。
「エレベーターの電源は……来てないぃぃ……」
地上に繋がるエレベーターの前でガックリと琴音が項垂れる。
「階段を使うのと地上区間を目指すのどっちが早いか……」
垣守先輩がそう呟いた――その瞬間。
突如、けたたましい音が天井の向こうから響く。
「な、なに⁉︎」
金属をすり潰すような音に琴音が一歩後退りをするのと同時。
俺は咄嗟に魔眼を起動。
これから起こることに目を大きく見開きながらみんなに声を飛ばす。
「下がって!」
俺のその声に一斉にみんなが退避した直後。
ミシッ。
トンネルの天井に大きな亀裂が入り――
ドガァァアアアア!!!
換気用ファンの残骸やコンクリートの塊が落ち、暗いトンネルの中に微かな光が差し込む。
そして――
「繊月連刃!!」
咄嗟に飛ばした斬撃。
それは、ヒュッと風切り音を鳴らし、鈍い銀色の筋を引きながら飛来した槍を切り裂いた。
カランッと地面に真っ二つになった槍が二本転がる。
その後、俺たちに向かって槍を投げつけてきた存在がドシッと重たい足音を鳴らしながら姿を現す。
天井から降り注ぐ光が映し出すその“魔物”の姿。
分厚い筋肉に覆われた肉体。
六本ある腕。
三つある顔。
それは、無線で聞いた阿修羅の特徴そのままだった。
「久世さん……ッ」
思わず前のめりになるエレナ。
その視線に対し、目の前の存在はただ鬼神のような険しい表情を返してくるだけだった。




